クソガキ達のラプソディー
「姉貴、後ろもっと短く。もういらないから」
「あら? あんたのポリシーだとか何とか言ってなかっかっけ?」
「それはついこの間までの話」
「あっそ。心変わり早いなぁ。じゃあ切るよ?」
「
「はいはい、翔太君ちょっと待っててねー」
「彩さん、その次は俺もお願いします!」
「あ、俺もです!」
「彩さんー、この黒染めっていつ落とせばいいんですかー?」
「ちょっと落ち着きなって、君達! 洋介君も島君もちゃんと切ってあげるから。ってか、翔君はもう洗い流してきなよ! もう一時間ぐらい経ってるよ!」
「もうそんなに経ちました? 明ー、シャワー借りるぜ。シャンプーある?」
「あるに決まってるだろ。適当に使えよ」
「パンテーンか?」
「ちげぇよ」
「ええ! 俺、パンテーンしか使わない主義何だよ!」
「何の主義だよ。お前のシャンプーの好みとか知らねーから」
「おめーら! 日曜の朝ぱらっからうるせーぞ! 静かにしろや!」
『
夏休み最後の日曜日。俺達は
石上さんにチームを抜ける事を伝えたあの日の二日後、俺達は
『この腕? まぁ気にすんな。何時かは治るだろ。それより、おめぇーら行けよな、甲子園』
石上さんは笑いながら言っていたけど、だからインターハイなのである。甲子園は野球なのだ。だが、その時も俺達は何も言えなかった。俺達がチーム抜ける為に体を張ってまで、あの梶浦さんに話をつけてくれたのだから。それでも三回目は言おうと思う。もし本当に俺達がインターハイに行ったとして、応援で甲子園に行かれたら困るからだ。
「仕事休み何だからよ、もうちょい静かにしてくれや。彩も今日は珍しく休み何だろ? ちゃんと休めよ」
今、明の家から出て来たのは明の兄さんだ。名前は
「私は別にいいよ、練習にもなるし。それにこの子ら皆髪が長いから切り甲斐があるんだよね」
仕事が休みにも関わらず俺達の断髪をしてくれているのが、明のお姉さんの
「にしても、お前等よく“カジ”のやろーが抜ける事許してくれたな。石上が頑張ったんだろうけどさ」
「ああ、はい。それは本当に……」
「まぁ、カジもいい加減引退しろよなぁ。石上がチーム引っ張ったらいいのによ。石上も、もう引退だろ?」
「そうなんですか?」
「んだよ、知らねーのか? あいつ、ヤクザになるんだとよ。止せばいいのに……。だからカジも引退出来ねーんだろうなぁ。次の頭いねーし、お前等辞めちまったし」
「何か、すいません」
「おめーが謝る事は無いだろ。バスケだっけ? 真っ当な道でいいんじゃねぇの。カジもカジで馬鹿何だよなぁ。もうチーム何て解散しちまえばいいのによ、あいつ彩と同い年だぜ? 二十歳だよ、二十歳。何時までクソガキ続けるんだか。なぁ、彩?」
「なんで私に聞くのよ」
「なんでって、この前まで付き合ってたじゃねーか。それも随分と長い事」
「もう……私には関係無いでしょ」
「しっかし、まだ午前中なのにクソ暑いなぁ。快晴じゃねぇか。とにかく俺はもう一回寝るからよ。静かにしろよ、クソガキ共」
『うす!ご苦労様でした!』
(何時までクソガキか……そーいや、アイツは――)
夏休み最後の日曜日。俺達は髪を短く切り、金髪から黒髪に戻し、高校に行く決心をした。どうなるかは分からない。受かる確率はもの凄く低いのかも知れない。だが高校に行かない限り、インターハイには絶対に行けやしない。それに最初から無理だと決めつけて何もやらないよりかは大分マシである。やってみないと、動き出してみないと何も変わらないのだから。
「あー、皆おはよう。夏休みは楽しかったかー? 今日から二学期で、受験はもう間も無くだ。気を引き締めろよー、じゃあ出欠とるぞ。安藤、伊藤……ん!? 山岸? 山岸か!?」
「はい。お早うございます、
「お前、何で!?」
「何でって、学校に」
二学期の初め、暦は九月一日。俺の担任の古藤先生は大分驚いていた。まぁ、当たり前だろう。ここ一年、学校になんてちゃんと行った事はほとんど無いのだから。というか、古藤先生太ったか?
