白い

 夏休み前の夏の日の夜。その日も例年通りの熱帯夜で、じわじわと四肢の先から染みてくるような暑さに、額にうっすらと汗をかいている。

 私たちは校舎の自分たちの教室にいた。机や椅子はすべて端に寄せられ、リノリウム製の床には配られた毛布が敷かれている。

 当然、忘れ物を取りに忍び込んだとかそういうことではない。これは一種の避難訓練だ。私たちの通う高校は、地域の避難所として指定されている。

 昼間から、近くの避難経路を確認したり、あまり美味しくはない非常食のアルファ米やらを食べたりと、避難訓練に費やされた。

 そして、夜は学校の教室に泊まることになったわけだ。


 これが一昔前であれば、全く娯楽のない時間に全員が早々に眠りに入っていたことだろう。いや、案外皆、話しているだけで時間が潰れるのだろうか。

 しかし、今は携帯性に優れた娯楽が多数存在している現代で、教室にいる生徒のほとんどは、携帯ゲーム機やスマートフォンで、思い思いの時間を過ごしていた。

 かくいう私も、自分のスマホでインターネットサーフィンを楽しんでいる。私の不満は、クーラーが効いていないことくらいか。

 消灯後であるから、雛菊は暗さで絵が描けずつまらなさそうだし、百花は既に寝に入っているが、歩弥なんかは騒がしく他の女子と話している。


「ねぇ、雛菊」


「……何?」


 私は一人でぼーっとしていた雛菊に話しかける。この間、怪奇現象に巻き込まれた時のお礼を言っていなかったからだ。

 あの時雛菊に御守りを貰っていなければ、無事でいられたかわからない。


「この間、ありがとうね」


「……解決した?」


「うん、百花のお陰で。あの御守りも役に立ったから」


「なら、よかった」


 雛菊は首を傾げながら、そう言って微笑む。お人形のような、と言う表現がぴったりと似合う美少女である。

 ただし、暗闇で一人立っているところを見ると、お人形のようなという直喩が全く別の意味を持ってくるのだが。なんかこう、日本人形みたいな。

 座敷童子系女子、北東雛菊。身長は聞いたところ138cmだった。


「そういえば、百花はお化けが見えるみたいなこと言ってたけど、雛菊も見える、ん、だよね?」


 後日聞いた話、百花は寝起きや眠い時によくそういうものを見ることが多いようだ。どうにも、目の焦点が合っていないときに見やすいらしい。

 雛菊は美術部で、絵描きだ。あれから雛菊の描いた絵を見せてもらったけど、素人目に見ても巧いことが伝わってきた。

 詳しいことは知らないが、何かのコンテストに入賞したこともあるらしい。

 そんな雛菊は、この世のものではない何かを描くことがある。と言うことは、当然描くそれを視認しているということだろう。

 その予想の通り、雛菊は私のつっかえながらの問いに首肯を返した。


「たまにだけど、見える」


「見たい時に見えるとかじゃなくて、見えちゃうことがある、って感じ?」


「うん。だから、困る」


 それは、困るだろう。少し想像すればわかる。本来ないはずのものが、視界に突然現れる。それが、私たちの常識にある形を保っていればまだマシだが。そうでないならば。

 そんな私の不気味な想像を、しかし雛菊は半ば否定するように続ける。


「でも、一番困るときは、大概見えてない時」


「と、言うと?」


「……昔、図書館で本を借りて、家で読んでた時。熱中してずっと読んでたんだけど、母親に呼びかけられて気づいたら十何時間も経ってた……ページは一枚も捲られてなかった。何ページも読んでいたはずなのに」


 私は何を読んでいたんだろう、という。

 ひどく簡単な、怪談と言うには簡素すぎる超超短編の、でも確かな不気味さが伝わってくるそれに、まるで背中に冷えた鉄の棒を当てられたような感覚が走った。

 化け物も幽霊も妖怪も、それには一切登場していない。視覚的な怪異は一切存在していない。しかし、だからこそ、怖い。

 それを語る雛菊の顔からは、一切の感情が喪失していて。

 それこそ人形のように、無機質で抑揚のない語り口で語られたそれは、怖がらせようという意図が存在しないからこそ、一切の装飾のない恐怖が伝わってきた。


「変なものを見るようになったのはそれよりずっと前だけど、今までで一番怖かったのがその時。自分の当たり前が当たり前じゃなくなる時。道留も、これから気を付けたほうがいい」


