第12話「私とパ、パーティーを組んでくれませんか……?」

建物の中は広々としていて薄暗いが雰囲気はとても明るい。受付嬢の元気な声があちこちで飛び交っている。

 酒場が併設されていて、そこでは騎士や魔法使い、盗賊など、いかにもそれらしい服装の冒険者達が大勢いる。その中に、絡んでくる連中がいないかとつい身構えてしまう。


 日本のヤンキーなどは、俺にとって天敵だ。やつらはメガネをかけている人を見れば「よぉ、メガネ」と、あたかもメガネを蔑称のように扱う。しかも喧嘩になれば、顔面を容赦なく殴ってきてメガネを破壊する。メガネに対する崇拝の念がないのだ。メガネを敬わない奴は全て滅んでしまえ。


 同じ様に絡んでくる荒くれ者も同じだ。俺は周囲を警戒しながら一歩ずつ歩みを進める。


 だが、建物に入った瞬間に大勢の視線を感じたが、絡んでくるような柄の悪い連中はいなかったのでホッと胸をなでおろす。 

 そんな俺の様子を気にも留めないで先を歩くチコナとレイマンの後ろをとぼとぼと付いていくと、二人は受付嬢がいるカウンターの前で立ち止まった。


「お前達はここで報告だろ? 俺は別のとこに行くから、ここでお別れだ」


 そう言って立ち去ろうとするレイマンを俺は慌てて呼び止める。


「あ、ちょっと待って!」

「どうした?」


 レイマンが立ち止まり、首を傾げる。

 俺は隣のチコナの背中を押し、レイマンの方へ一歩前進させる。


「ほら、チコナ!」

「あ、あぅっ……」


 何を言うべきか理解したのだろう。

 頬を赤く染め、もじもじしながらレイマンと向き合う。


「も、もしよろしければ、なんですが……私とパ、パーティーを組んでくれませんか……?」


 恥ずかしそうだが勇気を振り絞った口調や仕草、そしてとどめの上目遣い。

 完璧だ。 

 これで落ちないなら、そいつはきっと男ではな――


「すまん、それは無理だ」


 ――い。…………え?


「あ、そうですか…………」


 シュンと落ち込んでしまったチコナを見て、俺は思わず口を挟んでしまう。


「なんで無理なんだ?」

「別にこの子が悪いわけじゃない。ただ単に俺はすでに別のパーティーの一員だからだ」

「ああ、なるほど」


 そりゃそうだ。冒険者の強さの基準なんて分からないが、身のこなしや知識から察するに、おそらくレイマンは熟練の冒険者なのだろう。すでにパーティーを組んでいてもおかしくはない。


