第27話 愛を悔いるフール
イオアンナ……現在のオリアーナと連絡が取れない。
元々頻繁に連絡を取り合っていた訳ではないが、流石にクラリーチェが居なくなった後だと色々な可能性を考えてしまう。
オリアーナはクラリーチェの侍女を連れていた。庭園をくまなく探した俺は、会場にいるはずであろうオリアーナとクラリーチェの侍女にそれを伝えに行こうとした。
だが、2人の姿は会場の何処にも見当たらない。クラリーチェを連れてきたセウェルス伯爵はいたが、流石に声をかけるのは躊躇われる。貴方の婚約者はどちらですか?だなんて、聞けるはずもない。
仕方なくもう一度外に出ようとした所で、俺の後から会場に戻ってきたらしいアウレリウス公爵に呼び止められた。
「これはこれは、立派になられましたな。サヴェリオ殿」
「アウレリウス公爵……。お久しぶりです」
「御子息がこんなにご立派になられるとは。フィリウス侯爵も鼻が高いでしょう」
「いえいえ。まだ私は若輩者、まだまだ学び足りない事が沢山あります」
「おやおや、ご謙遜を」
大人の色気の滲む声で低く笑ったアウレリウス公爵は、近くの召使いにワイングラスを二客にきゃく持ってこさせ、俺もワイングラスを手に取らねばならない状況を作り出す。
「娘ももうすぐファウスト殿下の元へ嫁入りだ。私も年をとるものだと感じるよ。どうだね?サヴェリオ殿は気に入った令嬢や婚約者はいるのかい?」
「いえ……特には……」
ここ最近パーティーの度に掛けられる誘い。
侯爵家の跡取りという位置がかなり関心を持たれているらしく、ひっきりなしにこの手の誘いや縁談が来る。
まあ、前世もイオアンナと結婚する前は特定の人を作らずにフラフラとしていたので、同じような誘いは何度もされてきた。いつもの事だなとすんなり流せるくらいには。
それでもこのタイミングで声を掛けられるのはやめて欲しかった。
アウレリウス公爵とは取り留めのない話で終わった。
しかし、貴族の会話は今世いまも前世むかしもちっとも気が抜けない。話しながら途中途中で周囲の様子をさりげなく探る事は出来るが、ずっとは不可能だ。気を抜くと、言質を取られて何を噂されるかもわからない。
そんなこんなで、セウェルス伯爵の動向をさり気なく探ってはいたが、途中で1人外に出たきり帰ってこなかった。途中で夜会を抜けたか……と悔しい思いをしながら、アウレリウス公爵といつの間にか加わっていたアウレリウス公爵と同じ第一王子派の貴族と、また別の貴族の子息に囲まれて抜け出せなかった。
その会話は会場がお開きになる前まで続き、あとで会場を探そうと考えていた俺は、諦めて自分の家の馬車に乗り込む他なかったのである。
帰宅するなりすぐにオリアーナに向けて連絡を飛ばした。
今も昔も貴族というのはやっている事は大して変わらない。大体の貴族が持っているであろう人には言えない色々な事をする為に、影の者達を使った。
しかし、いつもならオリアーナとつくはずの連絡が、オリアーナが不在だったらしく、舞い戻ってきた。
夜会のすぐ後だろうし、そんな事もあるかもしれないと翌日にも遣わせたが、相変わらずアウレリウス公爵の本邸にオリアーナがどこにもいないという。
流石に焦って何度も様子を見に行かせた。それでもオリアーナが不在らしい。
クラリーチェがどこかに消えたという不安要素を、クラリーチェの侍女が持ってきたばかりだ。まさか、オリアーナにも何かーー、と思ったが慌ててその考えを打ち消す。
クラリーチェが行方不明だという騒ぎはない。勿論オリアーナにも。行方不明だとしても名前に傷がつくし、本当はどこかに無事にいるのかもしれない。
でも、あんな別れ方をした後にオリアーナが俺に連絡をよこさない筈がない。
それに、オリアーナを攫って第一王子に嫁がせられないようにするのなら分かる。だが、危険を冒してまでクラリーチェを攫う利益が見つからない。
