青天に唸れ銀色のピアス

「次、どこだっけ?」

「え、次ですか。えーっと何処だっただろ。あ、水瀬です。水瀬工業」

水瀬みなせかー。良い選手揃ってるな、今年も」

「去年は全中ベスト8のほとんど東北勢だったですもんね。やっぱり強いですか、東北は?」

「そりゃ、そうだろ。地元の選手はほとんどがそのまま地元だ。全国からも有望な選手を集めている所もあるし」

明島川あけしまがわ……みたいな高校もですよね」

「ああ、だなぁ。全中優勝を成し遂げたスタメン選手が三人。うち、一人は」

秋永涼あきながりょうですよねー。凄いですね、彼。試合見てて思いました。中学生がするプレーじゃない。明らかに周りよりもズバ抜けていましたもん。さすがMVPですよね」

「確かにな。天才バスケ少年……神童と呼ばれる所以か」

「負けるのが嫌って取材で答えてましたねー。だから自分は天才ではないと」

「“その負け”があるからこそ今の自分があるともな。とにかく、明島川から目を離すなよ。あれは恐らく伝説を作る」

「うわっ、でましたね、桐村きりむらさんの伝説。好きですねーその言葉」


「馬鹿野郎、俺達の仕事の本質を忘れんな。聞いて、書くのが仕事だろうが。多少の脚色を加えるのもな。その脚色を伝説って言うんだよ」


「もう何回も聞きましたよ、それ。でも大事にしてますよ、僕は」

「しかし、秋永涼か。あいつは本物かもな。初めて見たよ、あんなバスケットプレイヤーは」

「確かに。躍動感、ありますもんねー。NBAか。一番近いのが彼かもしれませんね。でも彼が言っている負けって言葉が引っ掛かりますけどね、僕は」

「言ってたなぁ。詳しくは言わなかったが……何にせよ彼はなるだろうな。近くNBA】の選手に。それ程の才能を彼は持っている」

「じゃあ、やっぱりインターハイ優勝は明島川ですか?」

「……そう願いたいけどな。それが全ての高校バスケファンの願望でもあるだろうさ」

「だけどやっぱり」

「そう、“洛真らくしん”。あれは強い。個に確執しないチームプレイの良さ。いいや、元のレベルは高いけどな。とにかく毎年化け物揃いだ。そしてそれを率いるのが」

山岡鉄心やまおかてっしん。名将と謳われるバスケ元全日本代表選手。洛真の監督。明島川は……勝てますかね? あの京都洛真高校きょうとらくしんこうこうに」

「どうだろうなぁ。だけど俺は思うよ。年々、高校バスケの実力は上がって来ていると。面白くなるんじゃないか、とくに“中心となる秋永涼が高校三年”になった時は」

「成程。二年後か、楽しみですね。でもその中心となる秋永涼、一体誰に負けたんでしょうね? 気になりませんか?」

「気にはなるけどなぁ……一体何に負けたんだ?」

「そりゃあ、バスケででしょうに」

「あいつが? それは無いだろう。……いやまて、もしそうだとしたら。それは凄く面白くないか?」

「面白いですよ、凄く凄く。実は、天才にも勝てない天才がいた。ほら、よくある話じゃないですか。歴史に埋もれた天才――」

「……矢部やべ! それだ、それだよ、追うぞ!」

「え。何をです。ってか何処に行くんですか! 桐村さん!」


「頭の回転が悪い奴だな、お前は。天才の中の天才を追うんだよ。実はいたんだよ……秋永涼にも勝てない男が、バスケットで勝てない男がよ! いや恐らくだけどな。だけどよ、もしそうなら俺達よ、記者の血が騒ぐじゃねーか! 必ずいる、探し出すぞ、矢部。もしいたらそれは凄く面白い事になるからよ!」


「いや、それは確かにそうかもしれませんけど、行くって何処に!」

「京都に決まってんだろ。いいから俺に付いて来い!」


 秋永涼は負けた? 一体いつ何処で? 決まっている、彼の出身である京都だ。彼はバスケを小学生からやっていた。世に出たのは中学生から? 果たして本当にそうなのか? 

 プライドが高い男だと思った。何人ものプロスポーツ選手の話を聞いてきた。その中で誰もが言っていた事がある。何時だって、最後に戦うのは自分自身だと。己の弱さに打ち勝ってこその己がいると。だが彼は、秋永涼は特殊だ。そう思った。これは俺の主観だが、彼は己とは戦ってはいなかった。彼が戦っていたのは昔の自分ではなく、それに負けた『何か』。それは一体『何か』?

