第5話

 そんなことを考えていたら周囲がワラワラとざわつきだした。なにごとだ?俺を見て驚いてるわけでもないだろうに。

 辺りを見回すと突然、アキラ目がけて何かが飛んできた。彼がそれをサッと避けると、その物体は俺の脚にコツンと当たった。

 ……鍋!?

 足下にコロコロと転がったそれはどう見ても金物の鍋にしか見えない。どうしてこんなものが飛んでくるんだ?

「アキラ!あんたまた変なもの拾ってきたのね」

 鍋が飛んできた先を見ると黒髪を後ろにまとめあげた女の子がこちらを睨んで突っ立っていた。……変なものって俺のことか?

「コラッ!ニーナっ。何度言ったら分かるんだ。アキラ様と呼ばないかっ!」

 タルモさんがその女の子に向かって大声で叱る。ニーナと呼ばれた女の子はタルモさんを無視して大股でこちらに近づいてきた。

「『様』を付けて呼ばれたかったら、ちゃんと領主の跡継ぎの自覚を見せなさいよっ!なにもかもリオンに押しつけて」

 ニーナはアキラに罵声を浴びせる。痩せっぽっちなのに元気がいい。

「僕は呼び捨ての方が気楽でいい。仕事だってリオンがやってくれるって言うからやってもらってるだけだ。押しつけているわけじゃないよ」

「リオンだって子どもたちの世話があるの。体だって丈夫じゃないし。あんたが本来やるべき仕事をやってる余裕なんてないのよ。いつまでも遊びほうけてないで、ちゃんとやりなさいよ!」

 話が全然見えない。アキラとニーナは俺の足下で怒鳴り合いのケンカをしている。いったいなんなんだ?

「……ところで、これはどうしたの?いったい何なのこれ?」

 ニーナが腕を上に伸ばして人さし指で俺を指さす。

「ロボットだよ。僕と同じで異世界からやってきたんだ」

 アキラは、まるで自分の手柄のように胸を張って応える。

「………何に使うの、これ?……まさかまたいくさに行くんじゃないんでしょうね!?」

 俺を胡散臭げに見上げながらニーナはアキラを問いつめる。

「ただの僕の客人だよ。彼がやってきた世界の話しを訊きたいし、この国のことも話してあげようと思って」

「何よ。こいつ、喋れるの?」

「はい、喋れますよ」

 俺が突然、話し出すとニーナや周囲に群がっていた人々が一斉に驚いてる飛び退いた。アキラはその様子を見てケラケラと笑っている。

「だから話ができるって言っただろう。とにかくどいてくれ。客人をうちに連れて行くんだから」

 そう言ってアキラは俺を連れて歩き出した。ふと見るとタルモさんは俺たちについて来ない。

「ああ、タルモはニーナの父親だからね。たぶん説教をするために残ったんだよ」

 あの二人は親子だったのか。

「説教って?」

「領主の女婿じょせいに対する口の利き方がなってない、とかそんなことじゃないかな」

「……君は結婚してるのか!?」

 意外だった。彼をこの世界に送った時はどう見ても小学校低学年だった。それから十年だからまだ二十歳にもなっていないんじゃないか。

「してるよ。さっきあいつが言っていたリオンが僕のお嫁さんだよ。双子の子どももいる」

 ……そうか、ここに送られて辛いことばかりじゃなかったんだな。少しホッとする。

「それであのニーナって子はなんで怒っていたんだ?そもそも領主の跡継ぎってどういうことだ?」

「それは後でゆっくり説明してあげるよ。ほら、あれが僕が住んでいる屋敷だよ」

 アキラが指さす方向を見るとひときわ大きな石造りの建物が見える。いや、俺の高さからだと結構前から見えていた。だが彼の位置からだと今、見えはじめたらしい。

 たしかに大きな屋敷だが、それでも俺が入るには狭すぎる気がする。まずあの門を通過することができるのか?

 その門から小さな人影が飛び出してきて驚く。……ああ、そうだ。もうトラックじゃないから飛び出してくる人を轢く心配はないんだった。小さな二つの人影はアキラに向かって飛びつく。

「「おかえりなさい、お父様」」

 同じ顔をした小さな子どもたちは、父親にむしゃぶりついた後に俺のことに気がついて目を見開いて後ずさりしだした。二人とも怖がっているのが分かる。さすがにもう慣れた。

「ただいま、タケル、トピ。ほら、お客さんにご挨拶して」

 アキラは双子の背を押して挨拶を促す。

「無理させることないよ。……こんにちは」

 俺から挨拶をすると二人とも無言で頭を下げる。

「さあ、中に入ってくれ」

 アキラが先に進むが俺は

「いや、俺の体じゃ無理だろう」

 と拒絶する。実際、双子が出てきた門扉は俺の横幅の半分くらいしかない。塀は俺の肩ぐらいの高さまであるから乗り越えることも難しい。

「そうか、困ったな」

 こいつ自分の家の門の大きさがどれくらいか分かってなかったのか。

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