第41話

「嫌です!」

 ドライオンに帰ってきて早々、新しく建てられている最中の屋敷の中庭で、アキラはリオンに真っ向から拒絶されている。それはそうだ。彼女にしてみれば、たとえ生きることができたとしても、それは家族から離されてたった一人で見知らぬ世界で生きるということだ。

「あなたは私の気持ちが分かっていません。私はあなたや子どもたちと離れてまで生きていたいとは思ってないの!」

 吹きさらしの中庭に小さな木製のテーブルと椅子に座ってニーナが煎れてくれたお茶を前にリオンはアキラを睨みつけて食って掛かっている。物静かなイメージだった彼女の意外な一面を見た気がする。

 俺もニーナも彼らから少し離れた場所でその様子を伺っている。ニーナはともかく俺のでかい体はこの小さな中庭ではかなり異質の存在だろう。かなり邪魔だよな。

「君の方こそ僕の気持ちを分かってないじゃないか。……本当ならホースリアスの医者をここに連れてくるはずだった。だけど、それが無理ならもう残された道はそれしかないんだ。そうでなくちゃ君を助けられない。僕は君を死なせたくないんだ!」

「そんなどこか知らない世界に飛ばされて、それこそ生きていけるかどうかすら分からないじゃありませんか」

「僕はこうやって生きている」

「あなたと私は違います!」

「……この、わからず屋」

「わからず屋なのはあなたの方です!」

 二人のケンカは白熱して今にも取っ組み合いになりかねないほどの勢いだ。ニーナが煎れたお茶も一口も飲まれないまま大半がこぼれてる。

「はーい、やめて。人がせっかく美味しいお茶を煎れたんだから、こぼしたりしないでよね」

 ニーナが仲裁に入る。こぼれたお茶で濡れたカップを引き上げてテーブルを拭いて、新しいカップに改めてお茶を煎れなおす。

「二人とも、もう少し冷静になりなよ。やみくもに自分の意見を押し付けあったって、なんの解決にもならないじゃない。ほら、飲んで」

 煎れなおしたお茶を勧める。アキラもリオンも気まずそうにお茶をすする。

 ニーナにいてもらってよかった。俺だったら、ここまで強制的に事態を平定させられなかっただろう。

 時間をかけてお茶を飲み干したリオンがカップを静かに置くと、ロボットの姿の俺に向かって

「“異世界に魂を送る”とは、どういうことでしょうか?鉄の人」

 と、訊ねてきた。そんな質問をされても正直困るが。

「肉体から魂だけを異世界に送るって……言葉通りの意味だけど」

「異世界に送られた魂は、いったいどうなるのでしょうか?」

 リオンはさらに訊いてくる。

「……アキラや俺を見てくれれば分かると思うけど、新しい世界では別の体を手に入れてる。だいたい以前の体に似てるけどいくらか違いが出るみたいだ。俺は元々は車……ってわかんないか。とにかく箱のような形をしていたけど今は人みたいな姿だし、アキラは患っていた病気が治ってたり……」

「アキラ、あんた病気を持ってたの!?」

 俺の言葉にニーナが反応する。アキラは「まあな……」とだけつぶやいた。

 当のリオンは、まったく興味なさそうにしてる。

「アキラもあなたも以前の世界に戻ってはいませんが、それは必要がないからでしょうか?それとも、できないのですか?」

 リオンの問いかけに対して、もし俺が息ができていたら、きっと大きなため息をついていたことだろう。

「できない……と、思う。魂を異世界に送ることができるのは分かっているけど、場所を選べたことはない。俺がこの世界に転生したのはおそらく偶然だと思う」

「つまり……私は行ったきり戻ってくることができないわけですね」

 リオンはアキラに向き直って

「それは“死んでいる”のとどう違うのでしょうか?……アキラのお母さまはあなたがここで生きているなんてご存知ないのでしょう?あちらの世界ではあなたは今でも死んだことになっているはずです。たとえ、あなたがこの世界で生きていることが分かったとしても会うことが叶わなければ、連絡することができなければ死んでいるのとなんら変わりがないではありませんか。もう二度とタケルやトピ、そしてあなたに会えなければやはり死んでいるのと変わりはありません」

 静かに一気に言いきった。

 アキラは黙って聞いていたが、やがて

「君が本当に会いたいのはカレルヴォじゃ……」

 ボソリとつぶやいた。その言葉が終わらないうちに、立ち上がったリオンの右腕がしなやかに伸びて、彼の左頬を打った。

「……バカにしないで」

 リオンは表情を殺してそう言うと、頬にひとすじ涙をこぼして、椅子に座り込んだ。

 ニーナが彼女に近づいてなにか声をかけてる。ここからではよく聞こえない。

 たしか、カレルヴォってニーナの兄さんじゃなかったか。アキラの話しでは放蕩者で、戦場でアキラの手にかかって殺されたと聞いたが……。

 もっともあの話し自体、俺を騙すためのウソ話だと思っていたが、どうやらカレルヴォは実在したらしいな。

 やがてリオンはニーナにつかまって中庭から出ていった。まだ屋敷の修繕は終わっていないから、おそらくタルモの小屋に行ったのだと思う。

 俺はリオンにはたかれて放心状態のアキラのそばに近づく。

「諦めはついたかい?」

 その言葉で我に返ったアキラが俺を見上げて睨みつける。俺はそのなんともいえない恨みがましい目を無視する。

「どう考えてもリオンさんの方に分がある。死なせたくない気持ちも分かるけど……」

 俺の言葉を聞いていないのかアキラが遮るように

「僕も一緒に転生したらリオンと一緒の世界に行けないかな?」

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