いや、1人だけいた。
オリアーナが邪魔で、クラリーチェの事を愛している男が。
それでも、こんな馬鹿げた方法をあいつがとるようには思わない。
それでも、もうオリアーナと連絡が取れなくなって3日も経った。クラリーチェの無事も確認出来ていない。自分が取れる手段は全て取った。
たった1つを除いて。
あいつの執務室の前に立つ。
前世の妹だったエレオノラを愛し、エレオノラを失った後に辿ったあいつの末路は悲惨だった。
誰よりも国王に向いている才能があった。
けれど、誰よりも国王という立場を嫌った人だった。
勿論あいつの事は親友として、仕える主として尊敬すらしていた。これから一生、仕え続けるんだって思っていた。
あいつがエレオノラを愛していたのも知っていた。大事にしていたのも知っていた。あの後イオアンナを愛した俺もその気持ちは分かる。
でも、でもな、大事な妹が華奢な身体であんなに殺伐とした神経の削られる宮殿にいるより、実家に帰っていた方が穏やかに、もっと長生き出来たんじゃないかって、残された家族としてはどうしても思ってしまうんだ。
エレオノラの死後、一方的に詰なじった言葉に嘘偽りはない。
それがあいつとの関係を修復不可能にしたとしても、どうしても納得出来なかった。
そんな俺が今更どの面下げてあいつの元に行くというのか。それでも仕方ない。オリアーナを助ける為だ。
唾を飲み込んでノックしようとした時、中から穏やかな懐かしささえ感じる調子の声が聞こえた。
「扉の前にいるのは誰だい?」
「……サヴェリオ・フィリウスです。……っ、ファウスト殿下に用があって参りました」
「フィリウス侯爵の?珍しいね。いいよ、入ってきて」
心底驚いたように入室を許可した声に、ほんの僅かな安心と緊張にノブを持つ手が微かに震えた。
「失礼します。ーーアルフィオ殿下?」
緊張と共に入った室内には、ファウスト殿下と今の主であるアルフィオ殿下が二人揃ってお茶を飲んでいたらしく、テーブルに茶菓子が広げられていた。
「珍しいな。サヴェリオが兄上の所へ来るなんて。兄上の事を嫌っていたんじゃないのか?」
「アルフィオ、それを本人の前で言うのかい?まあ、知っていたけれど」
少し……いや、だいぶお行儀悪く茶菓子を頬張りながら俺に質問してくるアルフィオ殿下。前世むかしも王子をやっていたのもあって、優雅に紅茶を飲むファウスト殿下は呆れたように笑う。
「それで?サヴェリオ殿はどうしてこちらへ?」
「あ、実は……、いや……」
来たはいいが、貴方の婚約者と連絡が取れません。だなんて、前の夜会でセウェルス伯爵に向けて言うのが躊躇われた事を俺は再び人を変えて言おうとしている。
口篭った俺の様子を見て、ただ事ではないと思ったのかアルフィオ殿下は眉間に皺を寄せる。ファウスト殿下も茶器をテーブルに置いて、表情を険しくした。伊達にどちらとも長い付き合いをしている訳では無いらしい。
「サヴェリオ。遠慮せずに言え。ここには私と兄上しかいない。何があっても揉み消してやる」
「アルフィオそれはまた……。でも、サヴェリオ殿、遠慮なく言ってみてくれ。ここには僕達しかいない」
最初はただの気まぐれだった。
俺が妹エレオノラを失って落ち込んでる時に、故人の話をしたかっただけだった。たまたま相手がエレオノラの近くで仕えていたイオアンナだっただけだ。
いつしかそれは酒に酔った一時の勢いで共に夜を過ごし、それに嵌はまってしまった。
子供が出来た時、イオアンナを捨てようだなんて発想はなかった。……いや、手放すだなんてそんな選択肢すらなかった。
大貴族の当主と一介の使用人。
沢山苦労しただろうに。身分差の激しい当時のイオアンナに対する風当たりは強くて、俺の目が届かない所でも色々あっただろう。
それでも死ぬまで俺に付いてきてくれた。俺との子供を慈しんで、立派に育て上げて、ずっと俺の側にいてくれた。
