高尚に手を伸ばす

「スタメンを発表する。北原きたはら猪俣いのまたはく大竹おおたけ。それから秋永あきなが。以上だ」

『はい!』


「最初から最大戦力で迎え討つぞ。もう分かっているとは思うが、今回の相手は……恐らく今までのどの高校よりも強い。歴代最強の洛真らくしんを打ち破り、数多の全国の強豪猛者達を薙ぎ倒して来た奴等だ。心して掛かれよ」


「しっかりと対策はしてきたつもりだけど、後はやってみないと分からないか」

「なんだ大竹。自分達のやってきた事を信じてやればいいだろう」

「……いよいよかぁ。此処まで大変だったね」

「ああ、いよいよだ。準備はいいか、涼」

「ばっちし。早く始まれば良いと思ってるよ」


「あーそれから聞いてくれ皆。始まる前に少しだけ話がある。偏に言って、明島川あけしまがわが黄金期を迎えられたのはお前達のお陰だ。俺がここの監督に就任出来たのもお前達がいたからだ。今の三年生の中には六年になる付き合いの奴もいるだろう。お前達が中学に入学した頃、あの時の出逢いを私は今でも覚えている。当時、俺が言った事を覚えているか?」


 決勝始まる前の控室で、監督は感慨深そうに俺達を見渡し話し始めた。その目にうっすら涙を浮かべながら。

 星野全一ほしのぜんいち監督。俺達が泊山とまりやま中学時代からの監督で付き合いは先程言われた通りもうかれこれ六年になる。星野監督は中学時代の実績を買われ、そのまま地元の明島川に転任。それは俺達の卒業と入学までもが同時期であった。だから六年の付き合いなのだ。

 何でも監督は、元は盛岡藩士の家系らしく、その後も政治家一族の星野監督だが、監督だけはその道には行かずバスケットボールの道を目指したらしい。その時に本家と揉めたか何かで、母方の姓の星野の姓を名乗っているらしい。で、そのままプロ入りを果たし、才能を開花させ全日本代表ともなった。洛真の監督である山岡鉄心やまおかてっしんとは旧知の間柄だとかよく昔話をされたものだ。そう言えば、星野監督の旧姓の名は何だったかな。祐一なら覚えているか? まぁ何でもいいか。


「東北が一番になるとか、どうとか」

「そうだ」

「……なったけど? 俺たち明島川は一度優勝したじゃねーか、監督」

「ああ、そうだ」

「あとは、祖父が農水大臣?」


「今で言うとそのようなものだ。更に正しく云えば、俺の祖父のさらにその祖父がだ、がな。……内閣総理大臣にもなった名は言えぬがなぁ。ええい、とにかくお前達も歴史は習っただろう。東北は昔ひどい飢饉に襲われて、それはそれは大変だったそうだ。だがもっと酷いの目に合わされたのは知っているだろう。会津藩然り、東北諸藩然り、俺の故郷の盛岡もだ。それでも俺は政治の道に進まず、バスケットボールの道を選択した。それは何故か? さぁ何故だと思うか」


「前半の情報必要あった? 軽い自慢に聞こえるし」

「まぁまぁ。でもそれは、バスケットが楽しいからだろう?」


「そうだ。その通りなんだよ、祐一。俺の中でバスケットボールはあまりにも輝いて見えて、そして星野家の仕事はどうも窮屈に思えた。……罰当たりかも知れんがな、それでも初めてバスケットボールを見て感じた世界回天の空、その光景を忘れたことは無い。“飛ぶ”と言うことがどういうことか」


『素晴らしいことだ』


「だからこそ俺は教えた。お前たちにバスケットボールの素晴らしさを、疾走感を、その躍動感をな。だが俺の愛する息子たちは“それ”が分からず政治家になってしまった。やはり“血”には抗えないらしい。あれ程やめておけと言うたのにだ」


「だけど……一人だけいたんですよね、バスケットボールを選んだ息子さん」

「ああ、噂の愛人の子」

「なにそれ、監督の? 三兄弟じゃなくて、四兄弟だってこと?」

「なんで敦之は知らねーんだよ、最早有名な話じゃねーか」

「週刊誌、今じゃその話題で持ち切りだ」


「そうだ。知っての通りかもしれんがあれらはなぁ、全て事実だ。そしてまだ。この俺がまだ若かりし頃の不徳が招いた子、さぞ恨んでいるだろう。それでも俺は嬉しい。唯一その道を選んでくれて、そして俺のバスケットの全てを叩き込んだお前達と戦うことを」


