第50話

「もうその頃には私は研究から身を引いたんだ。……結局、その後をタケルが引き継いでくれた」

 ロボットの姿になった俺に向かってアキラはタケルを紹介した。さっき俺の背後にいた(実際は運転席でエンジンをかけていたのだそうだ。全然、気がつかなかった)油まみれの壮年の男がタケルだったのか。彼もあの頃の面影は全くない。おじさんになったもんだ。

「とにかく問題だったのは、どうやって三百五十度の熱を確保するかだったんだが、結局一番単純な原油を燃やすことにしたんだ」

 おじさんタケルは顔の汚れを拭きながら、俺に説明してくれる。

「それと僕らの世界には温度を計る装置がない。だから、とにかく留出した油を調べ上げて、それが本当に軽油なのか、君の体から採取した軽油と比較しながら検討していったんだ」

 そもそも軽油の品質条件は決まっているし、転生してきた男はその条件を知っているが、それを調べる機材は無い。

 それでも状態は悪いがなんとか近いものが出来上がった。……それっていわゆる「不正軽油」ってやつか?……まあ、動いているんだからいいけど、この調子なら俺の体も長く保たないかな?とりあえず黙っていよう。

「それで、そんな長い時間をかけて軽油を作って俺を復活させたのはどうしてなんだ?まさか、思い出話をしたかったわけじゃ……」

「あいかわらずだな」

 アキラは笑いながら、ゆっくりと椅子から立ち上がる。それをニーナが手を添えて支える。ずいぶん老いたな。

「……リオンのところに連れて行ってくれないか」

 ニーナに支えられ、左手で杖をつきながらもまっすぐ立ち上がるかつての青年は俺を見上げながら、まっすぐな目で語る。

「この世界にはもう何人もよその世界からやってきた人たちがいる。だが、君のように異世界に人を送れるものはついぞ現れなかった。……だから、君に頼む。私をリオンとトピの元に連れて行ってほしい」

 ……そんなことだろうと思った。

「彼女の元に送れるとは限らないって知ってるだろう」

 ダメ元で言ってみる。

「……それなら心配ない。君も一緒に行くんだから」

 …………はあぁっ!?

「そうすれば彼女がいない世界に飛ばされたとしても、すぐに別の世界に行けばいい。そうやって旅をしてリオンとトピが暮らす異世界を探し出すんだ」

「ちょっと待て、俺も一緒に行ったとしても君と同じ世界に行くとは限らないだろう」

「その時は私を探し出せばいい。そうして、また転生する。それを繰り返せばいつかは彼女たちのところにたどり着けるだろう」

 ずいぶん身勝手な意見だ。

「……こう言っちゃなんだが、あれからもう五十年は経ってるんだろう?トピはともかくリオンさんが生きている可能性は少ないんじゃないか」

 俺は少しでも諦めがつくような理屈を言ってみる。

「大丈夫だ。彼女は言ったんだ『アキラ、待っています』と。あいつは頑固だが約束は守るやつだから」

 お前もな。……俺は流れを変えるためにニーナに助け舟を求める。

「ニーナ、君はいいのか?……その、君たちはもう結婚してるんだろう?」

 俺に問われたニーナはキョトンとした顔をして

「冗談でしょう。どうしてこんな唐変木と結婚しなくちゃいけないのよ。……わたしは理想が高いのよ」

 平然と言ってのけた。

「……もし、リオンがなにかの拍子で戻ってきたとしたら、わたしたちが一緒だったら、あの子……身を引いてしまうでしょう」

「アキラ、もし仮にリオンさんに会えたとして、そこで彼女たちが別の男性と家庭をもっていたらどうするんだ?……見知らぬ世界で生きていくには、その方が生きやすいだろう」

 ニーナの言葉で俺はその可能性があることに気がついてアキラに問いただした。彼は胸を張って答えた。

「だったら、取り返すまでだ」

 ……はあぁぁぁぁっ。どうしてこいつは根拠のない自信だけはたっぷり持ってるんだ?リオンがアキラと暮らしたのは十年位だが、もし向こうの世界で別の男と暮らしているとしたら五十年は一緒に生活しているはずだ。どちらに情が移っているかは、俺でも分かる。

 だけど、そんなことを言っても聞く耳なんて持たないだろう。

「さあ、早く出発しよう。私もそんなに健康ではないんだ」

 アキラの言葉に合点がいく。なるほど、俺は気がつかなかったが、年をとったアキラがなんらかの病を患っていても不思議じゃない。異世界に行けば病気は無くなる可能性は高い。だが、加齢はどうしようもないと思うが。

 それを考えたら俺の中にある「不正軽油」も、もしかしたら別の世界に行ったらちゃんとした軽油になっているかもしれない。

 それにしても向こうの世界に軽油がある可能性は少ないことを考えたら活動期間は数日しかない。その間にアキラをリオンに会わせなくてはいけないのだ。かなりリスクの高い賭けだと思う。

 まあ、それならここでグダグダ考えて時間を無駄にすることの方がハイリスクだ。

「オッケー!分かった。だが、失敗しても俺を恨むなよ」

 俺がそう言うと彼は

「失敗なぞするもんか。長い年月をかけたが、こうやって君とまた再開できたんだ。彼女とだって必ず会えるさ」

 そう言い切った。

 俺はうなずくと小屋の中で立ち上がる。俺のために作られた小屋だけあってロボットになった時でも余裕をもって立ち上がれるくらいの広さが確保されている。そこにわざわざホースリアスから、荒い軽油を運んできて給油できる仕組みを追加している。本当によくやる。


 せっかく五十年ぶりに復活したのにのんびりする間もなく異世界に出発することが決まった。

 小屋の中には俺とアキラとニーナ、それにタケルしかいない。

「じゃあ、行ってくるよ」

 近所に散歩に行くような気軽さでアキラがニーナとタケルに声をかける。

「いってらっしゃい。リオンとトピによろしくね」

 アキラの杖を受け取ってニーナがにこやかな笑顔で応じる。

「父上、母上にお会いしたら伝えてください」

 タケルが生真面目な顔で告げる。

「タケルは……正しく生きた……と」

 アキラは彼の顔をまっすぐ見つめながら

「……そうだな、正しく生きたな」

 うなずいて答えると、俺に向かって言った。

「さあ、行こう!……リオンが待ってる」

 俺もうなずくとニーナとタケルに下がるように言って、右手をアキラに、左手を自分自身に向けて振り下ろした。


 さあ、新しい世界に出発だ!

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異世界差遣トラックが異世界に召喚された話 塚内 想 @kurokimasahito

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