第10話

「ドライオンの人たちもいくら戦う人間が足りないからといっても自分たちの子どもを使うのはしのびなかったのでしょう。アキラはわけもわからずに引っ立てられ武器を持たされ戦場に立たされました」

 そんなことになっていたなんて知らなかった。俺は「使命」だからと何も考えずに役目を果たしていた。その使命が戦場に子どもを送りだすことだったなんて……。

「彼に渡されたのは短い刃のアクラサスの剣が一本だけでした。いくら破壊力が高い剣とはいえ十歳にも満たない子どもが振りまわせる剣で何ができるというのでしょう。私もニーナももう彼と会うことはないだろうと思っていました」

 リオンの言葉にニーナがゆっくりとうなずく。

「……だけど、あいつは戻ってきた」

 ニーナの言葉に今度はリオンがうなずき返す。

「戦場の様子は町の奥にこもっていた私たちにはわかりません。ただアキラが行った後も他の子どもたちが次々と町からいなくなってしまいました。このままでは、いずれ私たちも戦わなくてはいけないのかと暗澹たる気持ちでいました。ですが……」

 リオンの言葉が途切れる。ニーナが彼女の肩を抱いて

「疲れたんじゃない?」

 と、訊ねる。しまった、リオンは医者に見せなければいけないほど体が弱かったんだ。

「すみません、リオンさん」

 俺が謝ると彼女は軽く首を横に振る。

「いえ、大丈夫です。話を続けますね。……町の子どもたちが戦場に出立する日に突如、戦の終結が領主である父から宣言されました。アインサの町との和解が成ったのです。どうしてそうなったのかはわかりませんが、とにかくもう戦いに怯えなくても良くなったのです。そして彼も戦場から戻ってきました」

 ニーナがアキラが使っていたのとは別のお椀(おそらく俺のためのもの)に煮物の汁を少し入れて彼女に差し出した。リオンは「ありがとう」と言って少し口をつけた。

「数日ぶりに見た彼は別人のようでした。見知らぬ世界に突然放り込まれておどおどしていた九歳の少年の姿はどこにもありませんでした。薄汚れていたけど、自信に満ちた誇らしげな顔立ちが印象的でした」

「わたしは以前のあいつの顔が好きだったけどね」

 ニーナが話しに割り込むとリオンは短くうなずいた。

「私もそう。あの頃の彼の顔は可愛かったと思うわ。……ですから、戻ってきた彼から距離をとっていました。それから三年後に父からアキラと結婚するよう言われました。後に彼から聞いたのですが彼の世界では十二歳はまだ子どもの年齢だそうですね」

 俺はその言葉を肯定する。たしかそれくらいの歳で結婚することはできなかったはずだ。

「父があの戦からアキラを高く評価していたのは知っていました。子どもは私しか育ちませんでしたから男の跡継ぎがいません。彼ならこの町の領主として立派にやっていくと思っていたみたいです」

「そこんところはヴァルヴィオ様も外されたわね」

 ニーナが茶々を入れる。それを無視してリオンは話を続ける。

「正直、乗り気ではありませんでしたが父の意向に逆らうことも考えていませんでした。それから数カ月後にアキラと私は結婚しました。最初のうちは彼も仕事を覚えようとしていたのですが、男の子が生まれてからはそれもしなくなりました。

「幸いにして私たちの子は大病を患うことなく育ってくれています。それだったらタケルかトピのどちらかを跡継ぎになって私が摂政として議会への仕事を行えばいいと思っていました。ですが、私の方が病に冒されてしまったのです。

「それでまたアキラが領主の仕事をしてくれると思っていたのですが、彼は私をなんとかして治そうとすることばかり考えています。最近になってこの砂漠の先にある国に高名なお医者さまがいらっしゃるということがわかりました。彼と父はなんとか来てほしいと手紙を出したのですが……」

 さっきアキラが言っていたことだ。医者からは「連れてこい」としか返事がかえってこなかったのだ。

「私は諦めています。ですから彼に父の跡をついでほしいと思っているのですが、この話をすると先ほどのようにケンカになってしまって。お見苦しいところをお見せしました」

「わたしもアキラと同じで諦めたわけじゃないからね。ただあいつが仕事をしないでほっつき歩いているのが我慢ならないだけだから」

 ニーナの言葉にリオンが微笑んで

「本当ならあなたとアキラが結婚するべきだったと思うわ。……彼のことが好きなんでしょう?」

 そう切り出した。ニーナは顔を赤らめて否定する。

「……ば……バカね!そんなわけないじゃない。わたしはあなたよりもあいつとケンカしてるのよ!………リオン、あいつのことが嫌いなの?」

 リオンは頭を振って答える。

「今は大好きよ。あの人が私のことを好きでいてくれているのは分かるし、それが嬉しい。……だから、ケンカだってするの。あなたと同じよ」

「だから、わたしはそういうんじゃないってば!」

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