ある日、車にはねられて

古新野 ま~ち

第1話

 昼過ぎにいつもどうり起きた。

 冷蔵庫には水もなかったため、仕方がなくジャージを着て家を出た。私の名前が刺繍されているので、パーカーを羽織る。外は暑かった。蝉の求愛が盛んだ。蒸し暑い日であった。昨夜一人で出した精液そのままのパンツを替えれば良かったと思い至った。


 そこまではいつもどうりだった。

 アパートの階段は私の部屋から遠いところにあった。207、6、5、4、3、2、と前を過ぎていくとどこかの扉が開いた。振り向くまでもないから階段に足をかける。踏み出した足を下した時、激しい音と共に後頭部に鈍痛が走った。13段ほど転がり落ちて、踊り場の鉄柵が私を受け止めた。目を開ける間もなく追撃が私を襲う。その辺りは省略させていただく。結果的に私は意識を失ったということが言いたいのだ。


 では今の私は何をしているかというと、走っていた。背後にはSUVが豪快なエンジン音を響かせながら迫っていた。ボンネットの上には、金属の棒をたずさえた人が乗っていた。バフン、バフン、と地上からも上空からも聞こえてくる。

 走るたびに肉を断たれるような痛みを感じた。先の一撃および追撃で、どの部位が痛いのかさえ分からない。SUVの男が私の頭を捉えた。


 目前が赤黒くそまる。尻がボンネットにぶつかり、弾き飛ばされた。砂が鑢と化したようだ。今更という気もしないではないが擦過傷により流れた私の血が一筋の線となった。キュルキュルというブレーキ痕がその辺で響く。ハマーが眼前に現れたときには、驚いて笑ってしまった。辺りをみれば当たり前のように車が当たりまくる。どうやら私のもとに様々な車が集まっているようだ。


 先のSUV、前方からも車種は違うがSUVが現れた。背後からは青の、前方からは黒だった。眼前のそれがハイビームで私の目を焼こうとした。思惑の通りだろうか、強烈な純白の光が靄のようになり、何も見えなくなった。すんでのところで左足に全体重を預けて体を無理に転がすことができた。右方で、激しいクラッシュ音がして、顔に水をあびた。ウォッシャー液か電解水かガソリンか。そのとき、私は判断することができなかった。


 バンバンバンとクラクションが響く。気を奮い立たせて立ち上がり、車の前から立ち去ろうと思った。ハマーから固太りの男が下りてきて、煙草を目の前に捨てた。私を焼死体にするつもりか。男は、逃げ去ろうとする私の頬を蹴り飛ばした。襟を掴まれてハマーの方に引きずられた。上空には私を見つめていると思しきセスナが舞っていた。晴天に太い雲を刻み込んでいた。


 連れ込まれるその瞬間に、鉄がぶつかる破砕音が響き車が激しく揺れた。男と共に吹き飛ばされた。強固なはずの硝子が砕けた。その割れた穴から薄眼で確認すると軽トラックがハマーに突っ込んでいた。

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