第13話「やっぱり、縁なしフレームのメガネがよかったのかな」
チコナ達とギルドで別れてからしばらくして。
俺はチコナに対する罪悪感を引きずりながら、今夜の宿を探していた。
無一文だったわけだが、その問題は無事に解決した。というのもさっきギルドを去る際に、クエストに協力してくれたお礼として今夜の宿代と食費に困らない程度のお金をチコナからもらったからだ。
パーティー加入のお誘いを断った幼女にお金をもらうなんて、背徳感がすごい。しかも俺はモンスターに追われて半泣きで叫んでただけなのに。ヒモの極み、といった気分だ。
ぶらぶらと街を散策するが、宿を探しているつもりが見慣れないものに次々と目を奪われる。
だが、落ち着け須藤啓太。これじゃまるで初めて都会に来た田舎っ子じゃないか。今の俺は高い建物を見上げて、周囲から田舎っ子と一目でわかるようなものだ。といっても俺は田舎っ子なのだが。初めて都会に出て高い建物を見上げていて、当たり屋の怖いヤンキーにぶつかって因縁をつけられたあの経験を忘れたわけではあるまい、須藤啓太!
この街だって同じような輩がいないとは限らないんだ。なにより、この世界が異世界に対して理解があるのか、それとも何も知らないのか、その判断がまだついていない。異世界人だとばれてしまうような事態は避けるべきだ。あまり挙動を不審がられないようにしなくては。
――にしても。
やはりメガネっ娘はいない。すれ違う女性も、商店の女性も、皆メガネをかけていない。 これは、大問題だ。いくら異世界とはいえ、これではメガネ成分が不足して倒れてしまう。
だが日本でやってしまったように、無理やりメガネをかけさせるのはダメだ。少し工夫しないと……。これはチャンスだ。この世界でメガネを普及させるために、少しずつやれることをやっていこう。ノーメガネノーライフ。生きとし生けるもの全てにメガネを――
「きゃあああ! 変態!」
「ま、待ってくれ! 誤解だ!!」
叫びながら後ずさる女性を呼び止めようとするが、一心不乱に走り去ってしまった。
「おかしいなぁ。どうして、メガネをかけたがらないんだろう」
正確な時間はわからないが、夕暮れになっていた。すでに街灯が点いており、もうすぐ訪れる夜を待ち構えている。
人通りも少なくなってきた商店街の外れの路地裏で、俺は一人うんうんと悩みながら立ち尽くしていた。
さっきの女性は言うまでもなく、メガネをかけてもらおうとスカウトした人材だ。大人っぽいクールな印象で、キリッとした目が特徴的だった。
「やっぱり、縁なしのメガネがよかったのかな。でも、それじゃあお手本に忠実すぎる気がするし……。そもそも、今はこの子しかいないんだよなあ」
俺は右の手の平に乗せた、赤縁のメガネを眺める。
何度見ても美しい。太いフレームが重厚な装いを示すが、赤い色と角が丸まったデザインが柔らかさも表現している。俺にとって、このメガネはまさに、メガネ・オブ・メガネ。森で逃げ回っている最中に落としたり、壊れたりしていなかったのは本当に幸運だ。
俺はまた、通りすがりの女性にメガネをかけてもらおうと考えていた。だが、今回は無理矢理ではない。メガネをかけるメリットをきとんと説明したうえで、同意してもらってかけてもらうことにした。
しかし、さっきの女性は「変態!」と悲鳴混じりに逃げ去ってしまった。その理由を考えているのだが…………。
今回の作戦の流れはこうだ。
まず、通りすがりの女性に「良い話があるんですよ」と近寄る。これに関してはかなり怪しいことを自覚しているが、他に良い案が思い浮かばなかった。普通に話しかけるだけでは聞いてもらえないと思い、歩く女性の前に立ち塞がるように心がけた。
そして、人気のない路地裏に連れ込む。これは、メガネをかけるとなった時に、周囲の視線を気にしなくていいようにという俺の配慮だ。メガネを初めてかけるとき、何となく恥ずかしいと感じる人もいるからな。さっきの女性は路地裏に入った時点で、怯えたような表情をして小刻みに震えていたが、メガネをかけることに緊張してしまっていたからだろう。
路地裏に入ったら、まずはメガネの説明。メガネの歴史や構造、かけることのメリットなど、相手がメガネに興味を持ってもらえるように話を進めた。この時点で女性は涙目になっていたが、きっとメガネをかける喜びに思わず涙したのだろう。それに、キリッとした瞳が潤んでいるギャップのあるその姿はとても魅力的だった。
そして、メガネをかけようとゆっくり彼女の顔に近づくと、彼女は悲鳴を上げて走り去った。
――何がいけなかったのだろうか?
原因は分からないが、やってしまったことに変わりはない。
チコナは言っていた――「好きなものに正直であれ」と。少しニュアンスが違うかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。
つまり、まずは欲望を満たすことを最優先にする。
この世界に来た目的であるメガネっ娘ハーレムは無理かもしれないが、手近なところでメガネ充になってやる。
日本で警官に追われ、気づけば異世界に転生。森をさまよってイノシシに追われ、なんとか街に到着し……。かなりハードな一日を過ごして俺はハイになっていた。
くじけたっていい! 何度でも立ち上がれ! 新たなこの世界でやり直すのだ!
「ふはは、はははははははは!」
「君、逮捕ね」
「ははは…………は?」
背後からの声にハッとして振り向くと、黒い制服をまとった厳つい顔をした初老の男が、俺の肩を掴んでいた。
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