「洛連の六番、星野翔太ほしのしょうたか。リバウンドの数値が今大会中トップだ」

「ああ、センターの鷹峰たかみねって奴より取っているよな。背は高くないのに」

「垂直飛びが半端ないよ。これは、洛連全員の選手に言えることだけど」

「田舎の山育ちだからってかぁ? このご時世にそれは……あるか」

「ああ。山育ちは俺達もそうだ」

「ところで星野監督、だから洛連は最強なんでしょうか? それは明島川おれたちが初めて体感する最強なんでしょうか? 一体どうすればいいのですか?」


「勝て、それだけだ。蹴散らせ、蹂躙せよ、尚も高尚に手を伸ばせ。そして最後に笑え。東北に盛岡があると言う事を世界に笑って喜んで見せて知らしめてやれ。盛岡の桜花は大地を割って咲く。その季節ときがくれば、お前たちの耳に喝采が響く」


「俺達は秋田なんだけどな」

「盛岡は岩手。俺達は秋田」

「どっちも東北でしょ」

「それ言い出したら、どっちも日本。まぁじゃあ行くかぁ、京都洛連きょうとらくれん倒しに」

「そうだな。南から攻めて来るってか? ばーか、今度こそは俺達が勝つんだ。次こそはあいつらが“負けるんだよ”。。歴史で言ったらそうでしょう、星野監督。いいや勝鬨上げるならば、その時ならば、はら監督とお呼びしましょうか?」

「それは、少しだけ恥ずかしいなぁ。とにかく、さぁ行って来い。高校最後の年に過去の因縁に引導を渡して来い」

『はいっ!』





 相変わらず蝉の声は鳴りやまず、アイスは口に入れないとすぐ溶けるような気温になっていた。あちらこちらで汗を拭う人だかりの雑踏の中で、その雑踏は一つの場所にへと向かう。バスケットボールが響く体育館だ。音響く空間が、その会場の決勝に相応しい舞台として用意されていた。およそ、バスケットのオールコート三面分。そして上層に並ぶそして広い観客席。三面分にもあるコートを、縦にして決勝は使用されることとなった。

 理由は簡単だ。観客数があまりにも多かったのだ。本来在り得ないはずの一階コートフロアに仮設席と立ち見スペースを設け、収容率150%越えを見越しての緊急的措置であった。この会場がここまでの人に溢れる事となるとは大会運営本部も予測は出来なかった。何故ならば、今大会は予測不可能なイレギュラーがあまりにも多かったためだ。

 一番の理由は、今や天才バスケットプレイヤーと謳われる『秋永涼』の存在だろう。“彼”無くしては高校バスケットボールがここまでの熱を帯びることは無かっただろうから。そして決勝の相手である『洛連高校』は、彼の“絶対王者洛真”を打ち破り、その進撃留まらぬ絶対的勝利を望む挑戦者。この両校の激突の裏にドラマがあるのは言わずも周知の事実。『天才が嘗て負けた天才に挑む』。世間の目を引くには充分過ぎる材料であった。そして、もう一つ。私達は確かな情報を入手、そしてそれを躊躇することなく公開した。明島川監督である星野全一と、洛連高校六番の星野翔太の血縁関係についてだ。(星野翔太には了承済み)

 政財界で有名な星野家(原家)の家系だが、全一氏だけがバスケットボール界に入ったのはあまりにも有名である。「その隠し子的である最後の希望が星野全一に与えるは勝利か敗北か……残る未来に親子の和解か」。他社が書いたその一文に、私は頭を垂れるしかなかった。良い一文だと思ったからだ。だがしかし、これでは面白みさが無さ過ぎると思ったのも事実だった。ためしに、蕎麦好きの上司にあなたならどう書きますかと聞いてみた。返ってきた言葉はこうだった。


『ただの親子喧嘩だろう』


 私は、やはりこの人にはわびさびがあると思った。そしてこの仕事には向いてないとも感じた。ものの哀れ在るものに敏感過ぎるのだ。時には嘘を誠にするのが使命だと言うのに。まるで、年中晩秋の中を生きているような人にも思えるから困ったものだ。