 きっと、これからだから。

 ぐりんとこちらを向いた雛菊の瞳はただただ黒くて、そこに反射して映る私の顔が歪んで、濁って、澱んで、暈けて。


「あんまり脅かすな、雛」


 雛菊の後ろから振り下ろされた手刀が、雛菊の後頭部へと突き刺さる。大して痛くなさそうではあったけど、雛菊は恨めしそうに振り返る。

 いつの間に起きていたのか、手を構えた百花の姿がそこにはあった。


「脅かしているつもりはなかったのだけど」


「そこ、和泉の頭が影になって目に光が入らないでしょ。だから、和泉からは瞳が黒一色に見えるし、反射する像もはっきりとは見えない。直前に怪談で精神を負の方向へ揺らして一種の催眠状態にしてるから、それだけで十分精神は不安定になる」


 私の感じた不安定さを、百花はハッキリと言葉にして解き明かしていく。それを雛菊は、普段はしない悪戯っぽい顔で聞いていた。


「道留と遊んでいただけ」


「和泉で遊んでいただけの間違いでしょ。もうそういう遊びは卒業したものと思っていたけど」


「絵の方が楽しいから。でも、ここでは絵は描けない」


 雛菊は悪びれない。百花は溜め息をついて、ある種の憐れみを湛えた目をこちらに向けてきた。

 理由は何となく察した。雛菊は、ドッキリ系の番組が好きだからだ。何も知らない人間が、驚いて見せる反応を楽しんでいる。

 さっきの話は本当だったのだろうか。それとも、私の反応を見るだけの法螺だったのだろうか。私にはそれを見破るだけの観察眼はなかった。


「本当だよ?」


 雛菊が、私の心を見透かしたかのように呟く。その目は、私の反応を観察するように光っていた。

 まだまともに話すようになって三ヶ月も経っていないけど、こんな一面があるのは初めて知ったかもしれない。


 いつの間にか、教室がざわついていたことに気がつく。完全な沈黙であったような気がしていたのが嘘のようだった。

 何があったのかを聞こうと、近くにいたクラスメイトに話しかける。寝不足少女の喜友名那由多だ。今日は比較的眠れていたようで、隈は薄い。


「なんか騒がしいけど、何かあったの?」


「それが……出たらしいよ」


「出たって、これ?」


「これ」


 二人して、胸の前で手を弛ませ幽霊のジェスチャーで理解しあう。要するに、お化けを見たという生徒が出たのだろう。

 何人がお化けを見たのかはわからない。こういう情報やパニック的な感情は、あっという間に伝播する。特に、同年代、同性別の間では、それはもう脅威的なスピードで。

 しかも、信憑性がある。教室の扉の向こうの、透明なガラスで仕切られた窓のさらに向こうを眺める。雨がポツポツとガラスにまだらを作っている。

 床に座っているから、この角度からではよく見えないが、あの向こうにはかなり広い範囲の墓石の群れが存在している。校舎と霊園が隣り合っているのだ。

 不気味ではあるが、普段の陽光で照らされた窓からの景色であれば、ただの灰色の石の列だった。

 夜の学校という特殊な舞台が、墓場という装置を最大限に演出していた。


 気の弱い生徒などは、仲の良い生徒に一緒に寝ることを約束させている。とは言っても、そんな生徒は少数派だ。

 親兄弟から離れて暮らす全寮制の女子校に通う女学生のタフネスは、基本的に予想以上のものがある。

 ほら、もう既に、幽霊捜索隊なんて言うのが結成されている。見覚えのあるバカがいる。中心にいる。歩弥だった。


「おーい、チルも行こうよー」


「保護者呼ばれてるよ?」


「うん、なんというかすごく心配だから行ってくる」


 歩弥が参加すると、周りのテンションが異様に上がる。なんというか、盛り上げ体質なのだ、彼女は。

 普段なら理性がストップをかけるところで、歩弥含むあのグループは止まれなくなるだろう。例えば、立ち入り禁止のどこかに入り込んでしまうとか。

 ストッパーが必要だ。私は、彼女のそういう状況に慣れている。

 その、幽霊捜索隊というのは、私や歩弥を合わせて、全部で六人。あまり話したことのない生徒が、四人。私とは基本毛色の違う、活発なタイプの生徒だ。


「……?」


「チル、どうした?」


「あ、いや、なんでもない」


 教室を出たとき、ふと、どこからともなく視線を感じた。しかし、周囲を見てみれば、生徒たちが私たちを様々な種類の感情を読み取れる目で見ていたので、私は努めて目を逸らし、進むことにした。