今も変わらない、見れば心配事なんて飛んでいきそうな弾ける笑みは昔から俺の支えでーー。
ああ、そうだ。変わらない。ずっと。
俺がフォティオスだろうと、サヴェリオだろうと、名前が変わっても、俺が俺である限り、根本から変わることはない。
「ファウスト殿下。罰を覚悟で申し上げます。貴方の婚約者であるアウレリウス公爵令嬢オリアーナと、セウェルス伯爵の婚約者であるレオーネ男爵令嬢クラリーチェと現在連絡が取れないのです。何かご存知ありませんでしょうか?」
「サヴェリオお前……?!」
アルフィオ殿下はテーブルに手をついて勢いよく立ち上がる。テーブルの上の茶器が派手な音を立てたが、それには構わずに目を驚愕に見開いて俺を見た。
こんなの不義密通のようなものを告白しているようなものだから。
対するファウスト殿下は静かに俺に問い掛けた。
「それは……フォティオスとしての頼み?それともサヴェリオとしての頼み?」
「……両方、です」
アルフィオ殿下は訳が分からないといったように俺達を見比べるが、ファウスト殿下は気を抜いたように唇で弧を描く。
「よかった。昔のよしみで助けてくれなんてほざいていたら、僕は許さなかったよ」
「……合格を貰えたようで何よりだよ……いや、何よりです」
そういえば今世では全然話していなかったが、昔と変わらない調子のファウスト殿下に思わず昔のような言葉遣いが出る。慌てて直したけれど、ファウスト殿下は軽く手を振って、前と一緒でいいよ、僕も調子が狂ってしまうと言った。
そして座れとアルフィオ殿下の隣のソファーを顎で指した。
「それで?よっぽどの事がない限りサヴェリオはオリアーナ嬢と連絡を取り合わないとは思うんだけど……、結局のところオリアーナ嬢は誰なんだい?」
「ああ、イオアンナだよ」
「……ああ。エレオノラの侍女か」
イオアンナという名前にすぐにピンと来なかったらしい。ファウスト殿下は、少しだけ考え込む素振りを見せたが納得したように頷いた。
「そう。昔の妻だ」
「……あれ?君って結婚してたんだ?」
「だいぶ後になってからだけどな」
「それは驚きだね。知らなかったとはいえ、婚約者にしてしまってすまないね」
「別にいい」
隣に座るアルフィオ殿下からビシバシと説明しろという雰囲気が伝わってくるが、どうしたものかと考える。ファウスト殿下は、昔にちょっと色々あった知り合いなんだよと簡単に説明した。
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、非常にざっくりしている。
「それで、オリアーナ嬢と連絡が取れない……と」
「ああ。この前あった夜会でクラリーチェ嬢が急にいなくなったと彼女の侍女から聞いて、オリアーナ嬢と3人でクラリーチェ嬢を探していたんだ。一度2手に分かれて探そうってなったんだが……、俺が会場に戻ってもずっとオリアーナ嬢とクラリーチェ嬢の侍女が戻って来なくてな……」
「なるほど」
ファウスト殿下は腕を組んで難しい顔をする。
アルフィオ殿下はこの状況を静観することにしたのか、黙って聞いていた。
「クラリーチェ嬢の居場所は分かっているよ。けれど、オリアーナ嬢については分からないな……」
「そうか……」
「でも、クラリーチェ嬢がアウレリウス公爵の所有する別邸に軟禁されている状態だから、オリアーナ嬢も多分似たような状況かもしれない」
「なんでアウレリウス公爵は実の娘を……」
軟禁したのか。実の娘を軟禁する必要はない筈だーーと言いかけて、俺は息を呑んだ。
そう。軟禁する必要性がないのだ。
オリアーナ嬢が軟禁されているのなら、何故軟禁されなければならないのか。
聡さといファウスト殿下も同時に違和感に気付いたらしく、眉を寄せる。
「僕が調べた限りでは、クラリーチェ嬢とオリアーナ嬢の接点はほとんどと言っていいほどない。アウレリウス公爵がクラリーチェ嬢を軟禁する理由も、オリアーナ嬢を軟禁する理由も分からないんだ」
