第29話

 オアシスから出ると真っ先にアキラが休んでいるはずの岩を見る。あの陰で休んでいるアキラは今は一滴の水もない。急いで戻らないと。

 元来た道を駆けて戻ろうとした時、さっきの岩が動いた気がした。

 ………?

 いや、岩が動いてるわけじゃなさそうだ。むしろその岩陰が動いてる気がする。

 岩陰から尻尾のようなものが出てくるのが見えた。その尻尾の付け根からさらに太い足が生えているのが見える。

 見た感じはトカゲのようだ。だが、この距離でその姿が解るのだから、その大きさは普通のトカゲのそれとは違う。

 ちくしょう!昼間は地表に出ないんじゃなかったのか! ?

 アクラサスの剣を持っているアキラにはあんな化け物は敵ではないだろう。だが、今の彼は暑さにあたって意識があるか分からない。

「くそったれぇェェェェェェ!!!!!!!」

 俺は五個の水筒を放り投げ、一目散に駆け出す。

 俺の視点が突然、低くなる。手足の感覚がなくなり、体が開くような感覚が襲ってくる。

「……なんだ?……なにが起こってるんだ?」

 俺の誰にともなく疑問を叩きつける。一刻も早くアキラの元に駆けつけないといけないのに走ることができない。


 ……気がつくと懐かしい姿に変わっていた。

 不安定な二足歩行ではなく、前輪二輪、後輪四輪の安定したボディ。荷台には銀色のアルミコンテナ。黒のサイドミラーにフロントガラスにワイパーも装備されている。

 この姿でなくなってから二日ほどしか経っていないがもう数十年経ったと思えるほど懐かしい。

「走れるのか?」

 ロボットの時は自分自身の意志で動くことができたが、トラックではドライバーが動かさなくてはいけなかった。この姿に変わったとしても動けなければ意味がない。

 エンジンを空ぶかししてみる。排気マフラーから大量の黒煙があがる。大丈夫、俺の体は俺の意志に従ってくれている。

「行くぞ!」

 六つのタイヤが回り、固く均された道を走りはじめた。固く均されたといっても、元々は砂地だ。舗装された道路ほど走りやすくはない。それでも二足歩行に比べれば圧倒的に速い。三十分かかった道を三分半で戻ることができた。

 クラクションを鳴らし岩陰の向こうにいる巨大なトカゲの注意をこちらに向ける。俺は岩陰をドリフトで回り込む。トカゲの全貌とその足元で延びているアキラの姿が見えた。よかった、まだ食われてはいない。

 ビックリしたトカゲはアキラから離れて逃げだそうとする。俺はトラックの体をトカゲの右半身に向かって思いきりぶつけた。

 撥ねられたトカゲは十数メートル吹っ飛んで頭から落ちた。そして身動きひとつしなくなった。

 俺はブレーキをかけ停車する。アキラに視線を向けると延びてはいるが意識はある。彼はか細い声で

「………やっぱり」

 と言った。


 アキラが力を振り絞って自力で運転席に乗り込んだ。乗ったはいいが、まともに座ることもできないので、そのままゆっくりとオアシスまでの道をまた走り出した。

 エアコンをかけて車内を冷やす。もっとも涼しくなるまでにオアシスに到着してしまいそうだが。

 俺もアキラも無言だった。何を話していいか分からないからだ。

 オアシスに着いても気を失っているのか、無言のまま運転席に座り込んでいる。

「アキラ、起きてるか?」

 運転席に俺の声が届いているか分からないが、とりあえず声をかけてみる。……返事がない。まさか死んでるんじゃないだろうな?

「おい、大丈夫か!?」

 再度、声をかける。……やはり運転席には聞こえないか。

「……聞こえてるよ」

 ボソリと運転席から声が聞こえる。どうやら生きてくれてたようだ。アキラは冷えた車内で軽く伸びをすると運転席のドアを開けて外に出た。

 外に出たアキラは俺の姿をジッと見つめたまま、しばらく動かなかった。俺はロボットの姿に戻ろうと思ったがなんとなく戻る雰囲気ではなさそうだ。

 やがて、アキラはしゃがむと俺のバンパーを右手でなでる。

「……さっきの砂漠のトカゲヴュステアイデと同じように僕を轢き殺したんだな」

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