 自分たちの教室を出て廊下を進む。他の教室からも生徒の声が聞こえるが、今日泊っているのは一年生四クラス分だけ。

 他の階へ降りてしまえば、そこはもう無人。想像する通りの、不気味な夜の校舎だ。


「それで、詳しく知らないんだけど、今探してる幽霊ってどんななの?」


 それを聞いていなかったことを思い出し、私は隣を歩いていた歩弥に質す。

 歩弥はそんな私の質問に対し、なんてことないと言った風に話し始めた。


「なんか、白いもやみたいなのが出たんだって。何人か他のクラスの子も見たらしいんだけど、みんな共通して白いもやだったから、本当なんじゃないかって」


 白いもや。ある意味、怪談では定番中の定番だ。姿のない幽霊を表現するための、メタファー的キーワード。あまりの陳腐さに笑ってしまった。

 捜索隊の歩みは続く。コツコツと、上履きのかかとが床を叩く乾いた音が、しんと静まり返った廊下に響く。普段は何がなくてもカラカラと笑っているような彼女たちも、雰囲気に当てられて潜まっている。

 そうして、一応は目的地に辿り着いた。歩弥の直接の友人が白いもやを見たと言う教室。


「なんでわざわざ別の階に来てたのよ、その子は」


「普段使ってるトイレに来てたんだってさ。あるでしょ、そういうどうでもいいこだわり」


 無きにしも非ずだ。私は、一応それで納得したということにしておいた。

 私たちが教室のドアから中を覗こうとした時。


 カシャッ。


 と、無機質な機械音が響いた。

 驚いて、音の鳴った方向を見る。青い顔をした捜索隊のメンバーが、スマホを構えて立っていた。スマホのカメラの音だったのだろうか。


「い、今、白い煙みたいなのが……」


 どうやら、彼女にも見えたらしい。それで、起動していたカメラアプリを使って、撮影を試みたと。

 その場の全員の注目がその生徒に向く。彼女は、恐々とスマホの画像フォルダを確認する。一人、また一人と、彼女の手元を覗き込み始めた。

 私も、彼女の肩越しにスマホの画面を覗き込んだ。ブルーライトの中に浮かび上がる画面には、切り取られたように教室の中の風景が映っている。


 しかしながら、そこに目的のものは映りこんではいなかった。ただただ、ナイトモードもフラッシュも使われていない暗い教室だけが映し出されていた。

 それを見て、全員の気が抜けたように溜息の合唱が始まる。脅かさないでよーなんてお道化た笑いで、全員の雰囲気が若干ではあるが弛緩した。

 ただ、その白いもやを見たという本人は、未だに恐慌状態から立ち直れてはいなかった。


 結局、歩弥が連れ添ってその子は先に教室へ戻ることになり、私はあまり話したことのない三人の生徒と一緒に、何故かお化け探しを続けることになってしまった。

 私も機に乗じて一緒に戻ってしまえばよかっただろうに、その場の話の流れに流されてついていくことになってしまったのは、我ながら流されやすすぎると思う。

 私は、持っている御守りを握りしめながら、暗い廊下を進んだ。




◆◇◆




「私思ったんだけどさ……ここまで誰にも会わないってこと、あるの?」


 いくつか目撃現場を回り、私たちが最後の目撃現場へ向かっている途中、メンバーの一人がひとり呟いたそんな言葉に、誰ともなく息を呑んだ。

 言われてみればその通りだ。いくら廊下が暗いと言ったって、一学年四クラス分の人数がこの校舎に存在しているのだ。

 白いもやを見た生徒が複数いる、それも、私たちが泊まっている教室がある階以外で。つまり、活動的な生徒がそれだけ他の階へ出歩いているということ。

 白いもやを見ようという意図でなくても、ちょっとした冒険心があれば、それに乗っかる生徒は多くはなくてもいるだろう。それに、巡回している教員がいるものではないだろうか。

