100%のオレンジと証
俺達が古藤先生から泉先生の事を知らされた翌日、全校生徒に泉先生が教師を辞める事、病気である事、そして来年の春まで持たない事が伝えられた。ついこの間までは元気だったのにと、あちこちでその様な声が聞こえてきた。皆が同じ事を思っていた。本当についこの間までは大声で叫びながら、俺達をぶっ飛ばしていたのに……このままでは負けっぱなしである。そんな話があって堪るか。俺は殴られたら必ず殴り返すんだ。負けたら必ず勝つまでやってやるんだ。絶対にだ……。
「なぁ翔太。末期癌ってもう助かんねーのかな?」
「そうだろう、多分」
「ついこの間までピンピンしてたじゃねーか」
「俺に聞くなよ。医者じゃねーんだ」
「……どーすりゃいんだよ」
「お前、泣いてんのか?」
「はぁ? 泣いてねーよ。所で洋介は?」
「ああ、なんかゴリポンの所行ってくるってよ」
「ゴリポンか……。“あいつ等”は知ってたのかな?」
「さぁな。どうだろうなぁ」
俺と翔太がいつもいる視聴覚室に、また風が舞い込んだ。少し乾いた風は、確実に夏の終わりとやがてくる冬の始まりを告げていた。
俺は、初めて泉に殴られた日の事を思い出していた。頭の悪い俺だが、バスケの実力と足の速さだけは誰にも負けない自信があった。小さい頃から俺の取り柄はその二つしかない。小学校で一番になった俺達は、中学でも全国優勝してやると決めていたし、俺は本当にそのつもりでいた。そうすれば、親父は酒を飲むのを止めて、お袋も弟もきっと帰って来る。“有名”になればきっと家族は昔みたいに元通りになるって信じていた。今でもそう信じている。
でもあの日、泉は俺を容赦無くぶっ飛ばしやがった。確かに先輩達には失礼な事を言ってしまったかも知れないけど、俺達の方が上手いのは本当の事だ。だから、このままでは絶対に終われない。まだ、泉に俺の本当のバスケを見せてはいない。あいつに認められるまでは絶対に終われない。でも、どうすればいいのかが分からない。どう仕様も無い位に胸が痛む。俺は一体どうすればいいんだ? なぁ、教えてくれよ先生。
「
「洋介が? 分かった、ありがとう」
「大丈夫か中島? あれだったら先生呼んでくるぞ?」
「あはは、大丈夫だって。皆が思ってる程あいつは悪い奴じゃないよ」。心配するクラスメイトを尻目に、
「お、おう。急に呼び出して悪いな」
「何か用か?」
「あ、いや。この前はごめん」
「この前って?」
「その……大会前に渡り廊下で言った事……」
「ああ、別にいいよ。気にすんな。それに、事実だしよ」
「事実って?」
「お前等がいてくれたら勝ててたって事だよ」
「んな事はねーよ! ゴリポンとか頑張ってたって!」
「何必死になってんだよ。……試合見てくれてたんだなよな。情けなかったろ」
「だからそんな事ねぇーって! お前等頑張ってたよ……ごめん、俺達も一緒に頑張ればよかった……ごめん」
「今さら謝ってもおせーんだよ。それに負けたのは俺等が不甲斐ないからだ。用はそれだけか? もう教室戻るぞ」
「ゴリポン! 俺達、高校行くから! インターハイ行くから! バスケ……もう一度やるから!」
「……もしかして、それでその髪なのか?」
「まぁ、うん。ゴリポンはさ、何処行くんだ高校」
「近くの公立。そこぐらいしか行ける所ないから」
「そっか……」
「なぁ、洋介。今言った事が本気ならさ、先ずは俺じゃないだろう? 会いに行けよ先生に。病院と先生の家族の連絡先教えるから」
「ゴリポンやっぱり知って――」
「もう戻るよ。洋介と話してると友達が心配するんだ。じゃあな」
ゴリポンは俺にそう言い残して教室に戻って行った。
(今さら謝ってもか。それは泉先生にも同じ事が言えるのではないだろうか)
もう戻れないのかもしれない、あの頃のようには。皆とバスケットをやっていたあの頃には。でもしょうがないんだ。俺が悪いのだから。先にゴリポンや泉先生を裏切ったのはこの俺なのだから。
「ふぁー眠い。土曜日の朝に起きるなんて何時ぶりだ?」
「毎週金曜の夜は集会だったからな。中二の練習試合とかそこらへんじゃね?」
「試合かぁ……何か懐かしいよな。もう一度体育館に立てんのかね、俺達は」