 決勝前のロッカールームで、悠花先生は俺達の前に立ち少し微笑みながら優しい眼をして、スゥーと息を吸い込んではまた吐いてまたスゥーっと吸い込んでいた。それはそれはヨガの呼吸法か何かと思ったもんだ。ずっとヨガ呼吸みたいなのをしている悠花先生を、俺達はずっと見ていた。何か言うのだろうとみんなも分かってはいるけれど、中々言わない。けど、何か言うのだろう。目は真っすぐに見開いていて、口も堅く結んでいるし、何故かの仁王立ち。だけどそのお目めは大変可愛いく、口もあひるみたいに尖っていて愛おしい。そのような顔を悠花先生はしていた。つまり可愛い。え? 怒っているんじゃないかって? これが怒ってないんだよなぁ。悠花先生は緊張したりするとこんな表情になるんだ。これは先生と付き合っている俺だけの秘密さ。


「もう決勝ですね」


 悠花先生が静かに、それでも響く声で口を開いた。それはそれは響いたことだよ。空気の音が揺れたのだから。俺は悠花先生に“教えて貰った”から分かる。今彼女は、本当に腹の底から声を出したんだ。。人体のへそ下三寸半ほどの辺りにある急所。この丹田呼吸法をしている人の声はやけに“響く”。思えば泉先生もそうだったから。


「少しだけ昔話をしますね。私がバドミントンをやっていたことはもう皆知っているよね?」

「ああ、うん。エロかった」

「確かに、ユニフォームが」

「太ももがなぁ」

「ちょっと、雄一君!」

「あ、ごめん! 美代ちゃんの太ももが一番だから」

「何言っているの、雄一君」

「早かったな……素人目で見ても」

「確かに」

「それより、フットワークだろ。縦横無尽だったじゃねーか。反復横飛び俺ぐらいすげーんじゃねーのか」

「お前より凄いんだよ、このバカ」

「高さも……」

「ラケットだって軽くはないはず、あの長物を遠藤先生の細い手首のスナップで。見事なスマッシュでした」

「ゴリポンー、お前なんかヤラシイんだよ。なんか目付とか言動が。悠花先生はなー、俺のだかんな」


「皆聞いてくれるかな? 当時の私のコーチは、君達も知る人です。名前は岸田真理きしだまり先生。そして顧問が、バドミントン何て一切知らない泉広洋いずみこうよう先生」


「おう。それを聞いた時は驚いたけどな!」

「ミネ、隠してたしな」

「お前らが知らなすぎなんだよ。いや知ろうとしなさすぎ」

「ってか、その時から泉先生はやった事もねーのに教えてたのかぁ?」

「あはは、あの人らしいじゃねーか」

「ちげぇねぇ」


「……確かにあの人は何も知らなかった。何も知らない癖に私に偉そうな事を言っていたわ。当時の私、オリンピック代表候補なのよ? それでもあの人の言葉を今でも覚えている。初めて会った日の事を。何て言ったか分かる? 嫌いだって、お前みたいな奴は嫌いだって言ったの。才能に溺れている奴は、驕っている奴は嫌いだって。それでも何時も言っていた……アウェーをホームに変えろって。意味分かんなかった」


「ああ、そんな先生だった。基本的に意味分かんないしな」

「そんでもってすぐ殴る」

「あとは蹴るし、叫ぶし、また殴るし」

「倒れても立てと言う」

「髪型はずっとアイパーだし、何だったんだあの紺色のスーツ。だせぇ」

「とんでもねー奴だな。んでもって速いのが好きで」

「止まる事は許されないし」

「アクセルを踏んだら、ブレーキなんていらねぇだろうって」

「俺達に昨日はないってか。小説の読み過ぎだろ」

「映画じゃなかった?」

「というか明日だったような」

「まぁでも、いい先生だったよね」


「“真理さんからあなた達の事を聞いた時”、私は嬉しかった。それと同時に、私は私が出来なかったことを、あなた達にやらせようとしました」


「あ、それ俺は知っている」

「黙ってて、洋くん」

「はい」


「正直に話します。少し長くなるけど、なるべく手短に話します。今でも悪いとは思わないし、でも良いとも思わない。。泉先生が君達に残してくれた。泉先生が書いたのはね、緻密に書かれた練習内容だけ。本当は『タイトル』さえもなかった。後は全部私が書き足したの……足したと言うか、書き直して私流に作り直したが正解かな。だからあれ、つまりね私が書いたの」