 ああ騒ぐぜ俺の血が。俺の血はどうやら沸騰しているらしい。改めて思う、生まれ付きの新聞記者なんだなぁと。ああ……だからこそ全てを伝えたいなぁ。俺はどう仕様も無い記者ジャーナリストだ。だからこそ伝えたいんだ。


「秋永涼には敵わなかった男がいる。いや、確かにいた。いるはずなんだ。追うぞ、矢部。京都に全てがあるはずだ」





 夏の夕暮れというものは何時だって儚い。俺はそう思う。その時の俺はきっと気付いてはいないけれど、その夏は二度と来ない。何故そう思うのだろうか?

 俺は、きっと知っている。きっと綺麗だったからだ。瞳に映る彼女は本当に輝いて見えていたから。だけど世は無情だ。彼女の瞳にこの俺と言う存在は映ってはいなかった。何でかは分からないけど、分かるんだ。好きなんだけどなぁ。どう仕様も無いくらいに好きなんだけどなぁ。辛いなぁ、本当に辛いよ。

 だけどいいんだ。それよりも好きなものが、今は目の前には在るのだから。バスケットボールが出来るのだから。


『神様、僕は少しだけうつつを抜かしてのかも知れない。好きな事を目の前にして、浮き足が立っていたのかも知れない。そんな僕を許して。されど神様、僕は何時だって好きな事をしていたいんだ。何時だって好きな事が好きなんだ』



「御利益、ありますように。めざめあれはる」


 少しだけ乾いた風が心地よい、六月上旬の朝の事だ。校門の真正面にある下駄箱に俺は何時もの想いを託して手紙を入れようとしていた。入れるべき下駄箱は俺の好きな人だ。その名前が書かれている。きっと本人が書いたのであろう、可愛らしい文字で『中村香澄』と記されていた。何時、何回見ても、何遍見ても、見飽きる事も無く、可愛いくて綺麗な文字である。ちなみに本人はこの一億倍可愛いくて綺麗だとお伝えしとこう。


「匿名のラブレター、今日もご苦労様だなぁ洋介」


 うん、とうとう誰かに見られてしまったな。焦るなよ、俺。無視を決めよう。……背が高いな、ミネだな。一番見られたくない奴に見られたな。さて、どうする? どうごまかす?


「いい加減名前書けば? 今更何を恥かしがる?」


 相変わらずむかつく奴である。いつも上から目線である。ゴリポンとミネとその他(サトルとタマとロク)だけはいつもそうなのだ。大体の話だ、名前を書けるぐらいならとうの昔に告白をしている。出来ないから匿名で思いを伝えているのだ。

 誰にも言えないから好きなのだ。それは俺だけの秘密と言ってもいい。だが何故か、目の前にいやがるお馴染みだけはそれを知ってやがる。むかつくなぁ、それが。本当に腹正しい。後は上から目線を辞めろと俺は言いたい。四六時中こいつらに言ってやりたい。そして匿名のラブレターが何故俺だと知っているのだ。神様、この不届者にどうか天罰を。


香澄かすみさん、余裕で気付いてるぜ、洋介」

「下の名前で呼ぶなって言ってんだろ、殴るぞミネ。この気分屋め」

「いい加減はお前だぜ、呼ばれたくなかったらお前が思いを伝えろよ」

「ほっとけよ、おせっかいが過ぎる」

「後悔すんなよ、洋介。まぁ、おまえの心に従えば?」

「うるさいなぁ」

「とりあえず匿名無くせよ。百通の中の五十はお前だろ。書くだけだろ、最後にお前の名前」

「それができないから」

「悩んでんのか。手紙出す勇気はあるのによ。下手したらストーカーだぜ?」

「うるさいな。それでも好きなんだよ」

「……そうかよ。まぁ、お前らしいけどなぁ。なぁ、洋介」

「なに」

「その怒ってる顔、昔のお前だ。好きだぜ、俺は」

「意味が分かんないから」

「その顔が懐かしい言ってんだよ、エース君よ」

「答えになってないからな、アホ野郎」


――心の救世主。俺に雨を好きにさしてくれた奴。それがこいつだ。名前は山岸洋介。俺達のエースである。まるで太陽みたいな奴である。

 時は、西暦何年だ? そんな事はどうでもいいか。俺達は青い春の中を突き進んでいた。誠の青い春を。嵐が轟轟と呻る夜四つ半ば、何時だって聞こえて来たのはあの音であった。心に響く重低音。俺達は何時だってその音に救われてきたのだから。バスケットボールが体育館の床に着地した瞬間に鳴り響くあの音。鳴り響いたと同時に足元から頭の頂上まで骨を突き抜けるあの衝撃。バッシュが鳴らすあの高音。