「高校受からねーと無理だろうな。しかし、あの三人はいつも遅い。昔からそうだ。島は大体寝坊だし、明はマイペースだし、洋介に限っては起きてるのに間に合わない。ってか呼び出した本人が遅れるとか一番ありえなーだろ」
「そう怒んなよ翔太君よー。まぁ洋介は起きてからゆっくりお風呂に入るからなぁ」
「それからあいつ緑茶飲みながらTV見てるだろ!? ありえねーから! 待ち合わせの時間過ぎてるつーの!」
二学期の最初の土曜日。俺達は洋介に呼び出されて、泉が入院している病院の近くまで来ていた。何でも、洋介がゴリポンから泉の入院先と家族の連絡先を聞いたらしく、皆で話し合った結果、泉に会えないならこっちから会ってやろうって話になったんだ。時間に余裕を持って昼から集まろうってなったんだけど、案の定いつもの三人は遅刻だ。いつも時間通りに来るのは俺と翔太だけで、他の三人は恐ろしく時間にルーズなのである。特に洋介は一番ひどい。
「おー、悪い悪いー五分遅れたわ」
「すまん、ちょっと寝坊した」
あまり悪びれた態度を見ぜずに、明と島がここで漸く到着。どうやら一緒に来たらしい。
「悪い悪いじゃねーよ! 今何時だと思ってんだよ!」
「え? 二時過ぎか? 何時だ島?」
「知らねー。ってか眠い」
「そうだよ、二時過ぎだよ、二時六分だ! 待ち合わせは一時だろ! 何が五分遅れただよ、一時間遅れだっつーの!」
「朝からうるせーよ翔太ー」
「もう昼だからな! ぶっ飛ばすぞ明!」
「翔ー、翔太の機嫌悪いんだけどー。どうにかしてくれ」
ちなみに、翔太は時間にかなり厳しい。待ち合わせの三十分前には来る奴で、とにかく時間を守れない奴が許せないらしい。だから昔から、時間にルーズな三人とはよく喧嘩をしていた。そう言えば、何時かの公式試合で三人が大遅刻をして翔太一人で三十得点上げた時もあったなぁ。機嫌が悪いと何故か調子が良くなるのが星野翔太という男だ。さすがに集合時間の三十分前に来るのはどうかとは思うけど。
「翔太、洋介が一時に集合って言ったんだぜ? だったら先を見越して一時間遅れは当たり前だろ」
「てめー、眼鏡カチ割るぞこの野郎」
「ああ? 誰の眼鏡割るだって? てめーこそ朝からキャンキャン喚いてんじゃねーぞ?」
「だから昼だっつってんだろうが!」
「もう落ち着けって翔太!島も明も謝れよ! 遅れてきたんだからよ」
何時もは俺が翔太に止められているのに、翔太の機嫌が悪い時はそれが逆になる。何でかは知らないけど、昔からそうなのだ。
「まぁ悪かったって翔太。次からは時間通りに来るよ。所で洋介はやっぱりまだか?」
「ああ、俺さっき連絡きてたな。今から緑茶沸かすって」
「……おい明、それ何分前?」
「ついさっきだぞ。ええーっと、十分ぐらい前。だから俺まだ誰もきてねーと思ったんだけど」
翔太の目付きが一瞬にして変わった。瞬間、周りの空気が重くなった。どうやらマジで切れたらしい。翔太がこうなったら、さすがの明と島も急に喋らなくなる。誰も喋らないので、一分一秒がとても長く感じられた。そして、洋介が来たのは待ち合わせの時間から二時間後が経った午後三時の事だった。
「病室分かるのか洋介?」
「うん、先生の家族と連絡取った。前で待ってるって。ってか口の中切れてるんだけど」
「おめーが悪い。そのまま一生切れとけ。そして出血多量でしね」
「だからごめんって、翔太」
「お前、もう緑茶禁止な」
「ええっ、何でだよ!」
「当たり前だろーが!」
「お前ら五月蠅い。病院何だから静かにしろよ」
こういう時、何故か明は常識人だ。時間にルーズな所が無ければ俺達の中では明が一番大人なのかも知れない。
口を抑える洋介に連れられて、泉の病室の前であろう場所まで来た。前を見ると、少し疲れた表情をした女性が廊下に置いてある椅子に腰掛けていた。奥にはさらに背の小さい女の子が二人。すぐに分かった。その子供二人が泉の子であると。二人とも女の子らしい可愛い顔をしているが、何処となく泉の面影がある。でもそんなに似てなくて俺は良かったなって思った。泉にそっくりだと子供が可哀想だ。きっと奥さんに似たのだろう。よく見ると綺麗な顔をした人だ。何処でこんな別嬪さんを鬼が捕まえたのかが気になる。
「あの、泉先生の……あ、俺山岸です。連絡した山岸洋介って言います」
