スカルプチャーの香り探して

 もし、あの時違う選択をしていたならなんて、きっと誰もが一度は思うと思う。あの時自分が別の道を選んでいたならなんて、きっと誰もが考える事だと思う。私だってそう思う時があるのだから。人はきっと大なり小なりそう言った選択に迫られる時が必ず来る。そして後になって思うの。あの時が自分の人生の岐路だったんだなって。もしあの時、私がに応えていたら私の人生はきっと今とは別の人生だったんだろうなって思う。今とは全く別の……。

 

 “青春”という言葉がある。誰もが経験する人生の途上で一番大切な時期。色々な事に悩み、色々な事に喜んだり泣いたりして、感受性も高くなって様々な事が人生で一番色付いて行く時期。よく人生を春夏秋冬に例えるけれども、青春とは正に人生の始まりでもあり、大人になる為の通過儀礼だ。まだまだ青い未熟の果実が色付いてゆく為の試練でもあると思う。青春を謳歌した人も、謳歌してない人も、私は謳歌していると思う。何故って、人は少なからず青春時代を必ず過ごす事になるのだから。少なからず人は、青春時代を絶対に迎えなければならないのだから。そして人は何時しか必ず思うの。『あの頃に戻りたい』って。謳歌した人はあの頃よりももっと楽しい青春をって、謳歌してない人もあの頃よりももっと楽しい青春をって。ね? どっちも同じ事を言うでしょう? だからみんなね、青春を謳歌していたんだと私は思う。きっと人は、青春がどれだけ大切な時期か肌で感じ取っていたんだよ……私はそう思うの。それはね、この先の人生で今が一番大切なんだって、あの時より未来にいる今の私が言っている事と一緒なんだよ。

 そして“青春”には人それぞれ感じる時期が違う。私の場合は、やっぱり高校生の頃になるのかな? と出逢ったのは中学生の頃だったけれども、私の青春はやっぱり高校生。私の青春は高校生の頃だったって声を大にして言えるかなぁ。


 だって、だってね。人生で初めて人を好きになって、人生で初めて好きな人から好きになられて、そして……人生で初めて大好きになった人の眼には“私が映ってない事”に気付いたのも高校生の頃だったから。


 それは、私の中で一生と言える程に大切な青い春の日々。まるで嵐の様に駆け抜けたあの三年間。甘酸っぱさとほろ苦さが混じった私のかけがえのない大切な想い出。蒸しかえる暑さの中、体に響くあの音と汗と制汗剤スプレーの香り。その体育館から出た後の、外になびく清々しいと感じる程の風と夏夕空。練習後の疲れなんて明後日に忘れ様と言わんばかりの、水浴びを楽しそうにしている皆の楽しそうな笑顔。

 あの時、確かに私の眼にはが映っていた。私の眼に映るかれは本当に光輝いて見えていた。だけど、かれの眼には映ってはいなかった。それが分かってしまった時の形容しづらいあの感情と胸が締め付けられたあの痛み。


 あの時のかれの眼に映っていたもの、それは私ではなく、たった一つだけだった。この世で唯一一つだけであったの。それは“バスケットボール”。


 彼の眼には何時だってバスケットが映っていた。今思うと初めて会った中学一年生の時も、彼の瞳に映っていたのは私ではなくバスケットだった。彼の心の中はいつも何時だってバスケットで一杯だった。私ね、実は最初から分かっていたんだ。彼は私じゃなくてバスケットが大好きなんだって。初めて会った時から私はそう気付いていた。だって、だってね……バスケットをしている時の彼は本当に楽しそうな顔をしていたから――。





