今宵の酒はうまかった

 その年の夏も毎年の様に暑く、TVからは毎日の様に過去最高気温を更新したとかそんな事ばかり言っていた。盆地である京都も例外では無く、毎度の様に関西でももっとも暑いのは京都ですとか、TVのアナウンサーか何やらが話していた。梅雨が明けた今、大体が毎日猛暑である。それに京都は夏は暑くて冬は寒い。店の奥から聞こえて来るTVの言葉を聞きながら、俺はそう思った。

 此処に来るのは、この駄菓子屋に来るのは久方振りだ。TVの音がする店内の奥を見ると、変わらない後姿をした老人が座っていた。自分の店に客が入って来ても一向に気付かないその老人と会うのは何年振りだろうか。きっともう十年以上は経つだろう。当時、俺が通っていた小学校は小高い丘の上に建っていて、校門の左右の道は緩やかな下り坂となっていた。その右の下り坂の最終地点にその店は、駄菓子屋は在った。

 下校の帰り道にある為、当時は小学生には人気のスポットだった。それはそれは繁盛に次ぐ繁盛だった事であろう。何せ老人は気付かないのだから、正にキャシュレス状態だったのだ。昔ながらも、俺達は時代を先取っていた。だが偶に気付くものだから昔は相当難儀した記憶がある。老人の右肩が少し上がると、それはこちらの気配に気付いた合図だった。その癖に気付くまでも相当な時間を擁した覚えもある。いいや、今思えば、その癖も老人なりの警告と言う名の愛だったのかも知れない。クソガキに向けた、駄菓子屋老店主の些細な人生の教示だったのかも知れない。


 ふと、老人がTVのチャンネルを甲子園の中継に変えた。見ると俺の地元の公立高校が試合をしていて、老人はそのスコアを見て大いに喜んでいた。試合は九回表、点差は四点。ツーアウトまで来ていた。あとアウト一つ決めれば三回戦進出である。そして相変わらず俺達が店に来た事には“気付いていない”。


「バスケも勝ってるよ。10チャンネルにしようぜ」

「おお、いらっしゃい――と。これはこれは、珍しい客がきたもんだ」

「ご無沙汰しております。覚えていますか?」

「そりゃあ忘れるもんかよ。額の傷、そりゃあお前さんがウチで大泥棒した後に出来た傷じゃねーか」

「おっちゃんが大声でいきなり怒鳴るから、盛大に転んだんじゃねーか。でも、あの時はありがとうございました。救急車呼んでもらって……」

「“クソガキ”が血だらけで泣いてたんだ。其処で助けなきゃあ、おまえさん大人じゃないだろう」

「そりゃあそうか」


「何年前だぁ? 大きくなったなぁ。嬢ちゃんもえらい別嬪さんじゃねぇかよぉ。大きくなったなぁ、本当によぉ」。老人はそう言ってから、俺達をまじまじと見ながら懐かしそうに何回もそう呟いていた。目頭には涙が溢れ出そうになっていて、何遍も何遍も拭っては、また出て来ていた。店先の風鈴が風に揺られてチリンチリンと涼やかな音を奏でていて、それでも真夏の太陽は燦燦と降り注ぐ。空調も効いていない店内は扇風機だけのエアコンで回っている。その匂い、風の音、暑い店内、陳列されている駄菓子たち。それでもその風鈴の音は本当に涼しそうで、でも胸は、心は、熱く鼓動させてくれる。あの黄金の夏休みを思い出すには充分な音色だった。


「おっちゃんこれ! アイスの当たり棒、これ交換しにきたの。まだ有効でしょ? それに“あの時”は無かったけど、さすがに今なら仕入れてるでしょー?」

「あとは“コレ”も。……遅すぎるのかもしれない、足りないかもしれない、それでも受け取って欲しいんだ。おっちゃん、あの時はごめんなさい。クソガキだった、迷惑を本当に沢山掛けた。だからどうか受け取ってくれ!」

「お前さんら……。おい坊主、随分と厚く見えるが中身は千円札じゃねーだろうな?」

「んな訳あるかよ、全部最高級札だ。最高級なアイス食わしてタダで貰ったかんよ」

「そうかい。じゃあ俺が貰って、俺からその嬢ちゃんの腹の中の“クソガキ”にプレゼントだ。美味いもん目ぇ一杯食わしてやれ。美味いもん食った子は何時の日か大物になる」

「――なんで出来てるって」

「馬鹿野郎、何年老人やってると思ってんだ。“みりゃあすぐわかる”。本当、クソガキ共が『立派な大人』になったじゃねーか。ああ、それからアイスの交換か。ほらよこれが正真正銘の最後の二本だ。運が良かったなぁ、嬢ちゃん」