洋介が少し緊張しながら泉の奥さんらしき人に声を掛けた。するとその人はゆっくりと立ち上がり、俺等を一通り見た後に重たそうに口を開いた。
「……あなたが山岸君? 初めまして、
「あ、え、そうなんですか。すすすいません、あ、あんまり覚えてなくて」
「いいのよ。で、今日は何の用?」
「ええっと、えっと泉先生のお見舞いに」
泉真理と名乗ったその綺麗な人の言葉一つ一つに、明確な悪意を感じた。まるで隠す気すら無く、正面から俺達に悪意をぶつけている様だった。おかげで洋介はかなり緊張してきたらしく、言葉も噛み噛みになっていた。そういえば洋介は緊張するとよく噛む。
「そう。お見舞いなの。もしかしてそれでその髪色なの? あなた達ずっと金髪だったって聞いてたけど」
「あ、これはその高校に行こうと思って……それで泉先生にその事を伝えたくて……」
「高校に、ねぇ。頑張ってね。あの人も喜ぶと思うわ。私からあの人に伝えとくから今日はもう帰っていいわよ。それから、もう二度と来ないで。なに大丈夫よ、ちゃんと伝えとくから」
捲し立てる様に捨て台詞を吐いて、泉の奥さんは病室に入ろうとした。もう俺達の顔何か見たくも無いと言った表情をして。さすがは鬼の嫁である。その顔は般若の顔をしていた。少なくても俺にはそう見えた。――誰もが唖然として何も出来なかった時、その般若に物申す奴がいた。明のやろーだ。こいつばっかりは何でかは知らんけど、昔から時間にルーズでありながら大人ぽっくて怖い者知らずだ。そしてかなりの男前である。それが一番むかつく所でもある。
「ちょっと待ってよ。俺達、先生に会いに来たんだ。先生に直接伝えたい事があるんだよ。だから会わせろよ」
「……あなた村川君だっけ? 威勢がいいのね。親は確か暴力団関係者って聞いたけど、その血かしら?」
「今、親の事は関係ねーだろ。さっさっとそこどけよ」
「あら、頭悪いのね。私は帰りなさいって言ったの」
「頭悪いのはどっちだばばぁ。だったら何で洋介から連絡来て断らなかったんだよ」
「どうやら口も悪いみたいね。断らなかったのはね……見たかったのよ、あなた達の事を。一目見て、一生瞳に焼き付けて恨んでやろう思ってね」
「何言ってんだ、あんた。頭おかしーのか? いいからそこどけよ」
明が般若を押しのけて病室に入ろうとした瞬間、般若が明の顔を叩いた。パチーンと良い音が病院の廊下に響き渡った。
「馬鹿にして! いい加減になさい! 何も知らない子供の癖して!!」
般若が急に泣き出した。何が何だかよく分からないが、あまりよろしくない状況って事だけは分かる。
「お母さん、あんまり大きい声出したらお父さん起きちゃうよ……」
「――ごめんね。
「うん、わかった」
「お母さんも早く来てね?」
「すぐに行くから、心配しないで」
般若の顔していた泉の奥さんだが、この時ばかりは母の顔をしていた。誰よりも優しい母の顔をしていた。その姿を見て、俺は何故だかお袋と弟の事を思い出してしまった。また胸がやけに痛くなる。どう仕様も無いくらいに……。
「――あの人はね、あなた達がころした様なもんよ。あなた達が……」
静寂に包まれていた中、声を出したのは泉真理さんだった。其の一言に先程の様な悪意は感じられなかった。そして淡々と真理さんは語り出した。
「知ってるかしら? 教師って本当に大変な仕事なのよ。私も教師だったから分かるの。特にあなた達みたいな子が多い学校はね、本当に大変。それでもなりたかった職業だから頑張れるのよ。部活の顧問もそう」
「顧問?」
「そう。お給料何て出ないのよ……こんな事あなた達に話してもどう仕様も無いんだって分かってるんだけどね……。教師としての業務も全部終わって、部活に行くの。あの人だったら、あなた達にバスケットを教えにね……。勿論、土曜日曜もそう。ほとんどボランティアみたいなものよ。おかげであの人に休み何てほとんど無かった。家族で過ごす時間もね」
それは知らなかった。いや、よく考えてみればそうか。俺達にも休みは無かったけど、それは勿論泉にも休みが無いって話だよな。給料の事はよくわかんねーけど。そーいや泉の奴、いつの日かこんな事言ってたっけっか。バスケが大好きだって……。こんな可愛い子供よりあいつはバスケを? いやいや、というかその前に俺達って……もしかしたら泉の事何も知らないんじゃないのか?
