第8話

「こいつの作る煮物は絶品だよ。前の世界でもこんなの食べたことないもの」

「お世辞はいいわよ。そんなことよりいつまでここにいる気なの?」

 スプーンのような先が平べったい串を使って煮物の中に入っているよくわからない野菜を頬張りながらアキラが答える。

「もうしばらくいるよ。リオンの機嫌が治まるまで時間がかかるだろうし……」

 その答えにニーナは深いため息をつく。

「……あんたの気持ちもわかるけど、少しはリオンの気持ちも察してあげなさいよ。あの子は昔からあんたのことが好きだったんだから。……それに子どもたちから引き離すのも可哀想じゃない」

 アキラはそれに答えずに煮物の汁をすする。

「それにそんなことになったら、あの子がやってる仕事はどうするの?あんたが替わりにやるの……。っていうより本当ならあんたがやらなくちゃいけない仕事なんじゃない」

「………」

「腕のいい医者のいる町に行くためにこの砂漠を越えなくちゃいけないのよ。体の弱いあの子が道中を無事でいられる保証だってないのよ」

「……だったらそのまま放っておけって言うのか?」

 お椀を口から離すとニーナを睨みつけてアキラが問い返す。

「そうは言ってないじゃない!わたしが言いたいのは……医者の方を連れてくることはできないの?ってことよ」

「それは考えたしヴァルヴィオ様も使者を送った。だけど返ってくるのは『連れてこい』の一点張りだ。治療に必要な機材を動かすことができないんだってさ」

 アキラは吐き捨てるように言う。

「だからって……」

「ニーナ、もうその辺にしてあげて」

 ニーナの背後から声がかかる。

「「リオン!?」」

 二人は驚いて声のする方に向く。そこには頭に白い布を巻いている色白の女性が立っていた。アキラは持っていたお椀を落としたことにも気がついていない。ズボンの裾とサンダルに煮物の汁の汚れがつく。

「どうしてこんなとこに来るのよ。なにかあったらどうするの?」

 ニーナが駆け寄りリオンの肩を抱く。

「大丈夫よ。今日はケンカできるほど調子がいいんだから。……ああ、この方が噂の『鉄の人』なのね。はじめまして、アキラの妻のリオンと申します」

 リオンは俺に向かって腰を落とし頭を下げる。これがこの世界の本来の挨拶なんだろう。……そうか噂になってたのか。まあ、異分子が入ってくれば話題にならない方がおかしいか。

「アキラ、私はこの町を出るつもりはありません。もし、それで死ぬようなことがあったら天命だと思って諦めます」

 リオンはアキラに向き直るとハッキリそう告げた。なんとなく状況がつかめた気がする。

「……絶対死なせない」

 アキラはそう言うと落ちていたお椀を拾い上げてニーナに手渡した。

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