「パーティーメンバーを探しているのか?」

「ああ。チコナが、な」

「ふぅん……。だがチコナ、お前にはもう仲間がいるじゃないか」


 そう言いながらレイマンは、俺を指差していた。


「「え?」」

「お前達がパーティーを組んだら、面白いと思うんだがな」


 おい、その面白いはどういう意味だ。

 こいつは俺達が慌てふためく姿を楽しんでいる節があるんじゃないかと俺は疑っている。


「ここから先はお前達の問題だ。俺は深く関与するつもりはない。じゃあな」


 レイマンはそう言い残して立ち去ろうとする。


「いろいろありがとう! また会ったらよろしく!」


 レイマンはこちらを振り向くことなく、右手を挙げてひらひらさせ、そのままギルドの奥へ消えていった。

 なにあの立ち去り方。かっこいい。俺もやってみたいな。


「あのー……。ケイタさん」


 レイマンを視線で追っていた俺は、チコナに呼びかけられてハッとする。


「どうした?」

「さっき、レイマンさんが言っていたことですが……」


 恥ずかしそうにもじもじしながらも、何か期待するような上目遣いで俺の目をまっすぐ見つめてくるチコナ。


「あー……パーティーの件?」


 冒険者になってパーティーを組んで、モンスターと熱い戦いを繰り広げる。

 それは男ならだれもが夢見るようなシチュエーション。

 いくらメガネストを自称している俺でも、その憧れがあることを否定できない。

 俺は今、その冒険のスタートラインに立っていることを改めて実感した。


 冒険に繰り出し、数多の強敵と戦い、仲間との絆を深める。そして、その先に得られる名誉、報酬、友情。そのどれもが魅力に溢れている。

 しかも、パーティーに誘ってくれているのはきれいな瞳の女の子。

 メガネストとしても、これはとても理想的なお誘いであるといっても過言ではない。


 指をもじもじさせながらチラチラとこちらを窺ってくるチコナに対し、俺は――



「ごめん、チコナ。俺は冒険者にはなれない」



 俺の返事にしばらく黙り込んだチコナは、「そうですか……」とだけ小さく呟いて俯く。

 転生して直後にこのイベント「パーティー勧誘」が発生していれば迷わずに冒険者になっていたかもしれないが……。


 正直、今の俺は、すでに冒険者になる夢を諦めかけていた。

 だって、仕方ないじゃん。あんなにひどい目に遭ったんだよ。

 アウロラには自信満々で「このメガネは必ず、命に代えても守る」なんて宣言しちゃったけど、あんなモンスターと戦うなんて命がいくつあっても足りない。 

 シュンと落ち込んだ様子のチコナに胸を痛めるが、無理なものは無理だ。


「ごめん……」

「い、いや! いいんです! それよりも、クエストの報酬をもらってくるので、ここで待っててください。あのイノシシの牙や毛皮は使い勝手がいいので、結構な報酬になりますよ!」


 明るく振舞って、受付の方へパタパタと駆けていくチコナの背中を見送っていると。

 周囲からの視線を感じた。

 談笑していた冒険者や、ギルドの受付嬢までもが俺に冷ややかな視線を送っている。

 な、なんだ……? 俺、何かやらかしたか?

 内心ビビりまくっていると、すぐにチコナが戻ってきた。


「あれ、どうかしましたか?」

「い、いや、なんかみんなに見られててさ」

「気のせいでは?」

「そうかなぁ……」


 大方、小さい女の子のお願いを断った俺に対する軽蔑だろう。

 気にしないように心がけたいが、俺のメンタルはそれほど強くない。早くここから立ち去りたくてたまらない。


「それよりも、この後はどうしますか? 私はもうしばらくここでゆっくりしていきますが。もし、あてがないのでしたら、いろいろ案内しますが」


「ああ、大丈夫大丈夫。一人で何とかするよ」


 俺はそう言いながら周囲の視線から逃れるように建物の出入口に向かおうとする。

 しかし、俺の歩みを妨げるようにチコナが前に回り込んだ。


「……本当に大丈夫ですか?」


 心配そうに俺を見つめてくるチコナの瞳を見ていると、魅入ってしまいそうになる。


「そう見つめられていると、なんだか大丈夫じゃなくなってきた……」

「な、なにがですか!? またメガネですか!? かけませんよ!」


 顔を手で覆ってあたふたするチコナを見ると、心が安らぐ。思わず笑みがこぼれた。

 と、同時にさっきパーティーの誘いを断った罪悪感がこみ上げてくる。


「じゃあ、俺もそろそろ行くよ。いろいろありがとう」


 チコナの脇を通り過ぎて、俺は逃げるようにしてその場から立ち去っ――


「あ、ちょっと待ってください」


 再び俺の前に回り込んでくるチコナ。

 そんなに俺と離れ離れになるのが寂しいのだろうか? だが俺には冒険者なんて無理だ。

 ますます後ろめたさがこみ上げて来て、チコナと目を合わることができない。


「……チコナ。ごめん、俺は……」

「いや、パーティーの件はともかく。これ、さっきの報酬です」


 そう言いながらチコナが差し出してきたのは布の袋。中には貨幣が入っているのか、ジャラジャラと音を立てている。


「え……? でも、これはチコナの報酬だろ」

「手伝ってくれたお礼です。どうか受け取ってください。あのキノコは本物で無事に納品できましたし、さらにはウリブルボ―を二体も狩ることができました。おかげで報酬はたっぷりなんです」

「……わかった。ありがたくいただきます」


 正直、非常にありがたい。

 寝泊まりするところがないうえに無一文だったわけだし。


 まだ何か言いたげな様子のチコナにお礼を告げて、俺は今度こそギルドから立ち去った。

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