「それでもね、私はあの人の事を応援してたわ。あの人……バスケットが大好きだから。言い出したら止まらない人だから。例え家族の時間が無くてもいい、子供の世話だって全部私が見る。大好きなバスケットに携わっているあの人をずっと支えて行こうって思ってた。あの人バスケなんてやった事ないのにね……何であんなにも夢中になったのかしらね」
「え? 泉先生ってバスケ未経験なの?」
「しらねーよ、初めて聞いたぞ」
「じゃあ、何であんなに教えるの上手かったんだ?」
「いや、思い起こすと確かにシュートは下手だったな。入ってるの見た事がねー」
皆、泉がバスケ未経験者と知って驚いていた。俺も大分驚いた。泉の教え方はかなり上手かったからだ。それに分かり易かった。偶に言葉足らずな所があったが、それでも今までで誰よりも上手いと思えた。何で泉はそこまでしてバスケが好き何だ? いや、確か聞いた事があるぞ。俺にだけ話してくれた時がある。一体何だった? 思い出せない。確かその時も殴り飛ばされた時だったから、むかつき過ぎて全然聞いて無かった。一体何だったけ、泉がバスケを好きな理由は。
「二年前の春、あの人は意気揚々と帰って来たわ。どうしたの? って聞いたらこう答えた。凄い子達が入って来たんだって。ミニバスで全国優勝した子達が入って来たんだって。……生意気なクソガキ共だって。でも根性はある奴らだって、殴っても殴り返してくる奴もいるんだって、私に嬉しそうに話してくれてた」
瞬間、全員の顔付が変わった。いつの間にか俺達は背筋を伸ばして、泣きながら話す真理さんの話を食い入る様に聞いていた。
「あなた達の事よ。将来は【NBA】プレイヤーになれる子達だって、毎晩毎晩あの人は私に話してた。私も応援してた。もしあなた達が本当にそうなったら、あの人の努力も報われるって……信じて。でも、あなた達は途中で部活にこなくなった。あの人がどれだけ君達を心配していたか分かる? 分からないでしょう? 来る日も来る日も、あの人は待っていた。あなた達が来る事を信じて。自分が癌だって分かっても治療を一切受けずに……。自分が入院してしまったら誰が“あいつら”にバスケを教えるんだって、自分が見捨ててしまったら誰が“あいつら”を救えるんだって。最後の試合が終わるまでは待ってくれって……!」
全身の力が抜けていく様が分かった。体は鉛かと思えるぐらい重く、思考は停止する。正しくは何も考えたく無かったに近い。急に胸が人生で一番に痛くなり、愚かな自分を殴り殺してやりたい衝動に駆られる。声に出そうなぐらい涙が溢れ出てきた。止める術は最早無い。先ほど感じた、目の前にいる女の人の悪意がどれだけの悪意か今なら身に染みて分かる。痛い程に分かってしまったのだった。
「それであなた達は今頃になって来た。もう、何もかも終わってしまった後に。何もかもが遅いのよ。何で、なんで、もっと早くに来てくれなかったのよ……なんで――」
「いいや“まだです”。“まだ”終わってません」
誰もが何も言えない状況の中、突然と洋介が喋り出した。その声に一切の震えは無く、また何処か凛とした声をしていた。どうやらもう噛む事は無さそうだ。昔からそうだ。洋介が静かにハッキリと話すときは、この表情をしている時は、こいつは無敵だ。根拠の無い自信に満ち溢れている瞬間だ。こうなったら
「さっき言い忘れてました。俺達高校に行ってインターハイにも行くんです。“勿論優勝してきます”。それに、今の話を聞いて決めました。全員で行きます。北辰中学バスケ部の全員で同じ高校に行って、インターハイで優勝してきます。そしたら泉先生の努力は無駄にならない。泉先生に教えて貰ったバスケットで、高校バスケの一番になってやる。絶対だ。絶対になってやる。俺は、今そう決めた」
――ああ、そうだ。思い出したわ。先生がバスケを好きな理由。
