第32話

 あっという間に人がいなくなったホースリアンの街の中で途方にくれることになった。

「まあ、人に出会ったらその時に訊ねたらいいよ。歩いていれば誰かに話しかけることができるだろう」

 相変わらずアバウトだ。だけど俺がいるせいで人が近づいてこない気がするんだが……。

「それよりもそのリオンさんを助けてくれる医者の住所は分からないのか?たしか手紙のやり取りをしてたんだろう」

 アキラはその問いかけに肩をすくめて答える。

「この世界には住所なんてないよ。人が少ないから旅人に届け先の名前を告げれば探して届けてくれるんだ。だからここに着けばすぐに分かると思ったんだけどね」

 それを台無しにしてしまったわけだ。

「じゃあ、その医者の名前を呼びながら歩けば誰かが教えてくれるんじゃないか」

 苦し紛れの提案だったが意外にも気に入ったらしく

「それいいね!」

 と、言って

「医者のステファンさんのお宅を知りませんか?」

 大声で呼びながら歩き出した。俺もそれに倣うことにする。

「お医者さんいませんか?」

 だが、誰も教えてくれないし、近づいてもくれない。

「やっぱり俺が邪魔してるんじゃ……」

「気にすることないよ」

 アキラはそう言うがここで医者に会えなかったら来た意味がないだろう。

「俺は町の外へ行ってるからアキラ一人で探してくれ」

 俺が歩きだすと

「ウチになにか用か?」

 どこからともなく声が聞こえた。アキラに向かって

「何か言ったか?」

 と訊ねたら人さし指を俺の足元に向けた。

 指されてる方に視線を向けるとアキラの腰ほどの背丈の子どもが俺を見上げていた。

 白髪の髪の毛を一本の三つ編みにした頭に大きな黒目。口も大きい。白い飾り気のない服を着て木の棒を杖のように持ってる。肌も白いから、なんというか全体的な白さに黒目だけが異様に浮きだってる。

「今、ウチのことを知らんかと言うとったやろ?」

 その子は見上げたまま言った。……ああ、そうか。わざわざ来てくれたのか。

「ステファンさんのところのお子さんですか」

 俺がそう言うと、黒目を少し細めてちょいちょいと手招きをしてきた。それに従って膝をついてしゃがむと足から腕、肩とあっという間に頭まで上ってきたと思ったら、おもむろに俺の頭を持っていた杖でバッシーンと殴ってきた。

「なにすんだ!このクソガキ!!」

 痛みはないがいきなり殴られて気分のいいものじゃない。左手でガキを払いのけようとすると、奴は軽やかに避けて地面に着地した。

「ガキやないわっ。アホンダラ!ガキが医者なんぞできるわけないやろっ」

 着地して俺に杖を向けながら怒鳴る。……こいつが医者?

「なんか珍しいもんがやって来おったいう話やったから見に来たんやが。あんたらなにもんや?」

「あなたがステファン医師ですか?はじめまして、以前から手紙を送っているドライオンのアキラです」

 アキラは手を差し出してステファンに向かって握手を求める。ステファンはアキラを上から下にかけて何度も往復してなめるように見ると

「あんたがあの非常識な手紙をずっと送ってきよった男か。……やっと患者を連れてくる気になったんやな。で、どこにおるんや?」

 キョロキョロと周辺を見回してる。

「患者はあんたの奥方やと聞いとったが……まさかコレやないやろな?」

 年齢不詳の医者が俺を杖で指す。

「妻は連れてきていません。手紙で書いた通りです」

「なんじゃと!?」

 杖で俺の脚をカンカンと叩きながらアキラに怒りをぶつける。だったらアキラを叩けよ。いや、痛くはないけど。

「医者のところに患者を連れてこん奴がおるか!患者がおらんのにどないせえっちゅうんじゃ!?」

「ですから手紙に書いたはずです。ぜひドライオンに往診しに来てください。そのためにお迎えに来ました」

「そんな遠くの町に往診なんぞできるか!この町にも患者がたくさんおるんじゃ。それを見捨てろっちゅうんか?」

「こんな遠くの町に連れてこれないほど具合が悪いんです。あなたも医者なら、そういう患者がいるのも分かるでしょう」

「それやったら自分の町の医者に診せたらええやろ。なにもこんな砂漠のど真ん中の辺鄙な町医者になんぞ頼ることはあらへん」

「あなたじゃなくては無理なんです。あなたほどの高名な医者でなくては。主治医も同じ意見です」

「そんな世辞言うてもなんもでえへんぞ。とにかくいねや。患者がおらへんのやったらなんの治療もでけへんからな」

 ステファンはそう言うと俺の脚を最後にカーンッとぶっ叩いてから立ち去ろうとする。

「ちょっと待てよ。あんたそれでも医者かよ!」

 思わず叫んでしまった。

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