第33話

「なんじゃ?どういう意味や?」

 ステファンは首を思い切り上に向けて俺を睨みつける。

「医者なら病気で苦しんでる人を助けるのが普通じゃないのか?あんたはそうする技術もやる気もあるだろう。ここから三日もかからない場所にいる病人になんの助けも与えられなくて胸が痛まないのかよ」

 ステファンが怒る俺を手招きする。またしゃがむと一気に上ってきて頭を杖でぶっ叩く。

「アホッ!医者にかてできることとできんことがあるわい!三日もかけんと辿り着けん場所になんぞ行けるか。医者かて人間なんじゃ、そんなことやったらこっちが患者になってしまうわ」

 俺の頭をガンガン叩きながら説教をたれてくる。俺のせいじゃねえだろ。

「それに手紙に書いてる通りやったらウチだけが行けば済むわけないやろ。お前さんの嫁さんは薬で治せるようなもんやない。設備がいるんやからな。それも一緒に運べる思うてるんか?」

 ステファン医師は俺から降りると手招きをする。

「どんだけの荷物になるか実際に見てみ」

 そう言うとあとはこちらを見もせずにズンズンと先へ歩いていった。

 俺とアキラは顔を見交わして互いに「どうする?」とアイコンタクトする。もっともアキラが俺の表情を読み取れるとは思わないが……。

「とりあえず着いていってみようか」

 アキラはそう言うとステファン医師の方へ向かって荷物を担いで駆け出していく。仕方がないから俺も着いていく。


 ステファンの行く先に土壁の家とその隣に家の縦横二倍はある木の小屋が建っていた。

 小屋の方は丸太を積み上げて組んだログハウスっぽい感じで扉の他には何もない面白味に欠ける建物だ。面白味に欠けるのは隣の土壁の家もいい勝負だが。

「ほれ、お前さんはこっちに入れ。そこのデカブツは入られへんからな。脇に空気を出入りさせる小窓があるから、そこから覗きや」

 建物に入れないのは分かっているからいちいちデカブツなどと言わなくていい。言われた通り土壁の家とは反対側に回り込んで小窓を見つける。そこから中を覗き込む………。何も見えない……。

「ちょう待っとれ。今、灯りを点けるからな」

 ステファンの声がする方に視線を向けるとカチャリという音とともに小屋の中が明るくなった。

 明るくなった小屋の中を見ると、中央に木でこしらえた大きな台と何に使うのか分からない機械。それに周辺の棚にはたくさんの器具が所狭しと並べられている。……これはもしかして手術室とかいうやつじゃないか?

 真ん中の台がベッドになってそこで手術をするのか。だが、こんなところで手術なんかできるのか?どう考えても滅菌処理された部屋には見えないぞ。

 もちろん俺たちの世界とは考え方が違って細菌に感染することをまだ知らないのかもしれない。だけど、こんなところでリオンさんを手術させることになったら下手したら死んでしまうかもしれないじゃないか。

「ウチがここで医者の仕事をはじめてから自分でこさえたりしながら、ちびちびと揃えたんや。どうや、これだけの設備をお前さんがたが運べるんか?」

 ステファン医師が悦に入ったように自慢する。

 ……それは無理だ。俺の積載量は二トンだ。もちろん積載オーバーしたことは何度かあるが、それにしてもこの小窓から見える機械だけでも二トンは軽くありそうだ。

 通常の舗装された道路ならともかく、あの砂漠の道を大荷物を積んで走ったらすぐにタイヤが砂に埋まってしまう。

 俺は「無理ですね」と、小窓から中にいる二人に告げる。

 ステファン医師は「そら見てみい」と言って小屋の灯りを消してドアから出ていった。

 俺も小屋の正面に回って二人と合流する。ニコニコと笑顔の医者と打ちひしがれた顔の患者の家族が対照的だ。

 アキラの気持ちが痛いほど分かる。ここまでやって来てなんの成果もないまま、帰らなくちゃいけないとなったらリオンさんたちに顔向けできない。

「なあ、本当にこれを運べないか?」

 俺に向かって訊いてくる。首を降るとよりいっそう落ち込んでる。


 ………それにしても気になることがある。……どうして車輪がない世界に歯車のついた機械が存在するんだ?

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