 ある時である。洋介は、俺達にこう言った。“バスケットボールの鳴らす音こそがこの世の至上の音に違いない”と。俺もそう思う。いいやこの時、洋介以外の俺達全員はそうに違いないと思った。何故ならば、この先に世界一となるバスケットプレイヤーと一緒に至上の音を共に奏でているのだからだと。それ程の素質がこいつにはあるのだ。悔しい話ではあるがこの山岸洋介と言う男にはそれがある。だが、頭は馬鹿ではないが、バカである。


「ああそれから。いい加減、朝練には来い。お前いつまで皆より長く走る気なんだよ。ランニング大好きマンかよ」

「別に大好きじゃないから。起きたくても起きれないんだよ、低血圧だから」

「言い訳はいらねぇよ。みんな低血圧だったらどうするんだ。そんなんじゃ泉先生が怒るぜ?」

「言い訳じゃないし。ってか先生の名前出すなよ、卑怯だぞ」

「まぁとにかくだ、皆には謝っとけよ。俺はゴリポンと職員室に行ってくるから」

「ああそうか。今日だっけ、真理まりさんが紹介してくれるって言ってた……名前なんだっけ」

遠藤えんどう先生な。真理さんの後輩らしいぜ。上手くいけば顧問の先生問題はこれで解決だ」

「うん。意外な所で繋がりがあるもんだよな。頑張れよー、副キャプテン君よ」

「お前もな。そうだ、名前の変わりにその“ピアス”入れとけば? そうすりゃお前だって分かるだろ。もう、ピアスしてるのお前だけなんだからよ」


 ピアスか。そういえばもうしているのは俺だけだな。昔、バスケに行かなくなったその日に、皆で安全ピンで空けていたな。耳が凄く痛かったのを覚えている。それからずっとこのピアスをしていたっけ。銀色の輪っかのピアス。街にある雑賀屋で買った物だ。安いけどギラギラと光る銀色のピアス。気に入っていたけど、ミネの言う通りもうそろそろかもしれない。バスケにピアスは必要無いから。



 平成十六年、七月中旬の事だ。俺達はとうとうバスケ部の顧問の先生を努める人に巡り会う事となる。名前は遠藤悠花えんどうゆうか先生。俺達が通う洛連高校の教師で、担当教科は数学である。若い女の人で、年はいくつぐらいだろうか。教師になって一年目、二年目だとか聞いた。ちなみに顔はかなり美人で、男子生徒からはかなりの人気らしい。俺は全く興味は無かったけど。確かに綺麗だとは思うが、香澄さんには敵わない。しかし、何処か愛くるしくて可愛いらしい人だとは思った。

 この悠花ゆうか先生が、あの泉真理いずみまりさんの後輩なのだとか。年がかなり離れているのに一体何の後輩とは思ったけれども、あまり二人がどういった関係性なのかは聞かない様にしていた。真理さんはやはり泉先生と似ていて、何処か怖いのだ。何とも近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのだ。相変わらず俺達の間では真理さんのことを『般若』とか『般若奥先生』とかと呼んでいる。いつからか泉先生に抱いていた畏怖の対象は真理さんに変わっていた。それでも俺達の良き理解者でもある。


「うん、君達が話に聞いていた子達か。真理さんから君達の事は全部聞いています。インターハイに出場するのが夢何だってね。私も君達を応援します。あ、そうそう。私は遠藤悠花です。これからもよろしくね!」


 それが悠花先生と俺達の初めての出会いであった。確かに若いし、可愛い。何より元気がある人であった。そしてよく笑う人だなと、笑顔が素敵だとも思った。俺は何故かは分からないけれども、この時の悠花先生の挨拶と、俺達が泉先生と初めて会った時の事が重なって見えた。何でも無い瞬間の事だけれども、それがやけに記憶に残る様な気がしたんだ。


「インターハイ出場が夢じゃねぇよ、俺達は優勝すんだよ」


 そして、すかさず口答えしたのが上代翔である。あの時もそうであった。唯の馬鹿である。そしてその二秒後に翔は殴られて空を舞っていた。だけど今回は舞う事は無かった。


「そっか、頑張れ。私はね、バスケ未経験者だからそこらへんの所はよく分からないんだ。だけどバドミントンはやっていたから、少しは分かるよ? 同じ体育館だったからさ。君達の思いも私なら分かる、そう思って接して欲しいな。それと同時に君達を憎いとも思うよ……才能ある人が自らその道を断とうとしていたんだから。私はね、無い人だったから」


