第11話

 疲労が高まったリオンを馬だが牛だか分からない家畜の背に乗せてニーナたちが帰って行った。

「鍋は明日取りに来るからそのままにしといて」

 そう言っていたが……腐らないかな?

 ……アキラがこの世界に送り込まれた理由はこれだったのか?この町「ドライオン」を救うことが。そのために彼はおそらく「アインサ」の町の人を殺したのだろう。あのアクラサスの剣という物体を分子レベルで破壊できる武器で。

 それが神だか悪魔だかが望んでいたことだったのか?まだ年端もいかない子どもに人殺しをさせることが。そして俺がその片棒を担ぐことも。

 たしかに今は若いながらも家族を新たに構えることができているが、それは以前の世界の家族と切り離されてでも手に入れさせなければいけないものだったのだろうか?

 アキラだけじゃない。十年間で俺が送りこんだ人は両手の数じゃ足りないくらいだ。みんなこの世界に来ているのだろうか?それらしい人は見当たらない。他の異世界に送られたとしたら、その人たちもアキラと同じように人殺しをさせられているのだろうか?……俺はどれだけの罪を背負ってしまったのだろうか?


 湖の畔で一晩、ずっと考え込んでいた。今までだったらエンジンを切れば意識がなくなるから一晩中なにかを考え続けるなんてことはなかった。今はどうやってエンジンを切ればいいかわからない。もっとも切ることができてもまたエンジンをかけることができるとは思えない。

 朝になって、鍋を取りに来るとは言っていたが持っていってあげてもいいだろう。そう思って料理の残っている鍋と空の鍋を荷台に乗せて持っていくことにする。最初は持ち上げようと思ったが、底がつるつると滑るので持ちにくい。結局、紐を持って引っ張ることにした。

 町の中心に近づくにつれ騒がしく感じる。町の人達は一晩経った今では俺のことなど見向きもしない。なのに、妙にざわついている。

 アクラサスの剣を腰に下げ、なにか槍のようなものを持っている若い男たちが領主の屋敷の方に向かっている。

 屋敷の前に着くと大勢の人たちが集まっている。ほとんどが若い男か老人と言っていい年齢ばかりだ。いわゆる壮年という年代の男たちは見えない。おそらく先の戦で亡くなってしまったのだろう。

 しかし、これでは中に入れないな。なんとかニーナにこの鍋を返したいんだけど。

「ロボット!」

 突然、大声が俺を呼び止めた。見ると集団の先頭にいたアキラが俺をみつけてこっちに来いと手招きしている。すると集まっていた人たちがモーセの十戒よろしく左右に分かれて道を作ってくれた。

 仕方がないので荷台を引っ張りながらアキラの元に行く。

「いったいなんだ、この騒ぎは?」

 アキラのそばに着くなりそう訊ねた。

「うん、ちょっとな。……よかったら、君も手伝ってくれないか?」

 やがて、一人の口ひげをたっぷりと蓄えた長い白髪頭の男性が屋敷から現れた。そばには昨日あったリオンがいる。……あの人がリオンの父親でこの町の領主、ヴァルヴィオなのか。

「朝早くに集まってもらってすまない。……実は私の孫のタケルとトピが何者かに誘拐されてしまったのだ」

 ヴァルヴィオの言葉に集まった男たちの間で小声で私語がはじまる。昨日、会ったあの子たちがさらわれた?

「昨夜、両親が外出したおりに探しに家から抜け出したようなのだ。その後『子どもたちをあずかった』という手紙が舞い込んできた」

 アキラもリオンも湖の畔で俺とニーナと一緒にしばらくいた。その時にいなくなったのか。

「あの子たちはまだ字を満足に書けないから二人のいたずらだとは思えない。何者かが関わっていることは間違いない」

「誘拐したものたちは何かを要求してきてるのですか?」

 集まっている男たちの中から声がした。かなり若い男だ。アキラと同じくらいか?

「………要求は何もない。……ただ『血で受けた怨嗟には血で報いを』と最後に結ばれていた」

 たっぷり逡巡したあとでヴァルヴィオは答えた。

 どういう意味だ?俺の疑問をよそに男たちからは「アインサの奴らだ」「あいつらまだ恨んでいやがるのか」「生まれてなかった子どもには関係ないだろう」と口々に非難の言葉が上ってくる。

 先の戦で戦ったアインサの町の人がタケルとトピを拐ったのか?丘の上からみれば同じオアシスの中にあるように見えるが実際の距離はかなり離れている町だぞ。それこそ車でもなければそう簡単には行き来できないんじゃないか。

 ヴァルヴィオが両手を上げてざわつきを制した。

「まだアインサの仕業だときまったわけではない。それよりも金や食料を要求してきているわけでないから、孫たちの身が心配なのだ。すまないがあの子たちを探し出してほしい」

 壇上から頭を下げた領主に向かってまた別の男が問いかける。

「なにか手がかりになるようなものはないのでしょうか?」

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