「えーと、それは一体どういう」

「あれ真理さんから貰ったよな? 中学生の時に」

「そう、まだ高校目指す前だったよ」

「洋介、知ってるんじゃねーのか?」

「いや、これは初耳」


「泉先生はね、あのノートの“原本”を、君達が入学してすぐに書き上げた。高校生になった君達用の練習メニューをその時から考えていたの。何故だか分かる? 何が何でも君達を【NBA選手】にするためよ。私が原本と出逢ったのは、泉先生の病気が発覚してから。その頃に


「ちょっとまて、何でその頃の真理さんが……。あの人と俺等が会ったのは中学三年の時の病院でって――あっ!」


「そう、思い出したかな村川君。真理さんとは中学一年生の時に会っているでしょう? そう言われたでしょ? 君達は覚えていないかも知れないけれど。病院の時に真理さんの苦悩は聞いたはず、願いは聞いたはず、覚悟も聞いたはず。真理さんからのお願いでね、実は君達が私を知る随分と前から私は君達を知っていた。泉先生の病気が発覚した頃からね。真理さんの願いは唯一つ、愛した人の大願成就。私の願いは唯一つ、また再び表舞台に立つこと。勿論、私は無理だから私の信念を受け取ってくれる“誰か”に託そうとした。その誰かが君達で、その中でも特等賞が“山岸洋介君”なの」


「えっと……それは聞いたよ悠花先生」


「三年前の夏。君達の話を聞いた時にね、君達のことをこう思った。『ああ、本当にどうしようもないクソガキ達だなって』。だからつけたタイトルがその名前。最初の一文を書いたのも私。『まずは全員適当な高校に行く事。ここに書かれてある練習には高校に行ってから行う事』ってね」


 悠花先生は口いっぱいに笑って、そう言った。それは可愛いかった。そして皆が呆気に取られていた。事態を飲み込むのに数秒掛かってしまったが、皆は未だに状況を飲み込めていない様だ。全く以ってアホでバカ共である。しかし確かに、真理さんと悠花先生の壮大な計画には確かに不意を突かれた。――あれ、アホでバカ共? 何故か、島と翔と目が合った。


「ミネとか知ってたのか、ゴリポンとかも」

「まぁうん。でも、最初から知ってるのは鷹峰だけだ。俺等が知ったのは泉先生が学校を辞めた時だから」

「それはもう、大分前じゃねーか! つーか、だからインターハイを目指すのは高校三年生からってかぁ! どうりで可笑しいと思ったんだよ、泉先生は行けたら行け理論だったしよ。しかし俺と洋介と島だけかよ、何も知らなかったの。翔太は?」

「俺も初めて知った」

「何だ、仲間じゃん」

「明も?」

「おう、知らなかった。というかよ、悠花先生。何で“適当な高校”なんだ? 俺達が洛真とか行ったらどうするつもりだったんだ?」

「確かに。そもそも、俺達が“ココ”に来なかったらどうするつもりだったんだよ」


「“先ず”行けないでしょ。それに君達は洛真には行かない。プライドがそうさせないはず。それにそう誘導してもらったんだから、にね。そもそも論を言わしてもらうけど、公立高校に行けたこと事態が私は奇跡だと思っている。それでも君達は来た。そして私と必然の如く出逢った。偶然なんかじゃないのよ。この世に偶然何てものは無い、それは断言しときます。でも本当に良かった。皆が来てくれて、受かってくれて、この日を迎えれて」


「というか! つまり、手の平であーだこーだされてってことじゃん!」

「そうだ、そういうことだ、洋介」

「こえー。女こえーよ、悠花先生は辞めとけ、幸せになれねーよ」


「あら、肝心な所を忘れていないかな? 何で私達がこの計画を考えたか。それはね、君達なら出来ると思ったからよ。真理さんは君達を信じていたから私に託した。私は会ったこともない君達を会う前から信じていた。それは何故か――皆がみんなね、泉広洋いずみこうようという人間を愛したから。。だからね、行って来なさい。――今大会中にずっと言ってきていた言葉があります! さぁ、なにか分かるかな?」


『ぶっちぎりで勝て!』


「宜しい、では行きましょうか。私の夢も君達の夢も先生の夢も、今日という日に全てが叶う。そして今大会は確実に未来に残るわだちとなる。有言実行で行きましょう、言葉には言霊が宿りますから。なーに、夏に雪が降る勢いで勝てば良い。君達なら楽勝でしょ?」