「あいつ今日もおせーな」

「ああ、おせーな」

「寝坊か? もう公園もコンビニも寄ってる暇ねーのにな」

「寄ってる暇っていうか、あいつの通学路に最早、公園もコンビニもねーよ」

「そりゃそうか。学校まで五分もかからない距離だもんな」

「本気出せば三分だろ、百八十秒で着く。つまりだ、来る気が無いんだよあいつは」

「翔太さー、若干イライラしてない?」

「別にしてねーよ。朝練さぼった奴はランニング三キロ追加だからな」

「十キロの後の三キロは辛いよなー。ってかさ、『あれ』毎日やるのかな?」

「やるに決まってんだろ。朝に五キロ、夕方五キロだ。それでも先生の練習メニューの二十キロに達してないんだぞ……ってか無理だろ、毎日二十キロって」

「だよな! それは俺も前から思ってんだよなー。しかもその後またフットワークだからな。もういいからフットワークは、俺は昔で飽きたからね、フットワークは」

「似た様な事、お前まえにも言ってたぞ。フットワークは重要だろ、バスケにはとくに。それより『重要な問題』が今の俺達にはあるだろ」

「ああー、あれねー」

「翔、お前寝てるだろ」

「そーゆう翔太こそウトウトしてるじゃん」

「してねーよ。少しこうしてるのが心地良いだけだ」

「なー気持ち良いよな、光合成。六月だなぁ初夏だなー」

「ああ六月だ。夏だぜ、もう直よ? 待ち遠しいよなぁ」

「確かになぁ。何年振りかなぁ? ってかこのまま寝ない? 一限目をさぼる」

「ああ、そうだな。さぼろう」


 六月の少しだけ湿った風が、寝ている俺達を優しく包んだ。肌で感じるその風は朝練後の俺達には大変心地良く、少しだけ熱過ぎる太陽は疲れた体を癒してくれるには充分であった。遠くもなく近くもない叡山鉄道の列車の音と微かに聞こえ始める夏の音が、俺達にとっては良い子守唄を奏でていた。そして少しだけ目を開けた俺は、空を見て実感した。まるで絵に書いた様な青い空である。俺が大好きであった夏はどうやら今年もまた来るらしい。全く以ってしょうがない奴である。夏と言う奴は本当にこの俺の心を躍らしてくれる。

 ああそうだ。今度、久しぶりにクワガタでも採りに行くか。翔の馬鹿ならきっと一緒に来るだろう。今度こそオオクワガタ捕まえてやるかぁ。あいつだけは捕まえないと夏は越せないもんなぁ。ミヤマでもいいんだけどな。でもそこはやっぱりオオクワガタだよな。そうしたらきっと彩さんも俺を選んでくれるはずだから。きっとそのはずだから。


「おめーら、何が光合成だよ。ぶっ飛ばすぞ」


 その時である。隣で寝ている翔の頭から鈍い音が聞こえた。聞こえたと思ったら次は俺の頭から鈍い音が鳴り響いた。それと同時に激痛を感じ、ほぼ時を同じくして翔の痛いと言う叫び声が聞こえた。相変わらず声が大きい奴である。

 そう言えばこいつは小学生の頃、スズメバチに刺された時も今みたいな声を出していたな。しかし翔は自分を刺したスズメバチを気にする事もなく、木の頂上にいるクワガタを採りに行きやがった。その下にスズメバチの巣があるにも拘らずだ。全身に刺されること十数か所(医者はそれでだけですんだ事が奇跡と言っていた)、威嚇しまくるスズメバチを気にも留めないでこの横の馬鹿はクワガタを見事捕まえて来たのである。だがしかし、そのクワガタはヒラタクワガタであった。(勿論、速攻で救急病院行きを果たす事となる)


「いてーよ、明! せっかく寝かけてたのに!」

「何が寝かけてただ。マジでぶっ飛ばすぞ」


 瞬間である。寝ている俺達の頭上にいる明が容赦無い次の一撃を浴びせてきた。時間にして一秒にも満たない見事な連続技(モップの柄で)である。さすが“早打ちのあきら”だ。手を出すのは馬鹿の次に早いのだ。そして顔は一番の男前である。さらにその姉は京都一、否、日本一美しく綺麗な女性であると俺は思う。世界一と言っても過言ではない。正に一千年に一人の女性だ。俺はそう思っている。


