第22話
痛いところをつかれる。もちろん彼女は俺がアキラを送った張本人だということは知らない。俺もアキラと同じ異世界に転生してきた仲間だと思いこんでいる。それはそれで間違いじゃないが……。
「あいつは自分でできることだったら自分でやってるわ。それが無理だからあなたの力が必要なのよ。そりゃ領主の仕事はリオンに任せっぱなしだし、時々食事をよそる程度のことだってサボるけどさ。……でも、必ずやる時はやる奴だから。信じてあげてほしいの」
こんな話を聞かされて「好きじゃない」って言う方が無理だろう。
「……分かった。ニーナに免じて話だけは聞くよ。でも、それ以上は約束できない」
俺は根負けして承諾する。
その日の夜遅くアキラがやってきた。ニーナも連れて来ずにたった一人で湖の畔に歩いてきた。
「………」
来たのはいいが話しだそうとしない。こちらに目を合わせずにただうつむいて黙り込んでる。
すすで汚れているところをみると、おそらく昨日と同じ麻の服なのだろう。まあ、着替えなんて同じように汚れてしまってるだろうけど。
昨日と違うのは腰に例のアクラサスの剣を差していないところか。
「タルモさんやニーナには謝ったのかい?」
十分以上は黙ったままだからさすがに業を煮やして、俺から声をかける。彼はコクリと頷いただけで、まだ黙ってる。
本当かどうか疑わしいけど一応信用しよう。
「俺に何かやってほしいことがあるんだろう?……やると約束はできないけどニーナに頼まれたからね。話だけは聞くことにするよ」
うつむいていたアキラが顔を上げた。唇を噛み締め、睨みつけるようにこちらを見てる。
そして、右手をこちらに向けて
「そのマークは自動車メーカーのマークだよね?」
俺の胸に付いているメーカーのエンブレムを指さした。
この姿になってから自分のことをちゃんと見てなかったから、そんなものが付いてるなんて気がついていなかった。
「それがどうかしたのか?」
俺も自分の胸のエンブレムをさして聞き返す。
「……僕がこの世界にやってくるきっかけの話しはしたよね?トラックに轢かれて気がついたら、あの丘の上に寝ていたって」
俺は黙って頷く。………もし、俺に心臓があったらとんでもない脈拍数になっていたと思う。
「僕は自分を轢いたトラックをよく覚えてる。車の形もナンバープレートの数字も。そして、トラックの前面に付いていたメーカーのマークも……。そう、そのマークを僕ははっきり覚えてるんだ」
アキラは指と目をエンブレムから離さずにそう言った。
「どうして君の胸にそんなものが付いてるんだ?……僕と同じ場所に転生してきたのはなぜなんだ?教えてくれよ」
こいつ薄々だけど気がついてる。確証がないから今まで黙っていたんだ。
「……それがどうしたんだ?俺になんの関係があるんだ。……そもそも、そんなことを言いたくてあんなことをやったのか?」
………また沈黙。
「あの日……僕を轢いたトラックに聞きたいんだ。どうして僕を轢いたのか?どうして死ぬんじゃなくてこの世界に飛ばされたのか?どうして僕を家族から引き離したのか?」
「……知らないね。俺はトラックなんかじゃない。君の言う感情のないロボットだ」
やっと喋ったアキラの疑問の答えは俺も知りたい。どうして俺にそんな役回りを与えたのか。アキラだけじゃない、他の人たちを家族から引き離して異世界に送るどんな正当な理由があったのか。……だから、俺には答えることができない。
「僕はこの世界に来て今は新しい家族がいる。……この家族はなんとしても守りたい。一人も欠けることなく僕の命が尽きるまでだ。だから、そのためにはなんだってやる」
「……?」
「リオンを助けるために一緒に旅をしてほしい。医者と設備をこの町に運ぶために、君のトラックとしての力が必要なんだ。この世界の家畜、トルマの轢く荷台じゃそんなに大掛かりなものは運べはしないんだ。その姿は仮の姿なんだろう。トラックに戻ることができるんだろう。だったらトラックとして僕らの力になってくれ」
「君がさっきから何を言っているのか分からないし、君の家の事情は俺には関係がない」
俺は話題を変える。そうしないとつい喋ってしまいそうになるからだ。アキラはこの世界に送り込んだトラックを憎んでいる。そして俺がそれだと決めつけている。証拠があるわけじゃない。その証拠をこれからの旅で見つけるつもりかもしれない。
アキラが本心で俺の助けを求めているのかも怪しいものだ。俺をテストするためにその大事な家族を危険に合わせたのだ。簡単に信じられるものか。
一緒に旅をする途中で俺を殺すことだって考えているかもしれない。アクラサスの剣なら俺を破壊することだって容易いのだから。のこのことトラックの姿に戻ったところをバッサリ。……なんてことにもなりかねない。まあ、本当にトラックに戻れるのかも分からないが。
とにかくこれ以上アキラたちのそばにいるわけにはいかない。彼をこの世界に送りこんだ罪悪感はあるが、それだって命令されてやったことだ。すべての責任を負わされるのは理不尽だ。そのために殺されなくちゃいけない理由はない。
どこにいくあてがあるわけじゃないが、一人で砂漠を越えて旅をすることだって悪くはないだろう。少なくとも殺される恐れはない。
そうと決まればここに長居する理由はない。俺は寝る必要はないのだからこのまま旅立っても構わない。俺は立ち上がる。
「役に立てなくて申し訳ない。大変だとは思うがなんとか頑張ってくれ。それじゃあ」
そう言ってこの町から出るために歩き出した。
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