「うん。最後って?」

「見たら分かるだろ? ウチは今日で店仕舞だ。“駄菓子屋平八”は今日で終いにするんだ。もう儲からねーし、体力がなぁ。お前さんら来ても右肩が上がらんくなってきてよぉ」


 風鈴の音は相変わらずチリンチリンと鳴いていた。どうやら、先程は本当に気付かなかった様である。昔は気付いた振りをしていた老人は、もうどうやら本当に誰にも気付く事が出来なくなったみたいであった。真夏の太陽は煌々と光輝いている。それでもその音は、微かに夏の終わりを告げていた。


「ありゃあ、お前さんらの後輩かい? なに、見りゃあ分かる。ありゃあ昔は相当な“クソガキ”だったろうなぁ。ああ、本当になぁ。“今年の夏は良い夏だなぁ”」


「うん、本当に。私の弟も出ているんですよ。三回戦も勝ったみたいだね、一輝かずき

「ああ。じゃあ行くか。おっちゃん、ありがとうな。元気でな、病気すんなよ? また会いに来るからよ」

「またね、おっちゃん! 東京から帰ってきたら必ず来るから。店は閉まってても此処にはいるんでしょう?」

「応、いるともさ。お前さんらも気を付けてな。お体ご自愛下さいな」

「おっちゃん、またなっ! 元気な子を育てるからよ! きっと“クソガキ”だ! その時はどうか叱ってくれよな、じゃあ行って来るかんよ!」


 ああ、本当に大きくなりやがって。そうかい、あのクソガキがあんなに大きくよぉ――立派じゃねぇかぁ、なぁおい。子の成長を見てるほど嬉しい事は無い、喜ばしい事は無い。これこそが人生の至宝の一時だ。良い夏じゃねぇーか、本当に良い夏だった。じゃあな、気を付けて行って来いよ。風邪引くなよ、喧嘩すんなよ、する時もあるかしれねーが乗り越えろよ。子供を愛せよ、嬢ちゃんを愛せよ、何より自分を愛せよ。ああ、今日の酒は美味そうだなぁ。





明島川あけしまがわ東京第とうきょうだいいち一を下し、準決勝進出かぁ」

「準決の相手は水瀬みなせ。頑張っちゃいるけどな、水瀬は」

「今年は良いチームだな。でもさすがに明島川相手じゃ厳しいか?」

「纏まっているし、団結力もある。何より諦めない心を持っている。それでも水瀬には飛び抜けた“エース選手”がいない」

「何より、りょう程の選手に勝てる奴は中々いねーよ」

「お、徳史とくし。幼馴染自慢か?」

「馬鹿を言うな、それでも俺なら勝てる」

「でも、負けたしなー。反対ブロックの洛連らくれんも準決勝進出か。下馬評では評価低かったけど」

「あの洛真らくしんに勝った高校、奇跡の進撃なるかってか。なるだろ、そりゃあ。やりあった俺達が一番分かる。奇跡でも何でもねー、明らかな実力で負けたんだからよ」

「所詮は下馬評だ。分かる奴が見れば、あいつらの実力が本物だって事は気付く。決勝は明島川と洛連で決まりだろう」

「徳史はどっちが勝つと思う?」

「それは分んねーよ。でも涼には勝って欲しいぜ」

「まぁ、だなぁ。去年も一昨年も明島川と戦ったからな」

「……出たかったね、“俺達も”」

「まぁ、そりゃあなぁ」

「“次勝てばいい”。さぁ行こう。山岡監督の挨拶がある。俺達も引退だ」

「短い夏だったが、来年があるか。それ以降も……」

「最後に監督に勝たせて上げたかったが、よくよく考えると俺達はずっと勝っていたな」

「負けて、また勝つ。偶にはそれでもいいじゃねぇーか。さぁ、行くか」

「あれ、みんなもしかしてプロ志望?」


『当たり前だ!』


「いいね、じゃあ俺も! 夏はまだ終わらせれないよね!」





 蝉の声鳴く八月のお盆。最高気温は毎日三十五度を超え毎日が猛暑となっていたその日、一張羅を身に纏い歩く男がいた。空を見上げると眩しい程の太陽と広がる雲一つない青空。左手に白いバラの花を持ち、コツコツと一歩二歩と進み革靴を鳴らしていた。逞しい体付きをしており、風貌は畏怖すると言うに相応しいだろう。そしてその目は鋭すぎた。だが心は穏やかで、その見た目反面、その優しさは全身から溢れ出ていた。

