3.

 白い花を集めるのは、思った以上に難しかった。ターニャの言ったとおり、白い花がそもそも少ないのだ。僕は、一向に増えないバケツの中身を見て少し憂鬱になった。

 遠くを見渡しても、靄がかかっているから、どこまで花畑が広がっているのかはわからない。気がつくと、目の前を小川が流れていた。初めにいた場所から、すいぶん移動してしまったようだ。

 耳を澄ませても、風が花をそよがせる音と、水のせせらぎしか聞こえない。

 僕は急に不安になった。

 元いた場所に戻れるだろうか? 草を踏み分けた跡を辿れば、何とか戻れるかもしれない。でも、ロザリア大おばさんの屋敷へは? 屋敷に戻れなくてもかまわない。たとえセント・トリーニュの外だろうと、元いた世界に戻れるならば。そうだ、僕はこんなお花摘みなんかをしている場合ではなくて、帰り道を探さなくちゃ。でも、ターニャひとりで白い花をバケツいっぱいにするなんて、とてもできるわけがない。ああ、ターニャはどこにいるんだろう?

 がさっ

 急に後ろで物音がして、僕はびくっとふりむいた。

「あ……ターニャ」

 ターニャはほっと息をついた。腕に、白い花束を抱えている。でも、大した量ではなかった。

「見つかってよかった。ごめんなさい、言うのを忘れていたわ。あのね、小川を渡ってはいけないの」

「え? どうして?」

 向こう岸には、こちらよりも白い花がたくさん咲いている。『こちらよりも』どころか、三分の一くらいは白い花なんじゃないだろうか。

 僕の手許、つまりバケツの上にかがみこんで、花をバケツに入れながら、ターニャは答えた。

「小川の向こうは、花の精の領地なの。一度向こう側に渡ってしまったら、花の精たちに惑わされて、帰り道を見失ってしまうわ」

 帰り道?

 その言葉で、僕はふと思いついた。

 川の向こう側に行けば、元の世界に戻れるんじゃないか?

 それは何の根拠もない、突拍子もない思いつきだった。さらにおかしなほうへ迷い込んでしまうかもしれない。でも、試してみる価値はあるんじゃないか?

 でも僕は、その思いつきを口には出さず、心の中にしまっておいた。まずは花集めが先決だ。

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