「朝練後もちゃんとモップ掛けしろよ。体育館はちゃんと綺麗にだろ。先生にそう教わったじゃねーか」

「ごめんごめん、分かってるって。ちょっとだけ寝ようとしてただけだって。もう怖いなー明ちゃんはー」

「すまん、明。ついお日柄が良くて」

「あの島だってちゃんとモップ掛けてんだからな。お前等もちゃんとしろよな」

「そうだけどよ。でもよーあれどう見ても、藤代といちゃいちゃしてるよなぁ」

「してるな、どう見ても」


「雄一君、もっとこっちこっち! そうそうその調子だよ、ここまで来れたらまたご褒美上げるからね! 今日は甘い卵焼き作ってきたんだよ!」

「美代ちゃん、俺頑張るから待っててね! もうすぐ行くからね! 明日は肉じゃががいいな」

「もう雄一君ったら、食べ盛りなんだから」


「どうする? とりあえず、ぶっ飛ばすか?」

「やめとけ。それより俺は甘くない卵焼きの方が好きだ」

「なんだそれ、卵焼きは甘い方に決まってるだろ。大人ぶるなよなー翔太」

「お前等、喋ってないで手を動かせ。蹴っ飛ばすぞ」


 “あの抗争”から早くも四か月が過ぎようとしていた。一時は瀕死の重体にまで陥った島だが、今ではもっぱらあの調子である。藤代との仲も良好すぎる程に良好で、お互いの親公認の付き合いだ。常に将来は結婚するとお互いに口走ってやがる。それに俺の予想だが、あの二人はもうヤッている。恐らくだがあの距離感……間違いないと俺は思う。

 だがまぁ、それでもだ。助かっても歩く事すらままならないと言われた島が、今ではモップ掛けも出来る程に回復しているんだ。島はリハビリも兼ねて練習にも参加している。勿論皆とは違う練習メニューだけど、藤代と一緒にマネージャー業務もこなしてくれているんだ。前みたいには、全力でバスケは出来ないかもしれないが、きっとまたいつの日か島がコートの上に立つ事を俺は信じている。これは俺だけではなく皆も同じ思いだ。


「みんな集合してー! 今日の朝練は終わり。放課後の練習場所なんだけど、ランニング終わったらまたこの第二体育館で。ハーフコートのハーフコートだけど、我慢してね」


「ええーまたかよ香澄さん! いい加減オールコートでやらせろよな。つーか早く試合してーよ」

「中村に文句言うなよ、翔。頑張って空いて無い体育館を抑えてくれてるんだ。ゴールがあるだけでも感謝しとけ」


 そうだ。ここらで俺達『洛連高校らくれんこうこうバスケ部』の皆を紹介しとくする。

 俺達を黄色い声で呼んだのが、マネージャーの中村香澄なかむらかすみだ。成績優秀、容姿端麗、声は驚くほど透き通っている。ちなみに校内一位の美人だ(彩さんには劣るが)。既に上級生からも目を掛けられている。貰った恋文の数はこの三か月で百通の大台を突破した(内、半分は匿名)。中学から頭の良い彼女が、何故この様な公立高校に来たのか俺は未だに疑問に思っている。でもまぁ、理由は何となく察しがつく。恐らくだが……。


「そう言えば、ゴリポンとミネ君は? 見かけないけど」

「ああ、なんかまた職員室行くって言ってたよ。“説得”上手く行くといいんだけどねー」

「ってかタマ! お前、もう弁当食ってるじゃん!」

「え? だって練習後はお腹空くから」

「お前、痩せる為にバスケやってるんじゃねーのか? つーかいま食べたら昼はどーすんだよ」

「大丈夫。お昼は別で持ってきてるから。ほらこれ」

「弁当二個持ちかよ! しかもでけぇし!」


 朝練後にいつも弁当を食う男。それがタマだ。本名は玉木宏たまきひろし。昔から大食い野郎でかなり太っている。最近は増して太っている。だが、その体格とパワーだけは随一を誇ってやがる。ちなみに一日五食をモットーに生きているらしい。

 ゴリポンと鷹峰を気にしていたのが、サトルだ。冴えない容姿に冴えない存在。それがサトルだ。普通の男である。昔から普通の事しか言わない奴であった。本名は最早忘れてしまった。(滝沢悟たきざわさとる


「雄一君はちゃんとお昼まで我慢するんだよ?」

「分かってるってば、ミヨちゃん。でも我慢する変わりに明後日は唐揚げがいいなぁ」

「唐揚げ? 唐揚げがいいの? いいよ、作ってきてあげる。ちゃんと残さず食べるんだぞ?」

「翔太、殴っていいかこいつら」

「落ち着け。時期が来たら(確信を得たら)俺が鉄槌を下す」


 先程から、いちゃついているのが島雄一郎しまゆういちろう藤代美代ふじしろみよだ。藤代は中村と一緒にマネージャーをしてくれている。島も体調が悪い時は二人と一緒に俺達をサポートしてくれていて、三人は言わば俺達の大黒柱的な存在だ。だがしかし、先も言ったがこのカップルは絶対にヤッていやがる。まだ高校一年生にもかかわらずだ。許し難い事実である。


