第34話

 俺のいた世界で歯車がどうやって発明されたのかは知らない。もしかしたら車輪とは違う発想で考え作られたのかもしれない。

 しかし、この世界に来て車輪だけでなくボールもないことは分かってる。だから円や球が転がるものは何一つ無いと思い込んでた。それが歯車とはいえ回して動かすものがあるなんて。


 アキラはなおもステファン医師に一緒にドライオンに来てほしいと懇願したが、ステファンの返事は変わらなかった。俺たちは医師の家を後にした。


「リオンをここに連れて来なくちゃいけないのかな……?」

 これはアキラの独り言で、俺に問いかけられてるわけじゃないことは分かっているが、

「止めた方がいいと思う」

 と、思わず答えてしまった。

 大通りに出てから俺を遠巻きに見てる人たちを観察してみると白い皮膚に紫色の大きな痣のようなものが見えてる人が何人かいる。

 おそらく手術自体は成功したが、二次感染を引き起こしたのではないか。一命を取り留めたのならそれでもいいかもしれない。だが意外と多くの人が感染症で命を落としてるのではないだろうか。

 リオンさんの病気がどれほどのものか分からないが、ここに命がけで連れてきて手術を受けるのはあまりにリスクが高すぎないだろうか。

 そう言葉を付け足すとアキラもとりあえず納得してくれたようだった。


「あのステファンとかいう医者はいつからここで診療しているんだ?」

 俺の質問を首をかしげてる。

「なんでそんなこと訊くんだ?」

「ちょっと気になることが……ね」

 俺は歯車の件をアキラに話した。もしかしたらこの世界では普通に歯車が存在しているのかもしれない。それならこの世界で十年生きてる人間に訊いたほうが早い。

「……つまりあの人も僕たちと同じく別の世界からやってきたんじゃないかってことか?」

 俺は首肯する。

 俺もたくさんの人を異世界に送り込んだがすべての人の顔を知っているわけじゃない。自動車ごと潰したり、家の中に突っ込んだり、谷底に落っことしたりしたこともあった。

 もちろん異世界に送り込めるのが俺だけとは限らない。俺を送り込んだ四トントラックもいるし、俺たちのいた世界からやってきたとも限らない。

 だが、あのステファンがこの世界に元からいたのでないとしたら、あの機械も医師として有名になるのも分かる。医療が未発達の世界で進んだ治療をして命を救えばそれは名を馳せるに決まってる。

 もちろん、それは悪いことではない。むしろ人の命を救っているのだからいいことだ。感染の危険はあるかもしれないが。

「ちょっとこの辺で聞いてみるよ」

 アキラはそう言って駆け出していった。


 アキラが言っていたホースリアスという都市ががなぜ砂漠の真ん中に作られたのか、その秘密を知るために都市の外に出てみた。その秘密はすぐに分かった。

 都市の南の砂漠のあちらこちらに火の手が上がっていた。

 これはよく分からないが油田か?とにかくこの地下から天然資源が産出されているんだ。だがドライオンやホースリアスを見てもそんなものが使われてる気配はなかったぞ。使われないものを採掘しても意味ないだろうに。


 ホースリアスの外れでアキラと待ち合わせる。

「やっぱり、あの人も突然現れたらしいよ。……意外と当たっているかもしれない」

 アキラは町の人たちから聞き込んだ話を聞かせてくれた。元々この町の人たちはオアシスからオアシスを旅していた部族だったそうだ。

 十年ほど前に砂漠に倒れていたステファン医師をはじめとした幾人かの人々を拾った。その人たちは砂漠から燃える空気を掘り起こし、それを使って灯りをつける機械も発明した。その機械を周辺の町に売り、そのお金でこの土地に根付いた。

「じゃあ、ステファンだけじゃなくて他にも別世界から来た人がこの町にいるかもしれないんだな」

 俺とアキラは薄暗くなったホースリアスの町外れで火を起こして暖をとりながら話し合っていた。

「採掘を引き受けて商売にしている商人や職人なんかはその可能性は高いだろうね」

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