第14話「女性の皆さんにメガネをかけてもらいたいだけなんです!」

「さっそく、尋問を始めさせてもらう。正直に答えてくれると助かるよ」

「…………はい」


 机の向かいの初老の男が両肘をついてこちらをジッと見据える。


中央に机と椅子が二つ置かれた無機質な一室。机の向かいで俺に話しかけた男は黒い制服を着ていた。


 街をぶらぶらして住人の会話や張り紙などから得た情報によると、この街では冒険者の他に、対外脅威に備える兵士と、領内の治安維持のための警察がいる。

 モンスターなどの脅威に対しては兵士が、領内の犯罪を取り締まるのが警察となる。


 ちなみに、冒険者と兵士の大きな違いは行動の自由と収入の安定。つまり、冒険者は好きなクエストを引き受けて収入を得るが、時期や個々の能力に応じて収入は変化する。一方で兵士は砦や壁の監視にあたり、モンスターが襲撃した際に対処するのが仕事で、その給料は街から支給されているため収入は安定している。イメージとしてはフリーターと公務員のようなものだ。


 そして、俺は警察のお世話になっていた。つまり、俺はこの街の治安を脅かす存在であると疑われているらしい。


 目の前にいるのは、黒い制服の初老のお巡りさん。巡回中に女性を襲う変質者の話を聞き、あの路地裏まで駆けつけたという。

 …………これじゃあ異世界に転生する直前と何も変わらないじゃないか。


「まず、名前と出身地を教えてもらおうか」


 ……これって正直に答えていいのか? 

 どう答えようか悩んでいると、お巡りさんが俺の顔をのぞき込んでくる。


「どうした?」

「い、いえ! ……須藤啓太、出身は日本で、学生をしていました」

「日本? それはどのあたりだ?」

「東の果て……だと思います」

「ふむ。まぁそれはこちらで調べておく」


 お巡りさんは、扉付近で待機していた同じ制服姿の若い男を見やり、その後俺に視線を戻す。


「では、なぜ女性を襲った?」

「お、襲ってなんかいません!」


 机越しに前のめりになって否定するが、お巡りさんは白髪交じりの頭をかきながらため息をつく。


「そうは言ってもだな、君は現行犯で確保されたわけだし、目撃者だっている。学生ってことは勉強してるんでしょ? やっちゃいけないことも当然判断できるよね?」


 問い詰める厳しい口調に、あの時の記憶が蘇る。異世界に転生する直前、警官に追われたあの苦々しい記憶。

 だ、だめだ。このままではあの時の二の舞いだ。結局、どこであろうと俺の思いは誰にも届かないのか。


 だが、諦めたくない。この新天地で、俺はやり直すと決めたんだ。


「俺はただ、女性の皆さんにメガネをかけてもらいたいだけなんです!」

「…………え?」

「僕はただ、女性の皆さんに――」

「いや、繰り返さなくていいよ。ちゃんと聞こえていたから。うまく飲み込めなかっただけ」

「お巡りさんは分かってくれますか!?」

「えっ……。とりあえず、話してくれるなら聞いてみようかな……」



 そこから俺のメガネ講義が始まった。詳しくは割愛するが、メガネの歴史、メガネの構造から始まり、その奥ゆかしさまで、俺のメガネへの愛を全て語った。

 どれくらい時間が経ったのだろう。目の前のお巡りさんは机に突っ伏して、感動して涙を流している表情を見せまいと努力している。……ときどき聞こえるいびきのようなものは嗚咽だろう。


「…………あ、終わった?」


 お巡りさんが気だるげに体を起こす。


「まだまだこれからですよ」

「いや、いいよ。もう十分だ。それでね、さっき話してくれている最中に報告があったんだが、日本という地名は無いらしい」


 あ、まずい展開の予感。


「だが、この日本について一つ気になるものが出てきた。」

「気になるもの?」

「君、勇者ホメックをを知ってるかい?」


 勇者ホメック? 誰それ?


「もしかして、知らないの?」

「ええ、全く知りません」

「いまどき珍しいね。じゃあいいや。今回の君の件とは全く関係ないことだし。ところで、君は身寄りはないのかい?」


 身寄り? この世界に来たばかりの俺が身を寄せられるような親しい人がいるはずがない……。


 ――ふと、あの大人ぶった幼女の顔が浮かんだ。


「アテはあります」

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