第9話

「先に帰ってる。……リオンを送ってやってくれ」

 そう言うとリオンには目もくれずに湖を後にした。

「ちょっと、あんたが一緒に帰りなさいよ!」

 ニーナが彼の背に向かって叫ぶがアキラは振り返りもしなかった。

「申し訳ありません、鉄の人。普段はお客さまをないがしろにする人ではないのですが、私がここに来てしまったばかりに機嫌をそこねてしまったようです」

「すねてるだけよ」

 リオンの言葉にニーナが付け足す。

「えっと、それはいいんだけど、話を聞いているとリオンさんは病気なんじゃないの?こんなところにきて大丈夫なの?」

 俺は弱々しく立っているリオンを気遣う。

「ありがとうございます。私は大丈夫です。それよりもあなたのお話を伺いたくてここまで来てしまいました。ご迷惑ではないでしょうか?」

 俺は「とんでもない」と返す。リオンはニコリと笑顔を向けてくる。

「あなたはあの人と同じ世界からやってきたというのは本当でしょうか?いったいどんな世界なんでしょうか?」

 俺はなにを話そうかと考えた。俺がやってきた世界とこの世界はかなり違う。

「リオンさんはアキラからどんな世界だと聞いているんですか?」

 俺の問い返しにリオンは静かに微笑む。

「あの人はほとんど語ってくれません。それでも子どもの頃は話してくれたんです。サッカーという遊びがあることも聞きました。ボールとかいう……こういう風なものを蹴って遊ぶそうですね」

 彼女は両手で丸いものを持っているようなジェスチャーをする。車輪もないのだからボールのように転がるものもないのか。もし、ボールが発明されていたら車輪だって作られていたかもしれない。

「言ってる意味が全然分からなかったね」

 ニーナが合いの手をうつ。それじゃなおさら説明が難しいな。実際に見ながらだったらわかりやすいんだろうけど。

「それよりもさっきアキラが話しかけてくれたんですけど、彼はここに来てからなにがあったんですか?子どもの頃にあなたたちと遊んでいたと言ってましたけど」

 俺が訊ねると二人は渋い顔をした。言いづらいことなんだろうか。

「……あいつが来てしばらくしてから、戦が起こったのよ」

「いくさ……戦争だね。いったい何処と?」

「二つ向こうのアインサの町とだよ」

「……この町って三つの町で一つの国を作っているんじゃないの?たしか代表が集まって合議制の政府を開いているって言ってたけど」

「それは戦が終わってからのことだよ。それまではそれぞれが好き勝手にやっていたから小競り合いは日常茶飯事だったんだ。まあ、政府を作ってもそこでまたいろいろと揉めてるみたいだけど」

 ニーナが吐き捨てるように言うとリオンが

「今となってはなにが戦の元だったのか分かりません。アインサの町の人が私たちの町の保管していた食料を盗んだとか、私たちの町の男たちがアインサの町の女の人を襲ったとか……。とにかくある日、私たち子どもの知らないうちに戦いが始まってしまったのです」

 と、補足してくれる。

「ツヴァルフの町も間に入ってなんとか穏便に解決しようと取りはからってくれたようなのですが、感情的になった二つの町から糾弾されて手を引かれてしまいました。そのために歯止めがきかなくなったアインサとドライオンの戦いはひどくなっていきました。

「それでも最初のうちは戦っていたのは大人たちだけだったのですが、次第に子どもたちまでも戦場に駆り出されるようになりました。それでまっさきに連れて行かれたのがアキラなのです」

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