「山岸君ね、言葉で言うのは簡単だけど……って君っ! なに勝手に!」
俺は無理やり泉がいる病室に入った。入ると広い室内にベットが一つ。傍らには結衣ちゃんと真衣ちゃんがオレンジの皮を剥いていた。そして、ベットで仰向けで寝ているのは“俺達の天敵”である
「泉いぃぃぃい! なぁに、寝てやがんだこの野郎!」
「ちょっと! 君やめなさい! 皆も止めて!」
「翔! 落ち着けって! お前何する気――」
「お前、俺に嬉しそうに言ったよな! 俺にバスケが好きな理由教えてくれたよな! 一番速いからだろ! 一番止まらないスポーツだからだろ! だから、だからバスケが好きなんだろ! だったら俺が見してやんよ! 一番速いバスケットを! 一番速いこの俺がよ、お前に見せてやるから! この世で一番速いバスケットを見してやるから! だから、死ぬなよ。死なねーでくれよ。俺はもう逃げねーよ。親父にだってちゃんと向き合うからよぉ、だから最後まで見ていてくれよ。なぁせんせい、インターハイ優勝する所見ててくれよ……!」
俺はその日、柄にもなく皆の前で大泣きして、これまた柄にもなく本音をぶちまけてしまった。
その後、俺達は怒りに怒りまくった般若のせいで帰路につく事となる。でも何処か般若とは一歩打ち解けた様な気がした。その証拠か帰り際に、般若から一冊のノートを授かった。ノートの表紙にはこう書かれていた。『クソガキ共の練習メニュー』。まぁ要するに、泉が残してくれた俺達用の練習メニューだ。この内容がまた凄いんだが、内容はまた今度に紹介しておくとする。
結局、泉とは一言も話す事は出来なかったがこれまた後になって分かった話で、どうやら泉はこの時の俺達の会話を全て聞いていたらしく、寝たフリをしていたらしい。これでは狸寝入りならぬ、鬼寝入りだ。起きてるなら話せよこの野郎と思ったが般若曰く、もうこの時は話す事もままならなかったらしい。それならそうと般若も早くそう言いやがれと思った。でもまぁ今更何を言っても仕方が無い。それにその日、泉は今まで見た事がない程の笑顔で寝ていたらしい。俺はその話を聞いて思う。俺の魂の叫びが鬼を最後に笑顔にしたと。つまり、俺の勝ちである。
そして、泉はその年の十二月に亡くなった。仰ぐ三月を前にして。
「あーなんかスッキリしたなー」
「それ、お前だけだろ! 病人の上に跨って叫ぶ馬鹿が何処にいるんだよ。ったく無茶しやがって。だからお前はバカなんだよ、ったくよぉ」
「あのババァ、顔はたきやがって。まぁでも、スッキリしたのは間違い無い」
「怖かったなぁ、泉の奥さん。ってかよ、絶対行くしかねーな。インターハイ」
「それで洋介、高校はどうするんだ?」
「ん? 近くの公立に行く」
「近くの公立って、何処だ?」
「洛連じゃね? 俺達の地元だと。大体皆あそこに行くって話だ」
「
「んな訳あるか馬鹿。てか何だ親戚って」
「洛真より強いさ。強くなる。だって俺達だぜ?」洋介が真面目な顔をして、真っ当な事を言っていた。その通り、俺達は強い。
「さっきも言ったけどさ。――皆で行こう、もう一度全国に。ゴリポンやサトルもタマも一緒に。……ああ、そーいや『一人』ずっといねーな。そろそろ迎いに行くか、俺達の『エース』をさ」
洋介はそう話しながら俺達の先頭を歩いた。病院からの帰り道、ふと空を見上げると夕陽はオレンジ色をしていた。俺は朱色に染まった空を見てこう思った。エースは
――私が高校三年の時である。ミニバス時代の友人から連絡があった。
その友人は
だが、その二日後。彼から再び連絡があった。内容は決勝で敗れたの事。すぐに何処に負けたんだと聞いた。相手の名は『
誰もが『彼等』を忘れかけていた時、彼等は再び流星の如く全国の舞台に現れた。再度、嘗ての栄光の花を心に咲かせようとして。
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