 丁度目的地に着いた頃、男はその口元を緩め少し笑った。男は今になって気付いたのだ。墓参りにバラの花は可笑しいし、それに相手が男だというならば余計に変である。しかし、それはそれは立派な墓だった。『槙島家之墓』。実家はそれなり裕福だったと聞いていた。行った事はないが親御さんも立派で、ちゃんとした家柄だとも聞いた事がある。


「立派な墓じゃねーか、高志たかし。来るの遅くなっちまってすまん。ってかよぉ、よくよく考えたらバラの花って可笑しいよな。しかも人生で初めて買ったんだぜ? 贈る相手が女じゃなくてお前なんてよ、笑っちまうよな」


 そっと眼を閉じ、彼は久しぶりの旧友に再会した。彼の御両親に挨拶して、彼の御先祖様に感謝の意を込めて立派な一礼をした。まるでこれでは、お前と結婚すると報告しにきた花嫁ではないかと男は思った。いや、違う。花を贈るのは男の役目。ならば高志が花嫁かと、男は考えてまた少し笑った。


「行って来るよ高志、甲子園インターハイによ。バカな後輩共が俺を呼んでくれてんだ。行って応援して、その次は俺達だなぁ、高志よぉ。小沢おざわにも会ったよ。あいつのお墓も立派じゃねーか。お前等本当に金持ちだったんだなぁ。鈴木すずきも元気してたぜ、相変わらずよ」


 ふと、あの日々の思い出が蘇る。初めて会った日の事を、転校初日に初めて声を掛けてくれたあの日の事を。一緒に夢を語り合った日の事を、その夢に打ち込み必死に練習していた毎日を、クワガタ採りに行った日の事を。単車に乗って走り回った青春の日々を。みんなで見た“あの綺麗な夜景を”。何にも変える事は出来ない、かけがえのないあの戻らない黄金の夏を。


「……行って来るから。じゃあまたな、また逢おう」


「行って来るって、何で行くつもりだよ。なぁ石上いしがみ


 その男――石上悟志いしがみさとしに声を掛けた者がいた。その者はずっと男を待っていた。そして今日此処に彼が来ると予測し待ち伏せしていたのだ。ただのストーカーである。だがそのストーカーは男に会わなければいけない理由と、やり返せばならない一発があった。


間中まなか! お前どうしてここに……」

「手前こそ、どうして誰にも顔出さないんだよ。皆心配してるぜ、幸平こうへいさんもはじめさんも。中園屋には行ったらしいじゃねーか」

「すまん、まだ自分の中でけじめがついてなくてよ……とくにお前には、最後はその、あれだったじゃねーか」

「ああ、キツイの一発くれたな。死ぬかと思ったぜ、このバカ野郎が。まぁお前らしいけどな。ありがとよ、俺を止めてくれたんだろ。巻き込みたくなかったんだろう?」

「すまねぇ。今日は店は? 幸平さんと一緒にやってんだろ?」

「今日から休みだ。店自体が長期休暇だ。“あいつ等”の応援にって幸平さんがな。まぁお盆何だけどな」

「そうか、頑張ってんだな」

「で、行くんだろう? 甲子園」

「ああ、行く。どうやら今年は東京でもやっているらしい」

「みたいだな。金、ねーだろ? 単車で行くなんて言うなよ? 免許取り消しだろお前。新幹線で行くぞ、新幹線」

「そりゃあ良いな。“最速”じゃねーか」

「バーカ、最速はハヤブサだろ?」

「抜かせ、最速はマッハに決まってんだろ」

「Z1は?」

「ああ、あれも速いな」

「乗った事ねーだろうが」

「これから買うんだよ」

「その前に免許な」





『さぁ、いよいよ始まります! 夏のインターハイ高校男子バスケットボール決勝合戦の合図。とうとう雌雄を決する時が訪れました! 盛り上がりが収まる事は無い今大会、波乱と奇跡が起き続けている今大会! 栄光の座を掴み取るのは果たしてどちらの高校か、己達の三年間を今此処に、この為だけに、この瞬間に輝き出さんとしている両校でございます! もう間も無く両校入場、黄金世代と称される頂点の座はどちらが着くのか、八月十八日、十四時に運命の試合開始のブザーが鳴ります!』


