8話 トレイン

嵐刃らんじん!」


 ヒミカの魔術で、風の刃が嵐のようにスライム型の魔獣に襲いかかり、その体を切り裂いていく。

 10体はいたスライムは、瞬く間に半分くらいに減っていた。


「やっぱりヒミカさんは対多数に長けてるね。おっとぉ」


 襲いかかってきたスライムを避けつつ、大亮も1体を返り討ちにする。

 背骨が直角に曲がったんじゃないかと思うほどのスウェーバックから、電光石火のカウンターでスライムを真っ二つに切断した。

 本当に大亮の動きはセオリー無視というか天才的というか、本人が「実戦の俺の動きは真似しない方がいい」と言うのもわかる。

 真似ようと思って真似できるものでもないのだが。


「ふっ!」


 対して、大亮が「よく見て参考にするといい」と語ったタケフツさんの剣撃はとても綺麗で無駄がない。

 基本をとことん積み重ねた合理の極致とも言える型は、素人の俺でも惚れ惚れとするほどだ。

 流れるように2体のスライムを仕留めていた。


「はい一真、1体行ったよー」

「うぉうっ」


 俺は慌てて、向かってきたスライムを見据えて構える。

 このスライム、スライムのくせしてスサササッと素早く動いてきやがる。

 にゃろう、スライムはスライムらしくプニプニのそのそスローリーに来いよ。

 すばしっこいスライムとか厄介な事この上ない。

 こいつもマイマイ並に斬りづらいのだ。


「うらあっ!」


 だからこそ、俺は突きを選択した。

 マイマイと初めて戦った時、マグレで仕留めた突き。

 斬りづらい相手にはこれも有効だと思い、タケフツさんの動きを見様見真似で再現してみた。


 ビッ!


 しかし気合も虚しく、俺の突きはスライムの体をかすめただけに留まる。

 そのままスライムの体当たりを食らうと思い、目を瞑ってしまったが、一向に体へ衝撃は訪れなかった。


「……?」


 恐る恐る目を開けると、大亮が後ろからスライムを串刺しにしていた。


「切断しにくい相手に突きっていう選択肢は悪くないけど、ただでさえ命中率が低い上に鍛錬してない技でスピードのある相手を迎え撃つのは難しかったかな」


 そう言って大亮はスライムに突き刺した刀を引き抜く。

 

「でも、自分で考えて戦うってのはいい事だよ。この辺りには、まだ命の危険があるような魔獣はいないし、今のうちに実戦での判断力や思考力を磨くといい」

「そっちも終わったの? ならさっさと行くわよー」


 気付けばあれだけいたスライムも、既に全滅していた。

 この辺りの魔獣はさほど強くないとは聞いていたが、それにしてもこの3人がいると倒すスピードが半端なく早い。


「それにしても、ジメッとしてるわよね相変わらず」

「ヒミカは昔からここがあまり好きじゃないよな」

「湿気があると髪に変なクセがついたりするから嫌なのよ」


 入り口の辺りはひんやりとしていたこの湿原も、ある程度歩けば至る所に湧き水が溢れ、少なからずジトっとした空気が流れていた。

 確かにカエルやスライムといったタイプの魔獣が多そうな雰囲気だ。

 ……カエル型の魔獣を見つけるたびに、大亮が超遠距離から魔術で焼き払うから今のところ一度もカエルとは戦っていないが。

 こいつは一体カエルと昔何があったんだ。


「昔さぁ、田舎の夜の真っ暗闇の中でパッと灯りを点けたらね、もう何十匹というカエルが囲むようにこっちを見てたわけ……しかもこっちの光に反射して、目が光ってこっちを見てるんだよ……トラウマもんだよアレは」


 とは後の大亮の談である。


「でもなんだか、魔獣少なくないかな? 俺、逆から来た時もう少し魔獣いたような気がするんだけど」

「多分、ここに住み着いた大型の魔獣のせいじゃないか? 噂だと他の魔獣を喰らうらしいからな」

「うわー、何それきっしょ」


 タケフツさんの返答に、普段無表情な大亮の顔が露骨に歪む。

 しかしマイマイやさっきのスライムはそれなりに大きかったが、あれを食べるくらいのカエルってかなりデカいんじゃないだろうか。

 そんなデカいカエルなら大亮じゃなくとも気持ち悪いと思うだろう。


「まあ、そいつの縄張りは湿原の北部らしいし、そこに近づかなければ俺たちには関係ない。むしろ余計な魔獣が減ってありがたいくらいだ」

「んー、そうかなあ」

「どうかしたか?」

「湿原北部にいる魔獣の影響が、たった数日でこの辺りまで出るかなあ? もしかして移動してるんじゃないの?」

「ふむ……」


 タケフツさんは大亮の疑問に考え込んだ。

 俺は魔獣の習性なんか知らないからわからないが、2人には引っかかるところがあったらしい。


「ま、気にしないでさっさと進めばいいじゃない。この広い湿原でたまたま遭う確率も低いし」

「確かにそうだな、先を急ごう」


 そう言って前を向いた瞬間——


「た、助けてっ! 誰かっ!」


 悲鳴と共に、巨大なカエルに追いかけられる青年の姿が遠目に映った。

 格好を見るに冒険者か何かのようだが、どうやらかなりまずい状況らしい。

 そして何がまずいって、ご丁寧にこっちに向かって走って来ているのだ。


「……」

「……」

「……見てしまった以上、無視するわけにもいかないだろうな」

「俺、不参加でいーい?」

「却下だ」

「……あんた、厄介ごとを引き寄せる呪いにでもかかってるんじゃないの?」


 こうして俺たちは見事なまでにフラグを回収する羽目になったようだ。

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