 そして同じく先程から俺の横にいるのが、上代翔かみしろしょうだ。ただの馬鹿である。


「とりあえず、キャプテンとミネの所に行くか。どうなったか聞かねーといけねーしな」。こうやって、皆を何となく纏めるのが上手いのは村川明むらかわあきら。顔は芸能人かと驚くほどに男前な顔している。おまけに背も高い。貰った恋文の数、優に二百を超える。その噂は校外にも轟くほどで、明を見に来る為に他校の女子が放課後の校門に集まる程だ。そしてその姉は、俺の未来の婚約者でもある。俺の願望ではあるが。


「おー。ミネ、ゴリポン。どうだったよ」

「やっぱり駄目だってよ。“部”として認めるには実働十人は必要だって」

「マネージャーはカウントされないんだって。変な校則だよな。あと一人なんだけど……」


 俺達の目の前に現われた、背の高過ぎる二人。二人とも高校生になって身長は百九十近くに達していると思う。一人は中島敦なかじまあつし。俺達の主将キャプテンだ。とにかく優しい男で、性格も良い奴で温和で温厚だ。されど中身に反してセンターとしては一級品の選手だと俺は思っている。でも、怒らせると怖い。そして顔はゴリラである。だから愛嬌も踏まえてゴリポンだ。もう一人は鷹峰壮たかみねそう。背もたけぇ、バスケもうめぇ、喧嘩も多分強ぇ、正に何とかの三拍子が揃った奴である。『鷹峰君と村川君は洛連高校のツートップよ』。いつからかそれが洛連女子達の口癖になっていた。


「あと一人かぁ。あと一人いれば“バスケ部”として認められて、体育館も自由に使えるって言うのによぉ。ってかなんで誰もいねーんだよ、バスケ部! このご時世に! 前の三年で皆いなくなりましたっておかしいだろ!」

「まぁなぁ。高校入って、同好会とは恐れ入ったぜ」

「不人気なのかもなぁ。大体、野球とかサッカーは人気らしいぜ。それにこの高校ラグビー押しだろ? 結構強いらしいぜ。吹奏楽もそこそこ有名らしい」

「強いって言ったら、野球部もだろ。今年はロクが入ったからなぁ」

「ああ、習田しゅったか? 確かにあいつ野球は上手かったな」

「ロク君は昔から凄いよね。運動神経、調子良い時の洋介君と同じくらいに凄かった」

「洋介なぁ。あいつ昔から“ムラ”がありすぎるんだよ……ってかタマ! お前また弁当食ってるじゃん!」

「え? だって今日はなんか特にお腹空いちゃって。暑いからかな?」

「いや、しらねーよ。どーすんだよ昼は」

「大丈夫、購買のパン沢山買うから」

「お前ん家、食費大丈夫なのかよ」


 俺達、洛連高校バスケ部は一つの重要な問題に直面していた。なんとこの高校にはバスケ部がなかったのである。これが無かったばかりに、俺達は『夏のインターハイ』に出るのが少しばかり遅れてしまったのである。だけどそれが、今と為っては逆に良かったと思う。今ならそう思える。


「あと一人もそうだけど、“顧問の先生”を見つけけなきゃ十人揃ってもインターハイにはいけねーからな」

「そこだよなぁミネ、一番の問題は。どうするか、マジで」

「あのさ、部として認めて貰えなかったらインターハイ出られないんだよね? 今年は大丈夫なのかな……?」

「大丈夫って何がだよ、サトル」

「いやあの、締め切り的なの。あると思うんだけど」

「……あるのか? キャプテン?」

「いや、俺かよ! いやしかし、あるかもしれないぞ」

『マジかよ! 調べろ調べろ!』


「あれ、おーいみんなー! おはようー! お前達、こんな所で何してんだよ。授業遅刻するよ?」


 大変お待たせした。“最後の一人”を紹介しとくとしよう。焦り出す俺達の前に爽快と現れ、何の悪びれた顔をしていないこいつ。朝練の事などまるで無かった事にしようとしているこいつ。その顔は満面の笑みで、まるで太陽みたいに輝くこいつ。


「おい、翔。やっていいぞ。ぶっ飛ばせ」

「あいよ!」


 天然で阿保で、恐らくだが翔以上に馬鹿だ。そしていくつになっても、いつも遅刻してくるこいつ。だけど俺達の中心にいるこいつ。その言葉の一つ一つに確かな力が感じられる不思議なこいつ。