「上代と星野も朝からいやがるし……ってか、その頭どうした!?」
「古藤ちゃんー、似合うでしょ? 俺ってばどんな髪型をしても似合うんだよなぁ」
「顔でかいけどな」
「うっせーよ翔太!」
「ねぇ、見て見て。星野君って髪黒いの似合ってるよね!」
「私も思った! 山岸君もカッコいい! よく見ると男前だよね!」
「上代君はあんまり変わってないけど、あの三人何があったのかな?」
「そういえば、二組の村川君も髪短くなって黒くなってた!」
「え、村川君も学校来てるの!? 後で見に行こうよ!」
ふむ。どうやら女子の格好の的みたいだ。悪く無い、これは悪く無い。見た目が変わるとここまで周りの反応も変わるのか。いいぞ、これは凄くいい。
「おい、
「翔……自分で言う馬鹿がいるかよ」
「お前等何があったんだ? もしかして、泉先生の事――」
「先生、今日から毎日学校来るから。ちゃんと勉強もするし、それに高校に行きたいんだ。これから始業式だろ? 早く行こう。泉先生にも伝えたい事があるから」
「待て山岸、お前――!」
「じゃあ、先に体育館行ってるから!」
俺と翔と翔太は、古藤先生にそう言って教室を皆より先に出て体育館に急いだ。早く泉先生に会いたかったのだ。早く色々と喋りたかった。チームを抜けた事、高校に行こうと言う事、バスケを辞めない事、インターハイに行く事、今まで迷惑を掛けてきた事……ありがとうとごめんなさいを伝えたい事。早く早く泉先生に会いたくて仕様が無かった。先生には、伝えたい言葉が沢山あるのだから。
――だけど、始業式の体育館に泉先生の姿は無かった。あのでかい体と鬼の様な顔は、広い体育館の中には何処にも見当たらなかった。
「ふぁー、終わったな。ああ煙草吸いてー」
「我慢しろ。それより明日から勉強どうするかだよなぁ」
「授業出てるだけじゃ無理かやっぱ?」
「無理だろ……とくにお前は」
「翔太、今俺の事バカと思ったろ」
「うん」
「バカじゃねーからな! バカにすんなよ!」
「教えて貰うしかないだろ。一番頭が良い奴に」
「明くんよぉー、教えて貰うって誰に? 一番頭良い奴って誰だ? あ、俺か」
「絶対にお前じゃねーよ」
「んーそうだな、例えば生徒会長とか?」
「それは駄目だ! いや、別にいいけど!」
「いや、どっちだよ」
「おーどうしたの洋ちん?」
「いやいや、別に。いやあれだよ、香澄さ、生徒会長は忙しいだろ? だってあれだぜ、生徒会長だよ?」
「何で今言い直した?」
「うんうん、名前で呼んでたし」
「いや呼んでないから!」
「しかもさん付け」
「付けてもないから!」
「お前等あんまり洋介いじめんなよなー。気付いてやれよ、洋介は好きなんだよなー
「いやいやいや島!? お前何で言ってんの!?」
「えっまじかよ洋ちん! 付き合ってんのか!?」
「付き合ってねぇよ、バカか!」
「だからバカじゃねーよ! ってかじゃあ、好きなんじゃん!」
「へー、洋介が中村をねー。何か意外だな」
「ああ、お前もっと垢抜けてる子が好きなのかと」
「香澄さんは可愛いし綺麗だろ! 垢抜けまくってるよ!」
「いやまぁそうだけど、何で下の名前でしかもさん付け?」
「いいだろ別に! 好きだからだよ! ってか、もうほっとけよ!」
「そんな本気の顔で」
「よせ、笑うな翔」
「実らない恋だ」
「諦めんな洋介! 青春だ!」
「だからほっとけって! ってか明、実るから、実らすから! はぁー。もういいわお前等。……それより泉の奴体育館いなかったじゃんか。どーするんだよ?」
「そーいやいなかったな。この俺の変わり様を見せたかったのに。サボりか?」
「んなわけあるか。忙しいんじゃね?」
「古藤に聞けば何処いるか分んだろ。職員室いこーぜ」
「だな。行くかー」
中学三年の九月一日の事。長い中学最後の夏休みが終わり、新学期も始って俺達は生まれ変わろうとしていた。もうバイクには乗らないし、煙草も辞めた。夜の闇ともおさらばした俺達の目下の目標は高校受験、そして合格である。そしてこの目標を意の一番に報告しなければならない人がいる。勿論、泉先生だ。皆心の内では分かっていた。確かに泉先生は怖いし、むちゃくちゃ強いし、そして俺達を容赦無く殴り飛ばす。だけど、“泉先生だけ”が俺達を見捨てず唯一怒ってくれていたのだ。学校に行かなくなっても、部活にも行かなくなっても、何時も全力で俺達をどうにかしようと怒ってくれた。俺達みたいなクソガキ共に一寸の光を授けようとして。
「古藤ちゃんー泉先生どこー?」
「うおっ上代! ってお前等勝手に職員室入ってくんな!」
「何でだよー。そーいや古藤ちゃん太った? どうせ夏だからってビールばっか飲んでたんでしょ」
「ほっとけ! しかし、お前等もえらい変わり様だな。何かあったのか? 朝、高校に行くとか言ってたけど」
「先生、俺達チームを抜けたんです。高校にも行きたくて。それを泉先生に伝えたいんだよ」
「山岸……お前高校って今からか? 一応聞くけど、何処に行きたいんだ?」
「何処に?」
「そう、何処に。志望校だよ。」
「ああー……あれな、それな。明、何処?」
「何で俺に聞く」
「洋介、決めてなかったのか?」
「えっ?