 しかし、これまで私たちは一人として他の人間と出会っていない。そんなことが、実際にあり得るのだろうか。

 歩弥という高揚剤がなくなった今、いくら普段テンションが高めの生徒のグループとは言え、雰囲気に飲まれて静まり返ってしまっている。


 戻った方がいいのではないか。全員の意識が、恐らく同じ方向へ向いたそのタイミングで、ある意味間が悪く最後の現場へと辿り着いた。

 こうなってしまうと人間とは不思議なもので、つい直前まで戻ろうと思っていたのにも関わらず、「最後の一つだから」と足を進めてしまうのだ。

 あるいは、百花ならこれを、「惹かれている」と言ったりするのだろうか。


『きっと、これからだから』


 ついさっき聞いた雛菊の不穏な言葉が脳裏に反響する。頬を冷や汗が流れ落ちた。

 私たちが泊まっている教室以外は施錠されており、中に入ることはできない。今まで巡ってきた教室もそうだった。だから自然、扉の窓から中を覗き込むだけの作業になる。

 耳が痛いほどの静寂に、跳ねまわる心臓の鼓動が直接聞こえてくる。私たちの視線が、ゆっくりと、教室の中へ向く。


 それは、そこに、いた。


 ゆらゆらと輪郭をくねらせながら中空に浮かぶ白いもや。暗闇の中はっきりと見えるそれは、僅かに発光しているようにも見える。

 決して濃くはない、ともするとふっと消えてしまいそうなほどに薄いもやだが、それは確かにそこにあった。

 反射的に、持っていたスマホのカメラを起動してもやに向ける。正直言って、怖れよりも興奮が先に来ていた。私以外の三人も同様だったのだろう。


 それが、いけなかったのだろうか。


 カシャッ、と。誰が最初にシャッターを切ったのかはわからない。しかし、全員が確かにシャッターを切った。そのシャッター音が、鳴りやまない。

 カシャッ、カシャッ、カシャ、カシャ、カシャシャシャシャ。連続して四つのスマホから聞こえてくるシャッター音は、次第にその速度が単発の撮影から連写モードの音へ切り替わる。

 もちろん、少なくとも私は、カメラを連写モードに設定した覚えはない。だと言うのに、現実、シャッター音の合唱は続き続けている。


「ちょっ、何で、何で止まんないの!?」


 生徒の一人が叫び声をあげる。シャッター音を止めようとホームボタンを押しても、電源ボタンを押しても、スマホが機能を停止することはない。

 それどころか、バッテリーを抜けばとカバーを開こうとしているのに、それが外れることすらなかった。

 四台のスマホは、持ち主の操作を完全に無視し、ただただ目の前の風景を切り取り続けている。

 パニックは一瞬で伝播する。私たちは、誰からともなくその場から駆け出していた。人の確実にいる場所、私たちが泊まっている教室まで、最短経路を選んで全力で走る。

 無我夢中で走っていたときの記憶はない。ただ、気がついたときには私たちはこちらを注目する多くの生徒たちがいるなか教室まで辿り着いており、シャッター音は既に止まっていた。


「チル! 何があった!?」


 私を見つけて、その尋常ではない様子に歩弥が問いかける。その後ろには、百花と雛菊の姿もあった。


「し、白いもやが出て……シャッターが止まらなくなって……それで……」


「……雛、そっちから見てどう?」


「いるようには見えない。ついてきてることはないと思う」


「私も同意見」


 私が必死に説明するなか、百花と雛菊が冷静に意見交換をしあっている。一通り事情説明が終わったところで、百花が私に御守りを出すように言った。

 私が懐から御守りを取り出すと、百花は露骨に眉を顰めた。


「これは……もうダメだな、使い物にならない。私の予備があるから、それを持ってた方がいい」


 百花は私の手から御守りを引ったくると、別の御守りを取り出してそれを私に押し付けた。


「それで、その撮った写真っていうのは?」


「あ、そういえば見てない……」


 シャッター音が衝撃的すぎて意識が逸れていたが、シャッター音が鳴っていたということは、つまり撮影していたということなのだ。

 私は、操作ができるようになったスマホを取り出して、画像フォルダを漁る。


 しかし、そこには撮られていたはずの連写中の写真は一枚も残ってはいなかった。

 他の三人に確かめてみても、誰一人として写真が残っている者はいない。残っていたら気持ち悪くはあるけど、残っていないというのはそれはそれで気持ち悪い。

 私たちがそれでざわついていると、しばらく考えていた百花が、ふと気がついたように、私たちが行った教室について訊ねた。

 具体的にどこの教室に行っていたかを聞いて、百花は「やっぱり……」と呟くと、続けて言った。


「先に帰ってきた子の撮った写真は残ってたんだよね。ちょっと見せてくれない?」


 確かに、あの時全員で確認した通り、一番最初に撮られた写真は残っていた。

 その生徒が、撮った写真が映ったスマホを私たちに見せる。扉の窓越しに見える教室のなかには、なんの変哲もない風景だけが広がっている。

 しかし、それを見て百花は、また顔を顰めた。


「モモ、どうかしたの?」


「いや、ていうか、皆気がついてないの? こんな露骨に写ってるのに」


 え? と思い、再びその写真を確認する。何度確認しても、教室のなかには机と椅子が並んでいるだけだ。

 霊感がある百花だけが見えるのではないかと言うと、百花は首を振る。


「霊ならそうだろうけど、これはあくまで写真。二進数の情報が光によって映し出されたものに過ぎないんだから、霊感の有無は関係ない。だから、あるとすれば意識的か無意識かに認識をずらしているだけ」


