第35話

 意外と異世界からやって来ている人は多いのかもしれない。

「……ただ」

 アキラがボソリと言った。

「僕にとってはそんなことどうでもいいことなんだけどね。結局、リオンを治療してもらえないんだったら……」

 ……そうだな。たしかに彼らがどこかの世界からやってきたといったところで、それがどうしたって感じだ。俺たちがここにやってきたのはあのステファン医師にリオンさんの治療をしてもらうことだったんだから。

「このまま帰っても僕は何もしてあげられない。黙って彼女が死ぬのを待つしかない」

「……リオンさんはそんなに悪いのか?俺から見たら虚弱に見えるけど死ぬようには見えないが」

 白い肌はこのあたりの人たちの特徴だ。もちろんそれを差し引いても顔色は悪そうに見える。だからといって寝込んでいるわけでもないし、ちゃんと自分の足で立って歩けるくらいには健康なんじゃないか。

「今はまだいい。だけど体の中は病魔に蝕まれてる。僕はこの世界の病気について詳しくはないけど、このまま放っておけば間違いなく死ぬそうだ」

 アキラはうつむき、頭を振って答える。

 たぶんこの世界で手術で患部を摘出する技術を持っているのは別世界から来たステファン医師だけなのだろう。

「あとの医者は所詮、まじない師に毛の生えたようなもんだ。いつかはステファンの技術を受け継いだ医者があちらこちらの町に来るかもしれないけど、その時にはリオンはもう……」

「……本当に好きなんだな」

 俺がそう言うと

「当たり前だろ。そうでなければ結婚なんてしやしないし、子どもだって作りゃしないよ」

 地面に寝転がって顔を俺の反対側に向けた。……照れてる。

「彼女は……僕がひとりぼっちでこの世界に来たときに、一緒になって遊んでくれた。……話しただろう?領主の一人娘なのに全くのよそ者の僕を分け隔て無く扱ってくれたんだ」

「ニーナさんだって、君と遊んでくれたんだろう?」

 別の女性の名前を出すが何も返事が返ってこない。

「おい、寝たのか?」

 問いかけるが、やはり返事はない。寝息もいびきも立てていないから、たぬき寝入りだと思うがずいぶんあからさまだな。

 それにしてもこのままここにいても意味はない。明日の朝にはドライオンに戻ることになりそうだ。……俺も戻るか。

 少なくともあの砂漠にアキラを放り出すわけにはいかない。ちゃんとリオンさんの元に送り届けよう。

 もし、リオンさんが本当に死ぬことになるんだったら、最期くらいは一緒にいた方がいいんじゃないか?

「……明日、一緒にリオンさんのところに帰ろう。アキラ」

 横になっている彼が俺の言葉にピクリと肩を動かした。


 翌朝、トラックに変わった俺は元来た砂漠の道を逆方向に進む。結局、骨折り損だったな。

 アキラは帰りの道中のために買い込んだ食糧を運転席で食べはじめた。

「中を汚さないでくれよ」

「………」

 俺の言葉になんの反応も示さずただ黙々と食ってる。

 それにしても行きも帰りも空荷だなんて運送トラックとしてこんな屈辱はない。もっとも積んで帰るのは不可能だから仕方がないのだが。

 せめて医者くらい乗せるべきだったか。ちゃんと診療してもらって対策を立てることもできたかもしれない。だが、あのステファンがそこまでやってくれるとは到底思えない。まったく、いったいどうしてこんな世界にやってこなくちゃいけなかったのか。まだ前の世界の方が運送トラックとしてちゃんと仕事をやってた分、役に立っていたのにここでは、なんの役にも立っちゃいない。

 だけど、その気持ちはアキラの方が何倍も大きいだろう。


 ………体の中で少し異変を感じてきだした。ガス欠の感覚だ。

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