『はいっ!』





 控室から出て、いよいよという気持ちでコートに向かう。悠花先生の話には大分驚かされたが逆にモチベーションは最高潮に達していた。それはきっと皆もだろう。泉先生の、静かで、熱い愛を再確認したからだ。この愛に気付けて良かったと心から感じる。今と成って後悔なんぞは無い。在るのは、正しい道を選択させてくれた真理さんと悠花先生の、諦めずして、しつこい思いがあったからだ。

 会場であるコートが見えてきた。コートにへと続く真っすぐの廊下。徐々に光が眼に指し込み、眩しくて目を少し閉じる。耳に聞こえるは明島川高校入場のアナウンス。会場は既に大いに盛り上がっていた。次は俺達だと言う頃合いに、その廊下の行き止まりに、つまりコートの入り口に見覚えのある二人の少女が待ち構えていた。その少女達が泉先生のあの頃の子達だとはすぐに分かった。


結衣ゆいちゃん、真衣まいちゃん! 大きくなったなぁ、おい!」


 久方振りにみる結衣ちゃんと真衣ちゃんに、バカは感嘆の言葉を述べていた。しかし聞けば聞くほどそれは危うい会話になっていた。上の子の結衣ちゃんはもう今年で十四才になる。身長も親に似たのだろうか、かなり高くスタイルも大変良い。本当に十四歳か? 真衣ちゃんは小柄だが、顔も整っている。将来は確実に別嬪さんだろう。二人とも三年前は……まだ小学生だったか。そう、あの病室の前で会ってからそれ程の時間が経っていた。たかが三年であるが、去れど三年である。

 更に奥に、その会場の照明がギリギリ当たるか当たらないかの場所にもう一人の女性が立っていた。背は悠花先生よりも高い。ヒールを履いているらか、かなり高く感じる。ビシッとした平服に長い髪を綺麗に後ろに纏め、目は切れ長で口を固く結び、壁に背を預けながらその人は立っていた。照明の効果もあってか、まるで後光がその人を横から包み照らし、耀く眼差しにそっぽを向いて入り口に陣取っているかに見えた。此処ではんにゃ大先生こと、泉真理いずみまりさんのご登場である。だが、はんにゃ大先生のその顔は凛々しい女神のようにも今なら思える。



「先ずはおめでとう、ここまで来れて。でも此処からよ。あの日、私に言った事を覚えているかしら、山岸洋介君」

「はい。高校に行って、インターハイに行って、それで優勝してきますと」

「あと、一勝ね。相手は明島川……何だかドラマがあるそうじゃない? 向こうの勝手な私怨で。強過ぎるのも楽ではないはね。それでもね、そんなもの“私”からしたら糞喰らえよ。いい? 私からしたら、あなた達が勝てばそれ以上のドラマが待っている。あなた達、全て悠花から聞いているのでしょう?」


『はい!』


「ならば、何て言われたかはもう分かっているわ。だけどもう一度言います。勝ちなさい、ぶっち切りで。そして叫びなさい、俺達は此処にいると」


『はいっ!』


「何があっても負けるな。今日だけは私をあの人と“想い”なさい。その時は容赦はしませんから。それから最後に、今まで本当にありがとう、本当にありがとう、今まで本当に良くやりました。あなた達は立派です。だから行って来なさい、自信を持って行って来なさい!」


 それは俺達にとっては絶対的なる言霊であった。その心に嘘は無く、そして真理さんは何処か泣いていた。俺達も何処か泣いていた。言葉には言霊が宿るのだ。そして会場アナウンスが俺達入場の合図を出した。皆が皆気を引き締め、一歩前に足を出す。一陣の風を纏い颯爽と歩を進める。とうとう会場入りだ。眩しい程の照明と、喝采が空間を包んだ。これ程の歓声は人生で初めてである。空高い照明の光に手を伸ばす。大きく開けた手の平の奥に透けて光が見えた。俺は尚も空に手を伸ばした。

 これが決勝の舞台かと感慨深く感じていたその瞬間、後ろから大きな声で真理さんが叫んだ。その言葉を聞いて俺達は決勝コートに入った。もう何にも負ける気はしなかった。



『正に不撓不屈、そして捲土重来。勇猛果敢にして、バスケットに対する思いは誰よりも勝っていた! 誠の尽忠報国の士は此処に在りて! 天晴なり! 天晴也!』



 その言葉は、何故か不思議と泉広洋先生が言っているかのようにも思えた。

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