「――昼休憩終了! 各自、持ち場に戻れ!」

「おいおい、いい所なのによぉ」

「もう終わりかい。TVくらい好きに見させろよ」

「しょうがねーしょうがねー。何せ此処は塀の中。懲役俺達に自由なんてない」

「さぁ、いっちょ昼からも仕事頑張りますかぁ」

「お前は洗濯係だろうが、ふざけんな」

「先生、あいつはいいんですかい? まだTVを見てやがる」


「あいつは良いんだ。許可を取っている。“今日限り”だけどな」


「特別扱いは刑務所では御法度でしょ。何を頑張ってあいつあそこに?」

「お前等が嫌がっている全ての仕事だ。それにたったの三十分だけだ。所長の許可も取ってある、さぁ戻れ!」

「へいへい、さぁ今日も頑張ろうかいねーみんなー!」

「だからお前は洗濯だろうが、桃太郎でも見つけてきやがれ爺さん」


『最初に入場したのは東北が誇る随一の強豪校! 秋田明島川工業高校です! 未来の日本バスケット界を担う“エース”、いいや、財産とも言えます秋永涼選手が率いる明島川! 昨年一昨年とあの絶対王者洛真との対決は記憶には新しいですが、今年は更なる成長、そのプレーに期待が掛かります! さぁ、対するは――』


「先生、今日は有難うございます。大分無理を言いました」

「いや、いい。貴様は模範囚だ。ああ、それからな、バスケットは何分で終わるんだ?」

「さぁ、私は野球しかやってこなかったものですから……」

「そうか。先程は皆の前で三十分とは言ったが、実は二時間の許可は貰っている。存分に見ると良い。後輩何だろう、大切な」

「はい。本当に凄い奴等です」

「決勝まで行ったんだからな、当然だろう。バスケに延長戦はあるのか?」

「申し訳ございません、それも分かりません。本当に野球以外には疎くて」

「そうか。勝てると良いな」

「はい、それはもう本当に」


「なぁ、佐藤さとう。少し私情を言う、どうか聞いて忘れろ。私も当時は甲子園出場を夢見ていた野球少年だ。……貴様には同情の余地がある、と私は思う。仮釈放、それも早まる事は確かだ。いいか、人生に絶望するなよ、佐藤。俺は貴様が好きだ。罪を償えば貴様は自由なんだ。晴れてその時は、外で一杯やろう。私が奢る」


「はい。ありがとうございます、先生。もう飲めないと思ってはいましたが、ビールが飲みたいですね。やっぱりビールが飲みたいですよ、先生。あいつは許してくれますかね? あいつの家族は――」

「その時は私だけが許す。その時はたらふく飲め。何故ならば、酒はそういう時に飲む為がゆえに存在するのだから」

「そうですか、それでは心の奥底で楽しみにしています」

「ああ。お、入場じゃないか? 貴様の後輩。良い面構えをした奴等じゃないか」





 人の性格は環境で変わる。これは確かな事だ。良い環境にいれば良い人間になるし、悪い環境にいれば悪い人間になる。気取ったTVのどこぞの評論家か小説家か何かは知らんが、そう言った阿保は決まってこう言いやがる。『環境もありますが、それを変えれなかった自分自身が悪いのです』と。

 その都度、儂は殴ってやろうと思う。そう言えば儂は殴っていた。その都度その都度TVを殴り、婆さんに迷惑を幾度と掛けた事か。“大人になればそれは確かにそうだろう”。だが。子供達は違う。子供達だけは違う。あやつら“クソガキ”は確かに加害者かも知れない。それに為り得るかも知れない。されど昔は被害者なのだ。その原因と要因は、家庭環境にあるのだ。


『もしもし、すみません救急車を一台お願いします! ええ急ぎで! 主人の容体が急変して……はい! 持病と言うか、末期癌で自宅療養中で、とにかく早くお願いします!』


 彼等の非行のサインは一種の心の救難信号みないたものだ。家庭でそれが分からなければ、学校側で分かるしかない。が分かるしかないのだ。彼等は何時だって助けを求めている事に、解りもしない思春期の答えを探している事に。

