7話 ナンビラ湿原

 ナンビラ湿原。

 南大陸東部を流れるナンビラ川とその支流を抱く、高天ヶ原たかまがはら最大の湿原である。

 野生の動植物に溢れ、有名な観光名所としても知られている。

 奥地には魔獣もいる為、危険なエリアもあるが南方警備軍の兵士や冒険者が絶えず監視しているので、大きな事件・事故はほとんど起きていない。

 その土地は非常に広大で、最短距離で歩いたとしても2、3日はかかる。


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「というわけでナンビラ湿原でーす」

「おー」


 3日前ヒガン村を出発し、歩き続けた俺たちは近くの村で一泊し、今ナンビラ湿原の入り口へと辿り着いた。

 湿原というとなんとなく蒸し蒸しするイメージがあったが、そこまで不快な感じはしない。むしろひんやりとしている。


「今日の夕方には湿原の中心、中継地の小屋に着きたいな。そこで休んで明日の夜に湿原を抜けて村に泊まる」

「 いいんじゃないかな? ちょっとペース早めだけど行けなくもないでしょ」


 小屋なんかあるのか。

 横断する人がいないわけじゃないし、そういう場所を設けないと危険なんだろう。


「ちなみにここ、マイマイ天国だからアンタよろしくね」

「うへぇ……マジかよ」


 この3日マイマイと幾度も死闘(?)を繰り広げ、すっかりマイマイ駆除担当みたいな位置付けになってしまった。

 まあ、確かにあれはいい訓練相手になるからちょうどいいのだが、あればかり相手にするのは結構疲れる。

 斬りづらいとかより、あのデカさのカタツムリが何匹も自分に襲いかかってくるのはメンタル的に結構クるものがある。


 しかしおかげで斬撃の精度や攻撃の引き出し、訓練の効果は飛躍的に上がった。

 実戦を経験した事で、訓練時により強く本番をイメージして動けるようになった。

 訓練も大事だが、やはり実戦というのは百の訓練に勝る。


「ここには結構ノロい魔獣多いし、別の魔物もそろそろ経験してみようか」

「お、マジか。どんなのがいるんだ?」

「単体で動く狼型の魔獣とか、スライム型の魔獣とかなら今の一真かずまならいけるんじゃないかな?」

「おお……ちょっとレベル上がった感じするな」

「あとはそうだな……カエル型とか、フロッグとか、蝦蟇がまの魔獣は優先的に倒してもらおうか」


 ……どんだけカエル嫌いなんだお前。

 ってかここにいるカエル型の魔獣って確か討伐対象? だかに指定されたヤバい奴じゃないのか。

 そんなもんこっちだって御免じゃ。


「魔獣がいるのは中央部くらいだし、しばらくは歩くのに集中するけどね」


 そういって大亮は俺に手のひら大の綺麗な石を渡してきた。


「これは?」

「街道と違って魔獣もしばらく出てこないし、せっかくだからダメ元で魔術の方も練習をね」

「!」


 ついに来たか。

 俺自身も半ば無理だろうと理解しつつも、万が一使えるようになったらと胸が高鳴った。

 俺のような葦原中津国あしはらのなかつくにの人間は、魔力を生成・循環させる経絡けいらくが退化している為、滅多に使えないらしいが……。


「それ、俺の魔力を詰めてみたから。手のひらからその魔力が流れ込んで、血管から全身に廻るようなイメージで歩いてみて」

「ん、わかった」

「退化したとはいえ、無くなったわけじゃないから、魔力や地脈に満ちた高天ヶ原で経絡を刺激してやればもしかしたら……程度なんだけどね」

「可能性があるならそれに賭けるさ。悪い事はないだろうし」


 貰った石をギュッと握りしめた。

 さっそく言われた通りのイメージを浮かべてみる。

 ……正直まだよくわからない。

 今まで一度も使った事のない体の器官を目覚めさせようとしているのだから、当たり前と言ってしまえばそれまでなんだが。


「それじゃあ早速行こうか、昼になったら休憩して飯にするから、それまでは歩くぞ」

「わかったわ」


 兄妹が先陣を切って歩いていく。

 俺はその後をついていき、最後方に大亮。

 この旅の中で、自然とこの隊列が形成されていた。


「一真大丈夫? 慣れない旅で疲れてない?」

「……疲れてないって言ったら嘘になるけど、気力は全然あるぜ」


 大亮はこの旅の中で何度もこうして俺を気にかけてくれる。

 旅に不慣れな俺にはその心遣いがありがたかった。


「そっか、気分悪かったりしたら遠慮なく言ってね」

「ああ、ありがとう」


 現在時刻は8時12分、ここから昼まで何度か小休止を挟みながら歩き続ける事になる。

 万が一体調が悪くなったら、下手に我慢して迷惑をかけるより遠慮なく言うように、今朝方タケフツさんにも言われていた。


「って言っても少しは根性見せないとな……うっし行くぞ!」

「いいね、その意気その意気」


 背中を大亮に見守られながら、俺はナンビラ湿原へ一歩足を踏み入れた。

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