「つまり……接点、二人の関わりがあるとすれば前世しかない……と?」
組んでいた腕を解き、ファウスト殿下はクリストフォロス、エレオノラ、フォティオス、イオアンナと呟きながら一本ずつ指を立てた。全部で四本。
「かつて同じ国で生きた者達が今、同じ時代でまた生きている。だったら、他にもいておかしくない……よね?」
「おかしくない。おかしくない……が、一体そうだとしたら誰が誰なんだ?」
「……そこまでは分からない。だけどクラリーチェ嬢がエレオノラで、オリアーナ嬢がイオアンナだと知っていたら、かつてエレオノラの侍女だったオリアーナ嬢が間違いなくクラリーチェ嬢を助けようと動くのが分かる人物がいるのだろう」
大体、ファウスト殿下、クラリーチェ嬢、オリアーナを俺は一目見て見分けられたが、ファウスト殿下にとっては俺とオリアーナについては分からなかったらしいし、俺が他のやつを見分けられなかったとしても不思議じゃない。
話し方や癖、考え方は変わらなくとも、姿形は完全に別人なのだから。
「……考えても仕方ないね。その人に会わなければ……、いや、会っても分からないかもしれないのに、今考えて分かるわけがない。引き続き何か動きがないか探ってみるよ」
「あ……、ああ。ありがとう」
「いや、礼には及ばないよ。オリアーナ嬢に何かあったらクラリーチェが悲しむからね」
相変わらず……というか、それ以上の様子に何故か安心した。
「そうだ。アルフィオが何故僕の部屋にいるか説明していなかったね」
「……あ、ああ」
ファウスト殿下が俺の隣に座っていたアルフィオ殿下に目配せすると、心得たとばかりにアルフィオ殿下が口を開く。
「もう何年か前になるのだが……、兄上が王太子になる前に私に王位が欲しい?と問い掛けられた。その時も、今も私は王につきたい。もっとこの国を豊かにしたい。その気持ちでずっとここまで頑張ってきたが……、父上が選んだのは兄上だった」
それはそうだ。かつて、誰よりも国王としての才能を持っていると俺が間近で見ていて思ったのだから。
そして、国王になった後のファウスト殿下は反・則・みたいなものである。
「兄上も父上に掛け合ったらしいが、上手くいかなかったようでな……。だから私と兄上で計画を立てることにした」
「計画……?」
「ああ。兄上を殺す計画だ」
「殺すって……?!」
度肝を抜かれた俺に、本当に殺す訳がないだろうとアルフィオ殿下はニヤリと笑う。
「兄上は王族から抜けたい。私は国王になりたい。意見が一致したという訳だ。勿論兄上には王族から抜けた後、私の統治の手伝いの代わりに今後の生活を保障する事を約束している」
「そう……なのか?」
アルフィオ殿下の説明にファウスト殿下を見ると、彼は穏やかに微笑んで頷いた。
「ああ。もう王族は懲こり懲ごりだよ」
「だからといって、何としてでも兄上を国王にしようとしている第一王子派のアウレリウス公爵が納得する訳がない。そして、私が王位に付いたら権利を振るうであろう母上の実家の第二王子派クラウディウス公爵家も邪魔だ」
「だから、纏めて力を削いじゃおうっていう計画だよ」
軽い感じで言っているが、かなり難しい計画だ。
上手いこといけばすごい事である。貴族の力は時には国王ですら左右される事があるくらいなのだから、対立する二大勢力を一気に削ぐというのは中々成し遂げられる事ではない。
「だからね、アルフィオには怪我をしてもらう予定だよ」
「怪我……?!」
「本当に怪我をする訳じゃないぞ。サヴェリオ。宮廷医を抱き込んで、怪我のフリを私がするんだ」
異母兄弟とはいえ、面差しの似ている二人の王子を見比べながら、俺は一抹の不安を感じた。
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