 よく分からない事を言う人だと思った。そこも、泉先生と何処か似ている。未経験者だと言う事も。だけど奥に秘めている熱い想いを感じた。そこも……先生と似ている。唯一違うのは、翔が殴られなかった事だ。


「だけど君達は戻って来た。本来歩まなければならないレールの上に。それは正しい事だから胸を張って。そして行きなさい、何処までも何処までも。いいかな、もう絶対に逃げ出しちゃ駄目だからね。私が責任を持って君達をインターハイまで連れて行きます。あ、優勝だっけか」


 天然な人であるとも思った。だけど、その言葉一つ一つには確かな力が感じられた。“愛”が確かに感じ取れた。俺はこの時、その愛を確かに感じ取った。あの時は気付かなかったその愛を、今度こそは分かったんだ。


「それから残念な報告がございます。もう今年のインターハイ予選には出られません。まだ部として認められていないからね。間に合わなかったですね、残念。だけど、二年後があります。それに向けて来年は海外で練習しようと思います」


「いやいやいや、今年は俺達も何処か諦めていたけれど。何で二年後何だよ。そしてなんだ海外って」

「いやミネ、諦めるの? まだ行けるでしょ?」

「だな、何とかして。兄貴にも姉貴にもそう報告してある」

「今年優勝すんだろ? 俺はそのつもりだ」

「ああ、俺も。ってか海外? どーゆうこと?」


「今年はもう無理です、絶対に。諦めて下さい。何で海外かって言うと……。いいですか、私なりの思った事を君達に伝えます。真理さんの旦那さんの練習ノートは拝見させて頂きました。このノート、本当に君達の事を思って書かれています。『インターハイには高校三年生になってから挑む事』。そう書かれていますよね? これは君達の事を思ってこその事なのです。あなた達は、成長期に当たる大切な中学生の時にうつつを抜かしていました。体作り、精神的な部分、その他諸々、それは他のバスケット少年達と比べると雲泥の差です。この一年間、まずは空白になってしまった部分を埋めて貰います。一年では埋まらないと、私は思っていますけど……そこはあなた達次第です。現に、あなた達が煙草を吸い酒を飲みバイクに乗って馬鹿をしている間、真面目で実直な子達は己の体も心も鍛えている訳ですから。普通に考えたらその差は縮まらない」


「そんなことは、俺達が一番分かっている」

「だよなぁ、明。ってかやって見なきゃ分からないだろ」

「いやまて、確かにそうだ。俺達、試合なんてずっとしていない」

「だから、なんだよ。いけんだろ」

「四十分間走れるかも怪しいって言ってるんだよ馬鹿。練習していても分かる。体力は明らかに中島や玉木、滝沢の方が上だ」

「つまりだ。悠花先生が言ってるのは、俺達が昔に勝った奴もこの二年、いや三年か。かなり上手くなってるって事だろ。つまりは置いてけぼりだ、俺達は」

「それよりだよ、さり気なく名前で呼ぶなよなぁ、ミネ。でもまぁつまりだ。過去の栄光は捨てろってことでしょ。分かり易いじゃんか、今の俺達は弱いんだ。きっと一番下だ。だから海外何でしょ、悠花先生」


「そう、来年の夏だけね。シドニーに行ってもらいます。ストリートバスケで君達の鈍った感覚を尖らせます。他の期間はその練習ノート通り書かれている事を全てこなしてね」


「シドニーって何処だ、アメリカ?」

「ちげぇよ」

「確かオーストリア」

「オーストラリアな。それは別の国。ってかなんでシドニー?」

「ストリートバスケって、普通アメリカだろ。ニューヨークとか」

「ペンギンとかいる所だっけ?」

「ペンギンは南極だろ、多分」

「マジかよ。南極行くのかよ、俺達」

「いやだから、オーストラリアな」

「ってか海外って何で行くの」

「そりゃあ飛行機だろ」

「え、飛行機なの」

「じゃあパスポートとかいるやつじゃん!」

「いるやつだな、ってか金は?」

「そうそれ、お金。そんな物は俺達には無い。どうすんだ、遠藤先生?」

「ってか来年の夏って夏休みに行くのか?」

「本物の金髪の姉ちゃんいるな、島」

「おう、やばいな。本物はヤバイ。ケン兄は抱いたことあるって言ってた」

「まじかよ、ケンさん凄いな。おいどうするよ、洋介。とうとう世界に進出だぜ」

「やばいよな。ペンギンだぜ、ペンギン! ペンギンも金髪なのか?」

「そりゃあ、金髪だろ。大体は皆が金髪だ」

「だからペンギンは南極だろ」


「君達、ちょっと落ち着きなさい。それから、お金の事は心配しないで。私がどうにかするから。もう一度言うけど、来年の夏はシドニーに行きます。目的は分かったよね? それ以外は実直にそのノートに書かれている事をする事。今は二十キロなんでしょ? シドニーに行く前に四十キロです、それが今の私に与えられる君達の目標だからね。あ、そうそう最後に一つ。シドニーは夏は冬だから――」