「おー翔太、その名前知ってる! 洛真な! バスケの名門! 其処にしようぜ!」
「お前等馬鹿なのか? ああ、馬鹿だったな。あのなぁ、洛真は進学校だぞ。スポーツ推薦でもない限り行ける訳ないだろう」
「だったら余裕じゃん」
「何が余裕なのか言ってみろ、上代」
「俺達、小学校バスケで全国一番だし」
「それは小学校の話じゃねーか。いいか、中学での実績がいるんだよ中学での。お前等中学で何かバスケットの実績残したか? 何も残してないだろう。学校にも部活にも行かずプラプラしやがって。今更高校に行きたいとか言い出しても無理何だよ。真面目になるのは良い事だが……っておい! なんで殴ろうとしてんだよ上代! お前等止めろ!」
「よせって翔!」
「離せ! このビールっ腹じじぃぶっころす!」
「落ち着けって!!!」
「……ったく、凶暴な奴め。そんな素行じゃどれだけバスケが上手くても高校には行けねーよ。退学って言葉があるの知ってるか? あるんだよ高校には。いらない奴はすぐ学校から追い出される。……お前等バスケする為に高校に行きたいのか?」
「うん。インターハイに行く」
「それは本気で言ってるのか?」
「冗談で朝から学校来るかよ! ああ!?」
「だからお前は落ち着けって!」
「……それで泉先生にか?」
「古藤先生、悪いけど俺達は本気だ。本気で高校に行きたいし、本気でインターハイにも行きたいんだ。あんた等には沢山迷惑かけたよ、ごめん。謝っても謝りきれねーって分かってる。けど、だからこそ、この思いを泉の野郎にも伝えたいんだ」
「……村川」
「先生、それで泉先生は何処にいるの?」
「……ふぅー、分かった。本当は明日全校生徒に伝える予定だったんだけどな。いいか、まだ誰にも言うなよ。お前達を信じて言うからな」
「勿体ぶってないで早く言え、このビールっ腹」
其の日、俺達は自分達がまだまだクソガキの中のクソガキだと知る事となる。言ってしまえば、まだまだ中学三年生の子供だ。何も俺達だけではない、世の中学生まだまだ子供だ。俺達がほんの少しだけ飛びぬけて子供なだけであって、みーんな、まだまだ子供なのである。
だから、大人になって気付くんだ。この時の古藤先生の優しさとか、周りの大人がどれだけ俺達の事を考えていてくれてたとか、親への有難味とかさ。でもさ、全部さ、泉先生が『それ』を俺達に嫌って言う程分からしてくれたからなんだよな。だから、あの人が一番俺達を愛してくれてたんだと思うんだ。だから、俺達もあの人を心の何処かで愛していたんだ。
「泉先生なぁ、先生を辞める事になった。もう学校には来ない」
「はっ? 何言ってんだビールオヤジ。冗談はその腹だけにしとけよ、殴るぞこの野郎」
「“末期癌”だ……。お前達の卒業式まで持つかどうかそうだ」
当たり前の様に、学校に行けば会えると思っていた。当たり前の様に、何時もみたいに怒られては少しは褒めてくれるものだと思っていた。当たり前の様に続く毎日が、当たり前だと思っていた。思春期真っ只中の俺達は生きる事が、生きているのが当たり前の日常だと思っていた。自分も、友達も、親も、そして先生も。
平成十五年、九月一日。まだまだ残暑続く職員室で、俺達は死と言う存在がすぐ身近にあるという事を実感する。そして誰かが死んだら、思いも言葉も“一生届かない”と人生で初めて知る事となる。今思えば、この日を切っ掛けに
後に、泉先生の家族から先生の真意を聞いた時、俺はこう心に決めた。俺達だけで行くんじゃない。皆で、全員で行くんだ。
其れは俺達の
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