エピローグ

 時刻は夕方になっていた。

 夕日が、田植えされたばかりの青々とした稲を赤く染めていく。

 つい数時間前まで、あれだけの騒動があったとは思えないほどのどかな風景だ。


 ヒミカは、村の端にある墓地へとやって来ていた。

 両親の墓石の前にしゃがみ込み、物思いにふけっている。

 その背に、兄であるタケフツが近づいていく。


「やっぱりここにいたのか」

「うん」

「……さっきの大亮の話か?」

「……うん」


 シュウオウの屋敷で大亮が語った、やしろが存在する本当の理由。

 命と誇りを懸けて自分たちは社を守ってきた。

 それが、高天ヶ原たかまがはらの神族がおこなってきた蛮行の隠匿につながっていた。

 自分は何の為に頑張ってきたのだろう。

 両親は何の為に死んでいったのだろう。

 そのことがずっと頭を巡り、気づけばヒミカの足はここへと向いていた。

 

「……兄さんは、いつまで村にいるの?」

「父さんと母さんの命日が過ぎたらすぐに戻る」


 タケフツが今日、村へと戻ってきた理由。それは両親の命日が近づいていたからだ。

 南方警備軍本部へと配属になってからは距離的にも中々帰省ができなかったが、今回長めの休みを取って2年ぶりに帰ってきたのであった。


「……兄さんはあの話信じる?」

おさまで同意したのならば、信じざるを得ないだろうな……」

「あの話を聞いた上で、まだ警備軍に……神族に仕えられるの?」

「……正直、わからない。だが、俺はまだ中津国なかつくに側の話しか聞いていないからな。何が正しいのか、何が間違ってるのか。真実を知りたい」

「……そっか」

「だから……戻ったらイズノメ様に直接問いただしてみるさ」

「!?」


 そこでヒミカは初めてタケフツの方へと振り返った。

 その顔には驚愕の色が浮かんでいる。


「何言ってるの!? あのチビスケにも長にも他言無用だって言われたでしょう! しかも神族に問いただすなんて――」

「自殺行為だな」


 タケフツは表情一つ変えず言い放った。

 実質鎖国状態で、民の労働力が頼りのこの高天ヶ原において、求心力低下を引き起こすような情報を持つ者は神族にとって邪魔になる。

 そのような行動を取れば、十中八九殺されてしまうだろう。


「それでも俺は誇りを踏みにじられたままでいたくない。死んでいった仲間たちの想いだって浮かばれない」

「だからって! 自分の命を粗末にするのは違うでしょ!? 誇りとか想いとかより、自分の命を大事にしてよ!」


 今になってヒミカはカンナに言われた言葉を本当に理解する。

 確かに誇りや想いは大事だ。

 今だって、死んでいった両親や祖先たちの想いが踏みにじられたようで、悔しさと虚しさに胸を支配されてヒミカはこの場所から動けずにいた。

 しかし、それでも今を生きている目の前の命が、その為にぞんざいに扱われていいはずがない。

 ましてや、それが大切な人の命ならばなおさら。


「……ヒミカ、ごめんな。けど俺は……誇りも、仲間の想いも、踏みにじられるのはもう嫌なんだ」


 それは、遠い遠い記憶。

 サンジョウ=タケフツが、新選組隊士蟻通ありどおし勘吾かんごであった頃の記憶。

 蟻通勘吾は、新選組最初期から最終期までを生き抜いた稀有な隊士だ。

 無論良かった事ばかりではない。むしろ思い返せば辛かった事の方が多い。

 それでも30年の人生において、あの6年弱の経験はかけがえのない宝なのだ。

 晩年の新選組は新政府軍には恨まれ、旧幕府軍には責任を全て押し付けられ罵声を浴びせられ、まさに四面楚歌の状態だった。

 函館で最後まで戦い抜いた勘吾には、あの時の悔しさが残っている。

 死んでいった仲間たちの想いを全て否定されるような、あの形容しがたい怒りを覚えている。

 生まれ変わってなお芽生えたこの気持ちを、放置しておくことはタケフツにはできなかった。


「……なんでよ……もう私、兄さんしかいないんだよ……? なんで、いつもそうやって……」

「……死なないさ。逃げ回ってでも、這いずり回ってでも、必ずヒミカの所に帰ってくる」


 タケフツは涙ぐむ最愛の妹をそっと優しく抱きしめた。

 タケフツ自身、真正面から堂々と聞きに行こうなどとは露にも思っていない。

 彼には考えがあった。それでもかなり危うい方法であることに変わりはないのだが。


(……あの頃前世にケリをつけたいのか、俺は)


 その為に大切な人を悲しませている自分は本当に最低だと、タケフツは自嘲した。


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「うん、そうそう。そんなわけで遅れてごめんね」

『いいのよ~。大ちゃんが無事でよかったわ~』


 大亮は一真と共にシュウオウの屋敷へと戻り、誰もいない縁側でイズノメと連絡を取っていた。

 高天ヶ原でも一部の神族しか持っていない通信用の魔道具だ。

 見た目は手の平サイズの鏡のように見える。


「とりあえず、そっちに1人連れていくから。名前は秋沢あきさわ一真かずま、22歳。住所は詳しく聞いてないけどK県だって」

『それだけわかれば充分よ~。こっちで色々やっておくからゆっくりいらっしゃいな~』


 ここからコクセキまでは2~3週間かかる上に、大亮が想定外に疲弊したためしばらくヒガン村に滞在する事となった。

 1ヵ月前後も連絡が取れずにいたら最悪かなりの大騒ぎになりかねない為、大亮はイズノメに頼んで色々と工作してもらっているのだ。


「あ、そうだ。もう1人転生者も見つけたよ」

『あらあらまあまあ~! 私もあまり見ないわ~珍しいわね~』

「てかイズノメさんとこの軍人らしいよ?」

『あらそうなの~? じっくりお話してみたいわね~』


 イズノメはとても数千年を生きているとは思えない若々しい声をさらに弾ませて反応した。

 こうしているとどちらが子供かわからないほどだ。


「だからその人の分も最悪……」

『わかってるわ~……記憶を消せばいいのよね~?』

「うん、その方がいいでしょ?」

『そうじゃないとこっちが困るもの~』


 そう言ってイズノメは通信機の前で笑っている。

 大亮は、後ろの部屋でぐっすりと眠っている一真をちらりと見た。


(ごめんね一真、俺たちの目的の為なんだ)


 大亮は心の中で、一真に謝罪した。

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