「それはもうフルマラソンじゃねーか。毎日フルマラソンしろってか」

「あら、私は走るのは好きって聞いているけど、?」

「ぁあ、別に好きじゃねぇよ」

「なんでちょっと言葉が弱いんだよ、お前は」

「うん。顔赤いし」

「名前で呼ばれて照れているんだろ」

「シドニーかー。食べ物は何が美味しいのかな?」

「そりゃあ、なんだろ。ってかタマ! お前よだれ出てるから!」

「飛行機って墜落しないよね? 大丈夫かな?」

「サトル、お前ビビってんのか。心配性は相変わらずだなぁ、お前は」

「遠藤先生、親に海外行くならば伝えなければいけません。そういった事は……」

「ゴリポンは相変わらず真面目だなぁ、おい。そんなものはとりあえずシドニーに行って来ますで済むだろ」

「それはお前の家だけだ、翔」

「それよりだよ! 夏が冬って、どー言うこと。向こうは夏に雪が降るのかな?」





 高校一年生の夏。俺達はインターハイに出られず、心底落ち込んでいた――訳でも無い。どちらかと言うと、初めて行く海外に心を躍らしていた。もう一年を犠牲にしてでも楽しみたいという気持ちも勝っていた。

 “大器晩成”。悠花先生はいつも俺達にそう言った。斯くて、本当に実力のある者はその最後に現われると。まるでヒーローTVの様だ。本当のヒーローは何時だって遅れて登場する。満を持してだ。その年の夏、俺達は息を潜める事にした。二年後の夏に向けて。本当の俺達となる為に、全国の猛者共(昔は俺達の方が強い)と再び戦う為に、を示す為に。



――そして二年後。時代は平成十八年となっていた。其の七月の夏の事。最後の夏が始まろうとしていた。『全国高等学校総合体育大会 。通称“インターハイ”』。高校三年生になった俺達は、その地区予選初戦を迎えようとしていた。確かな愛と、確かな矜持と、確かな自信を持ってだ。


『いいか、よく聞けお前達。俺達はよ、二年待ったんだ。……いいや、二年なんかじゃねぇ。もっとだ。あの栄光の日から六年だ。取り戻すぞ、その六年。そして、これから続くであろう勝ち星はよ、絶対にかけがえの無い物となるはずだからよ。俺は先生にそう約束したんだ。だから行こうぜ、六年越しの主役様の登場だ』


 最高に格好良いバカが、最高に良い事を言っていた。珍しい事もあるもんだ。だけど、その通りだ。それに俺達は強い。誰よりも、何よりも強い。その自信がある。さぁ、見せてやろうじゃないか。今年は俺達がいるって事を世界に知らしめてやろうじゃないか。去年は洛真が優勝、その前は明島川だっけかな。だけども、今年は俺達なんだよ。俺達はここにいるんだ。

 ちなみに、二年前の夏にピアスは外した。“大好きな人に宛てた手紙”と一緒に。返事はもらってはいないけれど、返答が無いってことはきっとそう言う事何だろうなと俺は思う。だけど、だけども、いいんだ。俺にはやっぱりバスケットがあるのだから。この舞台があるのだから。大好きな舞台に立てる誉れ、それだけで充分だ。俺はそれだけで幸せなんだ。だからその日から、窓ガラスに銀色のピアスは反射して映らなくなった。“それが普通”だとも今ようやく気付けたんだ。青天の空を今ようやく心から見上げれた様な気がした。





 西暦にして二千六年である。高校生バスケの頂点を決める大会の火蓋が切って落とされようとしていた。その年こそ、後の黄金世代と称された伝説の大会の年でもある。そしてこの年を境に、日本のバスケットボールは飛躍的革新を遂げる。二人の天才バスケット高校生プレイヤーによって。

 斯くして伝説の舞台は幕開けしたと言っても過言では無いだろう。正に満を持して、彼等は現れたのだから。彼は秋永涼の前に、世界の前に、私達の前に現れたのだから。私はそう思う。


【『誇るべき日本のバスケット、維新回天の日』桐村孝きりむらたかし著。改稿前より抜粋】






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