 そう言って、百花はスマホに映っている写真の、ある一点を指差す。その示す先を見て、思わず悲鳴が上がりそうになるのをなんとか押さえつけた。

 教室のドアの窓に反射して映し出された、私たちの背後にある廊下の窓。そこに、夥しい数の、白い手が張り付いていた。


「白いもやが何かはわからない。だけど言えることは、たぶんこの腕はたちの悪い何かだ。和泉たちが行った教室、全部外の廊下の窓から霊園が見える位置にあるんだよ」


 校舎は上から見るとコの字型になっていて、廊下によっては霊園と隣り合っていない。だから、偶然ではないんだと思う。

 スマホを見ていた生徒たちの顔が、皆一様に青くなっている中、百花は続ける。


「あくまで私の推測だけど、多分霊園に埋葬されてる人たちの霊ではないはず。ただ、そう言うのに惹かれて集まってきた、もっとたちの悪い何かがいるのかもしれない」


「そう言えば……幽霊探しに行く前は墓場があるの怖いなってずっと思ってたはずなのに、幽霊探しに出てから墓場のことを忘れちゃってた……」


 捜索隊のメンバーのうちの一人がそう呟き、私自身もそうであることに気がついた。そして、他のメンバーたちも。


「墓場の存在や露骨に映った手から意識をずらされていたとしたら……うん、やっぱりたちが悪いとしか言えない。もしかしたら、白いもやは釣り餌か何かなのかもね」


 百花はゾッとするようなことを言って、考察を締めた。私たちは、餌に釣られてあの腕の思うように動かされかけていたのだろうか。

 写真を撮った子はすぐに写真を消去し、出来るだけ早く機種変すると言っていた。

 その日、私たちは出来るだけ一塊になって寝ることにした。百花が暑苦しいと言って不満そうにしていたけど。




◆◇◆




 翌朝、目を覚ました私たちは、昨日の恐怖などすっかり忘れて談話を楽しんでいた。

 外は昨日の夜の雨が嘘のような、カラッとした晴天である。


「おはよう、道留ちゃん」


「んー、おはよ」


 挨拶をしてきた那由多の隈は、昨日よりは濃くなっていた。あんなことがあったあとだし、彼女もあの写真を目にしていた。よく眠れなかったのだろうか。

 そんな彼女の様子を見ていた百花が、ふいに那由多へ訊ねた。


「喜友名さん、昨日何か、変な夢見なかった?」


 夢。那由多の見た夢と言えば、以前あった嫌な体験を思い出すワードである。

 そんな私の感情など露知らず、那由多は頷いた。


「うん、あそこの窓から、教室の中を見てる夢」


 そう言って那由多が指差した先を見て、私は背筋が凍った。そこは、ちょうど私が昨夜、視線を感じた場所だったからだ。

 その時は窓の外を一切意識してなかったが、今考えてみると、あの視線は確かに、窓の外側から流れてきていた。


「んー……誰を見ていたかはわからないけど、しばらくは気を付けた方がいいね。特に、白いもや探しに行った子たちと喜友名さんは。喜友名さんって、すごい霊媒体質みたいだし」


「れ、霊媒体質……?」


「うん、なんか、残りカスみたいなのついてたよ。多分なんの悪影響もないと思うけど、寝てる間に外にいたやつと意識が混線したんだと思う。血筋にイタコさんとかそういうことやってる人でもいるんじゃない?」


「……あ、うん。そう言えばそう。お婆ちゃんとかひいお婆ちゃんが、ユタだって聞いた」


「沖縄の霊媒師か。ユタのナユタって、全く文字通りじゃん。まぁ喜友名さん自身は霊媒体質なだけでユタではないけど」


 百花はつまらない冗談みたいだなんて鼻で笑ってるけど、私はそれどころじゃなかった。

 夜寝ている間、ずっと、何かに見られていたという事実が、単純に怖くて。

 その日から、しばらく霊園へ目を向けることができなくなった。何かと、目が合いそうな気がして。

 結局、夏休みに入るまで、入ってからも、何も起きなかったけど。


 それからというもの、私たちの学年で、怪談話とかオカルト話が流行ってしまうのだけど、それはまた別の機会に。

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