 青春特有の悩みに答え何て無い。其れは大人になっても分からない事柄だ。それでも分かっている事が“二つだけ有る”。一つは人から奪うな。もう一つは嘘を吐くな。それだけだ。だが儂はの育て方を間違った。そして愛する子はこの世からいなくなってしまった。儂が教師で在るにも関わらずだ。……確かに儂は失敗はした。だが次はしない。次こそは分かってみせる、次こそは救ってみせる、次こそはと――願い、戦い、悩み、頭が禿げる程に考え抜いた。それは嘗て“クソガキ”だった私を正しい道に導いてくれた偉大なる父を超える為でもある。そう、それこそが親孝行と信じていた。


秀子ひでこさん、どうしたい! 平八へいはちさんの容体が急に悪くなったって! 救急車は!』

『もう呼んでいますよ! ごめんね、ごめんね、晋平しんぺいさん。この人隠れてお酒飲んでたんだよ、肝臓癌なのに、それなのに最近ずっと飲んでいたのよ。ああ、気付かなかった私が悪い、ああ、この人は昔から本当にそうだったから――』


 所で、何十年も前にいきすぎた体罰で教師をクビになった私であるが、最後に一人だけ事だけは確かだろう。昔、一人の体格だけは立派な生徒がいた。運動音痴だが、本と将棋が好きで数学の成績はいつも一等であった。しかし対人関係が苦手で、何時も一人の孤独な少年であった。私はその少年が唯一の気がかりだった。息子を早くに亡くしたのもあるだろうが、息子がもし生きていれば同い年くらいだったのも関係はしている。私はその生徒に息子を重ねたのだ。傲慢だと思う、自己満足だとも思う、唯、私は私利私欲にその生徒を愛でた。与え切れなかった愛をその生徒にぶつけた。

 非常に頭の良い少年で内向的だと思っていたが、実はスポーツが好みらしく何でも速いものが特に好みだと分かった。ゆえに偶に放課後に指している将棋も早指しなのだ。これは意外である、これはこれは意外である。だが本人はスポーツが出来なかった。その才には恵まれなかったのである。ゆえに好きなので在ろう。

 ある日、将来が持てないと言った少年に【贈った言葉】がある。それは私が子に伝えれなかった事でもあり、それは私が親父にも言われた言葉でもあり、それは当時の自分自身にも言い聞かせていた“言葉”でもあった。


【(必ず生きて)何時か立派な大人になれ。そして叫べ、自分は“まだ此処にいる”と】


 後に少年は私と同じ教師となり母校に帰って来た。嘗ての自分と同じような生徒を救うべく。“少年あいつ”が帰って来た時、挨拶もされたし、噂は聞いていた。本当に良い教師になったと、怖い先生だとも言われている事も。そして“その実績”は、今になって分かる。



『あんた、、何でなんや、阿保ちゃうか、馬鹿なんとちゃうんか!』

(すまんなぁ、秀子。。最後の酒が美味すぎて、つい毎日飲んでしもうたんや)


 私が人生を懸けて、悔いの塊の中にこそと、贈呈した言葉は確かに受け継がれていた。なに、“みればわかる”。あの“クソガキ”が先日来た事によってそれが証明された。良い夏だったよ、ありがとうな嬢ちゃん。元気な子を産めよ? 安産祈願の御守は買ったか? アイスはもう食うなよ? なに、無事に生まれるさ。だって嬢ちゃんなんだからよぉ。


『晋平さん、この人……もう息したあらへん。もうしたぁらへん』

『嘘やろ、間に合わんかったんかいな。嘘やろ、兄貴……死なんでや、まだ死なんでや!』


 儂は、私は良い人生を送れた。本当に良い人生が送れた。今日に為ってそれが分かってしまった。だから泣くなよ秀子よぉ、晋平よぉ。来世でも宜しく頼むわ。秀子よぉ、来世こそで一緒に生きようなぁ。なぁ、なぁ、なぁ……。良い夏だなぁ、本当によぉ。





『下馬評を覆し、勝ち続ける超新星! 君臨していた絶対王者洛真を打ち破り、全国一の座に手を伸ばす事が出来るか、京都洛連高校きょうとらくれんこうこうの入場です! あの秋永涼選手と村井徳史選手がミニバス時代に負けたのはである事は最早周知の事実! あの栄光の日より六年以上と、彼等は叫びます……それは魂の叫び、正に言霊でも在ります! “俺達は此処にいると”――!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る