きっと空耳。
今日、22:00まで仕事だったんですよ。珍しくヒマしてて、ちょっと掃除でもしようかなと動き出そうとしたら、職場の物置の方から「お」、というような、おじさんの低い声がしました。
ぎょっとしてそちらを見ました。
誰もいません。
今日この時間に職場にいるのは、私と、前回、「私は虫じゃない」で登場した(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884921158/episodes/1177354054890790605)、上司だけです。
この上司とは中年の男性で、おじさんと言えばおじさんです。私の感覚ではおじさんって言うと四十代半ばからなので、まだ上司とは私の感覚では、お兄さんなんですけどね。この前そう言ったら「またまたぁ」って、冗談言ってると思ったみたいで笑われました。
その上司はその時、デスクでパソコンやタブレットと睨めっこしていたので、物置にはいない事を知っていました。私が掃除しようと持ち場を離れた際、上司のその姿を確認しています。
上司と私の持ち場は、物置と向かい合うように室内の端と端に置かれていて、じっとしてても物置が見えるんですよ。人が出入りすれば、自然と目に付きます。だからもし、誰かが物置に近付いていれば、見えるんですね。それに私の方が、物置に目が届きやすい位置にいますし。そもそもその、物置辺りから聞こえた「お」、という声は、上司の声ではありませんでした。
上司より明らかに低いんです。五十代ぐらいの。
「…………」
私は物置を凝視したまま、ハタキを握っていた手を下ろしました。
空耳。
と、認識しようとします。
でも前もあったんですよ。同じ事が、丁度二週間ぐらい前。
その時は昼間で、声が聞こえた辺りの一番側にいた別の上司に、「今何か言いましたか?」と尋ねたんですけれど、「え? 何も言ってないよ?」と返されました。そもそもその上司は女性なので、五十代の男性並みに低い声を出すのは困難です。その上司は声が高い方ですし。
急に変な事訊くもんだから、「ええ? やめてよ木元さん」と、怖がらせてしまいました。その時の私は空耳だろうと捉えていて、「すみません。聞き違いです」と、謝っておいたんですけれど。
その時と同じ声が、同じように「お」、って言ってる。
時間は、21:20頃でしたでしょうか。
初めて聞いた昼間より辺りは静かだし、そんな全く同じ聞き違い、続けて起きるものなのかな。
私は、オバケ全く見えない人なんですけれど、友人に見える人がおり、偶然その友人と一緒にオバケに遭ってしまった経験がありまして、どうしてもオカルト方面に警戒してしまいます。何馬鹿な事言ってんですかと言われたら、返す言葉も無いんですけどね。でも、当時のその経験は強烈で、真相は不明ですが、数年間そのオバケに、害を受けていたかもしれないので。近付いた私が悪いんですけどね。
その話を、カクヨムさんで知り合った方に偶然話してみたら、「木元さんは絶対に心霊スポットには行ってはいけない」と、強く注意されました。その数年間の奇妙な出来事が、もし本当に霊の仕業なら、一度憑かれた人は憑かれやすくなるから危険だと。
その話を覚えていたので、数時間前の私も、絶対に物置に近付こうとは思いませんでした。寧ろ避けるべきで、違うだろうけどきっと上司の声なんだと、確認の為に上司のデスクがある方へ、黙って引き返しました。
「……あのー……。○○さん?」
「んん?」
上司はパソコンの画面から、目を離してこちらを見ます。
「今……。何か言いました?」
「いや?」
「…………」
ですよねえ。
分かっちゃいましたけれど、即答に顔が引き攣ります。
「どうかしたの?」
「空耳だよ」って笑われるだろうなと、ちょっともごもごしながら答えました。
「いや……。さっき、男の声がして……」
「はは。空耳じゃない?」
「…………」
まあ普通はそうなんだけどさあ。
でもそう思えないから訊いてる訳じゃん?
だからって、「何かオバケっぽくないですか?」なんて、訊けないし。それこそ笑われそう。
そう思って、「やっぱりさっきのは空耳だったんだ」と自分に言い聞かせて、掃除に戻ろうとしました。どうせヒマなのは同じですし。
「……そうですか」
納得していない顔をしていたでしょうね。そのまま背を向けようとしたら上司が、「でも」と言いました。私は立ち止まると、首を回して振り返ります。
上司はあくまで笑顔で、つまらない事でも話すように言いました。
「夜、ここで仕事してる時に、誰もいないのに話し声が聞こえる事がよくあるよ」
「え」
固まる私に、上司は、片手を耳の横まで挙げると、指をばたつかせます。
「何言ってんのかは分からないけど、遠くの方で、もにょもにょもにょって」
「…………」
いや、でもこの人、冗談言う事間々あるし。
今度、霊感が強いって噂の同期のAさんに、職場で変なもの見聞きした事ありませんかって、訊いてみようかな。急にこんな事訊いたら、驚かれるかもしれないけど。
以上、自分で訊いておきながら、聞きたくなかった話でした。
三回目があったら、また考えます。
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