第2話

 軽トラの荷台から男、それも壮年の白髪が似合う老人が降りてきた。色味の薄いセーターを着ていた。たったいま散歩中のような出で立ちの男で、程よく蓄えた髭面が私の眼前に迫っていた。


 勢いよくハマーの男が立ち上がり、髭面の頬を殴り飛ばした。

老人は血が混じった涎を吐き、眼光鋭く男を睨み付けた。返すが刀で裏拳を放った。ハマーの男は大量の血と前歯三本ほどが飛んで行った。そのうち一本は私の顔に降ってきた。


 げえげえと血を垂れこぼしている男の後頭部を掴み、地面に叩きつけた。男はだらしなく晒された延髄を踏みつけられたため動かなくなった。

 襟首をつかまれ、荷台に連れ込まれた。少しでも立ち上がろうとしたら、腹部に痛烈な一撃を加えられた。荷台には深々とニット帽をかぶった女性がいて、彼女にじっと睨まれた。


 エンジンがかかり、ガタゴトと揺れ始めた。

 女性は立ち上がって、荷台の奥から縄を取り出した。首には巻かれなかったが、手足を縛りあげられて関節をひねりあげられた。粗い縄のケバが傷口をこする。人に巻くべき状態の縄は茹でたり焼いたりと処理が必要らしい。私に対する配慮など望むべくもなかった。


 荷台は安定しないため女性がバランスの悪そうにしている。風が強くなりはじめ砂ぼこりが混じりだした。スカートを翻すが、視界は不明瞭で下着を拝する楽しみに預かることはなかった。


 クラクションがあちらこちらで鳴りはじめた。ミニクーパーが並走しているのが見えた。並走して執拗に鳴らすため、鼓膜が破られるかと思った。脳まで締め付けられるようで、音に吐き気を覚えた。


 軽トラがスピードを上げると、負けじと追いすがるミニクーパーがかわいらしいと思った。ウィンドウが開いて、棒状の何かを取り出した。大きく振りかぶるとその先端がきらりと輝いていた。おそらく、薙刀や高枝切狭の類だろう。鋭利な先端が明らかに私の腹をさそうとしていた。よゐこの濱口が魚を捕まえるところを思い出した。


 金属の削れる、生理的な嫌悪を催す高い音が聞こえた。刃物部分が荷台を擦ったのだろう。私の見える範囲では、刃物が振り下ろされるのが繰り返された。

荷台が激しく揺れた。さっきのハマー男を踏みつけたようだ。後方に水風船のように破裂した死体がみえた。砂の上を一筋の赤いラインがひかれていく。運転が荒く、細かく細かく左右に移動していた。加速、減速が不規則にかかり、上下左右に揺すられるようだ。


 クラクションの目的に気が付いたのは、オープンカーが後方から追突してきた時だ。跳ね上げられた私が荷台から体を出した瞬間、刃物が肩を切り裂いていった。薄い桃色の血が噴き出した。刃物を振るう目的はタイヤのパンクだろうが、なかなか当たらずにいつまでも振り続けているだけであった。


 駆ける車同士の衝突は避けられず何度もぶつかり合った。衝撃は荷台上を大しけの船のようにした。揉みくちゃにされているのが私だけなのに気が付いた。女はいつの間にか助手席にいた。

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