「いって! なんで急に殴るんだよ翔、ぶっ飛ばすぞ!」

「やってみろよ、洋介!」

「もっとやれ、翔。遅刻は厳禁だ」

「あほらし。行こうぜ、ゴリポン。一限目何だった?」

「現国。ミネ、今日はノート貸さないよ」


 顔は普通。背の高さも普通。最近若干伸びたくらいだと思う。バスケの上手さも別に普通。どっちかと言ったらシュートはかなり下手な方だ。下手な癖に、明や鷹峰の真似をしたがって3Pシュート撃ちまくって外すこいつ。だがしかし、調はあの鷹峰をも超えるこいつだ。名前は“山岸洋介やまぎしようすけ”。

 俺が師と仰ぐ泉広洋いずみこうようは、ある時俺にこう言った。ああいう奴こそが【エースの資質】を持っていると。俺も今ならそう思える。確かに洋介は化け物だ。確かに調子が良い時のこいつは、他を寄せ付けない髄を持っていた。こいつの言う心と体のバランスが完璧に一致した時、洋介は完全無欠の化け物となる。そして……確実に周りを巻き込む力をこいつは持っているのだ。“エースたる資質”を。


「あ、ゴリポン。俺にも貸して! ってか教科書忘れたんだよね」

「忘れたって毎日じゃん。洋介、何しに学校来てるの?」

「何しにってバスケ」

『だったら、朝練にも来いよ!』


「もうー、こんな人達ほっといて早く教室行こう、雄一君?」

「うん、そうだね。ミヨちゃん」

「あっ! 今日の購買のパン特上カツサンドだって! 早く買いに行かないと!」

「まだ売ってねーよ、タマ」

「玉木君、あんまり食べると太るよ。これ以上食べたら」

「香澄さん、来週の体育館の予定また先生の所に聞きに行こう。何とかオールコートで練習したいからさ」

「うん。明君。いつもありがとう」

「おい、明! てめー香澄さんの事を“香澄さん”って呼ぶなって言ったろ!」

「そーいや、さっき翔も“香澄さん”って呼んでたぞ」

「なにー! てめぇこの野郎ぶっ飛ばしてやる!」





――それが私の青春であった。私の大切な高校時代の三年間のかけがえのない想いで。皆との思い出。楽しかったあの思い出。そして、私の初恋の思い出。

 私が人生で初めて好きになった人……その人は本当にバスケットが大好きで、いつも爽やかで甘い香りがする香水をつけていた。私は、中村香澄はね、山岸洋介君の事が本当に好きだった。だけどね、あの人の眼に私は映ってはいなかった。辛かったなぁ、泣きたかったなぁ、でも、楽しかったなぁ。何にも変える事のできない、私のかけがえのない大切な高校三年間の日々。


「ママー、早くレストラン行こうー。パパが待ってるんだよー?」

香奈かな、もう少し待っててね。よし、これでいいかな」

「ママがおけしょうなおししてるーめずらしいことだ! なんで?」

「珍しいって、いつもちゃんとしてるわよ。今日は同窓会だからね」

「どうそうかいってなにー?」

「昔の友達と会うってことよ」

「むかしっていまはともだちじゃないの?」

「いまも友達よ。さ、香奈もお化粧直ししなきゃねー」

「わーい、ママのおけしょうなおしだーひさしぶりのやつだー!」

「久しぶりって、香奈にはしたことないんだけどな」

「ママ、なんかきょうは“いいにおい”がするね」

「あら分かる? これはね、香水。“スカルプチャー”っていうの」

「なんだそれー! へんななまえだー!」

「へんな名前って、この子は。さぁ行こう香奈。パパが待ってるから」

「うん!」



 私は、懐かしい匂いがする香水をつけて向かう。あの人はいるかな? 分からないけど、きっといないだろう。あの人は今も“バスケッボール”を追いかけているのだから。でも、いてくれたらいいな。そしたら私は言うの。私の初恋はあなたでしたって。結局、自己満足何だけどね。それでも私は伝えたい。私に思いを伝えてくれたかれに。私、村川香澄むらかわかすみは今なら声を大にして言えるなぁ。


『私もあなたのことが大好きです』って。今なら、言えるんだけどなぁ。

 

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