第45話

「ロボット!行けるか!?」

 だから簡単に言ってくれるなよ。ミミズがいるところは足場の悪い砂地だ。そんなところに車両が行けるわけないだろう。だが、リオンの言うようにあそこにタケルたちがいるのなら行かないわけにはいかない。

 やつは砂の窪地の中腹で暴れている。このまま、できるかぎり道なりに近づく。うまくいけばミミズの頭上までたどり着けるかもしれない。そこからなら車両ごと滑り降りてやる。

「ロボット、こっちの窓も開けてくれ」

 アキラが走行に専念している俺に向かって、さらに用件を重ねてくる。

「勝手に開けてくれ。やり方を忘れたわけじゃないだろう」

 俺の言葉が終わらないうちにアキラは運転席側のパワーウィンドウのスイッチを押して全開する。

「……何をする気だ?」

 俺が問いかけている途中で答えが分かった。野郎、窓から窓の桟に座って外に上半身を放り出しやがった。

「俺の体でハコノリしてんじゃねえよ!」

 アキラは俺の声が聞こえているのか、視線はまっすぐミミズに固定されている。

「やつにギリギリ近づいたら後は僕が行く。君はリオンたちを安全な場所に降ろしてから来てくれ」

 そういうと今度は足も車外に出して、猿のように運転席の屋根に乗り移った。

「危ないよ!」

 ニーナが心配の声をあげる頃には、アキラは屋根の上で剣を抜いて、いつでも戦闘ができるように準備を整え終えていた。

 窪地の端を走りながら登っていく。ミミズのやつは俺たちに気がついていないようだ。あと、十メートルは切った。

 だが、ミスった!左後輪が窪地の端を踏み外して、そのまま、荷台ごと砂の窪地に車体が滑り落ちる。

 運転席に座っているニーナが大声をあげて叫びながらもリオンを抱きしめて守ろうとしている。俺は大急ぎで運転席側と助手席側のパワーウィンドウを閉めて車内にこれ以上、砂が入らないようにする。屋根に乗っているアキラは左手だけで必死にしがみついている。

 俺は車体が、なんとかひっくり返らないようにするので精一杯だ。砂の窪地の中腹にいるミミズにぶつかるかどうかは神のみぞ知るだ。

 そのミミズは滑り落ちてくる俺たちなんぞ目もくれず暴れまわっている。

 奴さんとの距離が十メートルを切るくらいちかづいた時、アキラが屋根から巨大ミミズに向かって飛びついた。

 アクラサスの剣をミミズの胴体に突き立て、ぶら下がる。

 俺は暴れまわるミミズを避けて窪地の底まで滑り降りる。車体は運転席側を下に横転したが中にいる二人は、なんとか無事のようだ。助手席側のドアを開ける。ニーナが最初に這い上がり、リオンを引っ張り上げる。

「とにかく安全なところに隠れてくれ」

 俺がそう言うとリオンを抱きかかえたままニーナが飛び降りて、そのまま走って俺から離れる。

 彼女たちが離れるのを確認してからロボットの形に姿を変える。急いでアキラのところに向かわなくては。

 だが、体が思うように動かない。やばい!ここにきてガス欠か?頼む、もう少し待ってくれ。

「……タケルッ!?」

 背後で素っ頓狂な声があがった。振り返るとリオンを抱きかかえてるニーナの足元で子どもがうずくまって泣いている。

「ニーナ……降ろして」

 リオンがニーナから降りると子どもに向かって手を広げる。タケルとおぼしき子どもはリオンを見ると、その胸に泣きじゃくりながら飛び込んだ。

「しょうのない子ね。……もう大丈夫よ」

「ねえタケル。トピはどこにいるの?」

 リオンが胸にうずくまっているタケルの頭を撫で、ニーナが周囲を見回しながら問いかける。俺もそれに倣ってヘッドライトを照らして見渡すが、それらしい人影も見えない。タケルはただ泣くだけで、ニーナの質問に答えられない。

 その時、リオンが顔を上げて驚がくの表情を浮かべて一点を凝視した。そこには窪地の中腹で巨大ミミズと格闘しているアキラの姿があった。

 ………まさか、あそこにトピがいるのか?だとしたら、もうミミズに食われてしまったのか?

 ミミズはアクラサスの剣が突き刺さったところが火ぶくれのようになっていた。その痛みで暴れまわりながら叫ぶ。

 その口から何かが飛び出した。

 俺は渾身の力を振り絞って二本の足で走る。そして飛んできた何かを受け止めた。

 ……それは下半身を食われて、瀕死になっているトピだった。


 巨大ミミズを仕留めて窪地の底に滑り降りたアキラが、トピの周囲に集まっている俺たちのところまで走ってきた。

「……トピは?」

 あのミミズから飛び出したのがトピだと分かっていたのか。

 俺はアキラに向かってかぶりを振る。まだ息はあるが、ここまで血があふれていては時間の問題だろう。むしろ、ショック死していないのが不思議なくらいだ。リオンもニーナも泣きながら意識が朦朧としているトピに向かって呼びかけ続けてる。

「……ねえ、トピを助けられないの?」

 ニーナが誰にともなく問いかける。だが、答えることはできない。答えが分からないのではなく、答えたくないからだ。

 やがて、俺に向けてニーナが絞り出すように訊ねてきた。

「ロボット、今ならトピを異世界に送ったら助かるんじゃない?」

 泣き止まないタケルと虫の息のトピ以外のみんなの体がピクリと反応する。

「……無理だ。トピは六歳だぞ。そんな子が一人きりで異世界に放り出されてい生きていけるわけないじゃないか」

 アキラがニーナの提案を却下する。たしかに彼の言う通りどこに飛ばされるか分からないのだから、生きていける可能性はとても低いだろう。

「……わたしがこの子と一緒に行きます」

 いっせいに声の主を見やる。

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