第3話
俺が立っている場所はどこかの小高い丘の上らしい。見晴らしがいい上に俺の背丈が上乗せされるとかなり遠くまで見通すことができる。
この草原の丘の下には周囲を囲むように三つの湖が見える。その湖の向こうにそれぞれ町のような集落が点在している。町の向こうには荒涼とした砂漠が広がっていて、その先はわからない。どうやらここは砂漠の中のオアシスらしい。
さて、俺はこの先どうしたらいいんだろう?
三つの町のどこかに行くべきか?それとも人目につかないように隠れていた方がいいのか?こんな鉄の体を見ても驚かない人たちだろうか?いや、そもそも人が住んでいるのか?俺のような鉄の人間かもしれない。
……まあいい。とにかく自分の姿をちゃんと知るためにも湖まで降りていってこの体を水に映して見てみよう。俺は二本の脚で歩き始めた。
人間が歩いている姿は何度も目の当たりにしているから歩き方はなんとなくわかる。見よう見まねでやってみるが意外とスムーズに歩ける。
だが、二本の脚で歩くというのはまどろっこしい。タイヤで走る方が楽だし速い。犬や猫のように四本脚で走るのも速そうだ。人間ってやつはよく二本脚で歩けるものだ。
丘を下りる途中で声が聞こえてきた。人間の男二人のようだ。ふもとから上ってきてくる。どうする?どこか隠れる場所はないか。いくつかの岩場はあるが、俺の体を隠せるようなところは一つも無さそうだ。
そうこうしているうちに声の主たちの姿が見えた。一人はかなり若い。いわゆる青年と呼ばれる年齢だろうか。肩まで伸ばした髪をわずらわしげにかきあげながら、もう一人の初老の男に向かって怒鳴っている。
二人とも同じような麻の服を着てなにか棒のようなものを腰に差してる。似たような格好をしてるが顔立ちは似ていない。青年は漆黒の髪に少し浅黒い肌。顔は平坦で日本人のようだ。背丈は初老の男よりも頭一つ分低い。年上の男の方は白髪交じりの黒髪だが、肌は抜けるように白い。遠目でよくわからないがもしかしたら目の色は青いのかもしれない。顔の彫りも深く日本人ではなさそうだ。家族ではないのか?
青年の方はもう一人の方ばかり向いているのでこちらに気がついていないが、白髪交じりの初老の男は俺の存在に気がついた。
声を出せずに立ちすくんでいる連れの態度に気がついて、青年がこちらを向く。彼も同じように驚くかと思ったが予想外の行動に出た。
「……ロボットだ!」
青年は俺に向かって駆け出そうとしたが、連れに腕をつかまれ引き戻される。
「アキラ様。お下がりください。もしかするとドワーフの手のものかもしれませんぞ」
男はそう言って青年を自身の背に隠して腰のものを抜く。抜いた棒の先が日差しを受けて鈍く光る。刀のように銀色だが少し違う。刃のようなものが見えない。ただの銀色の棒のようだ。
その棒を両手に握ってこちらに対峙する。勇ましいが、足が震えているのがここからでも分かる。こういう場面に出くわしたことがないのかもしれない。
……困った。俺もこんな場面に出くわしたことがない。とにかく戦う気はない。戦意がないことをどうすれば伝えられるのか?
「タルモ。こいつはドワーフじゃないよ。奴らにこんなロボットを作ることができるとは思えないもの」青年が震えている男の肩に手をおいてなだめる。そして俺に向かって「君は誰だい?僕の言葉が分かる?」
と問いかけてきた。俺は首を縦に振る。
「よかった、喋ることはできるかな?」
……喋る?そんなこと「意識」が芽生えてからもできたことがない。何度も俺を運転してくれたドライバーに向かって語りかけようとしたが、彼らは一度も俺と会話ができなかった。そもそもトラックに話しができるわけがない。
だが、今の姿形がトラックでなくなった俺ならできるかもしれない。思い切って声をだそうとしてみる。
「………は……はい」
声が出たのだろうか?目の前の男二人の様子からどうやらうまくいったことが分かる。青年が俺に向かって歩き出す。
「僕の名前はアキラ。君の名前は?」
アキラという青年は俺の名前を訊いてきた。……名前?そんなものあったか?ドライバーの何人かは俺のことを「相棒」と呼んでいたがあれは名前ではなかろう。
「名前は……ない」
正直に答える。そんなもの必要はなかったから。
「君はどこから来たの?」
後ろの男が心配そうにアキラと俺を交互に見ているが、アキラは気にせず俺に近づきながら質問を続ける。
「別の世界……からだ」
そんなことを言っても分かってもらえるだろうか?俺の危惧をよそにアキラは目を見開いて
「別の世界ってどこ?もしかして日本か!?」
と、一気に走って俺の足元まで来た。
こいつも日本を知ってる?俺は足元に来たアキラをまじまじと見た。
……俺はこいつを知ってる。十年前、「意識」が芽生えてから初めての仕事。異世界に初めて送った子ども。その面影がこの青年にある。俺の体の下で息絶えた少年。
生きてた……。あの子どもが生きていた。突然わけもわからず送り出された異世界で生きてくれていた。
俺は足腰に力が入らなくなり、その場で崩折れる。その異変に気づいた初老の男が倒れる俺からアキラを引き離す。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
俺は叫んだ。……いや、泣いた。嬉しくて悲しくてなにか訳の分からない感情のために泣き崩れた。泣き方がわからない。涙も流れない。だが、間違いなく俺は泣いた。そんな俺を二人の男は離れた場所から呆然と見つめていた。
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