27話 助けるという重さ
……おおぉ超怖ぇぇぇ。
なんだあの蜘蛛みたいなの明らかに人間じゃないだろ。
しかもあの蜘蛛の脚みたいなのめっちゃよく斬れそうな輝きじゃん。どうですか奥さんこの斬れ味。
——なんでまた飛び出すんだろうな俺は。
大亮がどこかにいたら、引きずってでも連れ戻して一緒に逃げる気でいた。
森の奥の方から、大きな爆発音みたいなものが何度も響いた時点でわかってたんだ。
ここで、大亮が戦ってるって。
始まってしまったなら、もう俺の出る幕はないってわかってたのに。
なんでここまで走って来て、挙句飛び出しちまったんだろうな。
「か、一真なんでここに……」
「探したぞこのバカ、よりによってこんな奥にいやがって。足パンパンだ」
驚いた顔すんなよ。
俺が1番驚いてんだから。
「……ねぇ通行人Aさん。私あなたに用はないのだけれど邪魔しないでくれるかしら?」
「女の前に勇気出して飛び出した男には、もうちょっと優しくしてくれていいんじゃねぇの?」
「私草食系が好みなのよ」
ああ、蜘蛛ですもんね。
なんだろうな、昨日と同じようにピンチで、今にも殺されそうだってのに軽口叩く余裕すらある。
ホントに俺ってやつは誰よりワケわかんねぇ。
「……っていうか全然魔力感じないけど……あなたもしかして、
「だったらなによ」
「……まあ、好都合かしらね。ノルマが1人分減るわ」
「あ?」
蜘蛛女はいきなり、背中の鎌から
昨日の鬼が放った魔術と同じものっぽい。
かなり速いが、俺は動体視力を活かして紙一重でなんとかかわし、そして——
「一真!?」
「うらあああああああ!」
勢い良く蜘蛛女に向かって行った。
「……頭沸いてるのかしら。まあ、楽でいいけど」
蜘蛛女は俺に向かって雷の槍のようなものを飛ばした。
先ほどより距離が近い上に速い。
間違いなく避けられない。
しかし——
雷の槍が俺の体を貫こうとした瞬間、それは一瞬のうちに霧散した。
「なっ!?」
あまりにも予想外だったのだろう。
蜘蛛女は無防備に膠着してしまった。
俺は右の拳を固く握りしめる。
「ちょっ、ちょっと待っ——」
「これが凡人の意地だ、くそったれ!」
渾身の右ストレートが、蜘蛛女の顔面にクリーンヒットした。
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ヒガン村から遠く離れた地、南大陸最大都市にして首都『コクセキ』。
その城の、ある一室に向かって褐色の肌の男が足早に進んでいった
やがて男は大きな扉の前に立ち、ノックをした後扉の向こうへ語り掛けた。
「ご入浴中失礼致しますイズノメ様、よろしいでしょうか」
『あら~、なぁに~ジン?』
「ヒガン村に向かっていた
『あらあら~珍しいわね~。今までそんなことあったかしら?』
「正午に連絡が取れない場合、事前にその旨を連絡してくる子です。何事か起きたと考えるのが妥当かと」
『そうよね~困ったわ~』
たいして困ってるようには見えないが、その美しい肢体を侍女に洗わせていた女性――イズノメはほぅっと嘆息した。
腰まで伸びた白銀の髪も相まって、まさに“女神”というべき神秘的な美しさだ。
事実、このイズノメは女神、すなわち
既に数千を超える歳月を生きているわけだが、見た目は30代半ば、いや20代にすら見えるほどに美しい。
『大ちゃんから~何か救援要請は来てないかしら~?』
「今のところは来ていませんが……彼に貸した私の“守護紐”が数回使用された模様です。おそらく戦闘中ではないかと」
『あら~』
「いかがなさいましょう」
『もちろん助けに行くわよ~。ソウエンの南方警備軍に連絡とって援軍に向かわせてちょうだい~』
「御意」
そう言ってジンと呼ばれた褐色の男はその場から立ち去った。
イズノメはゆっくりと窓の外から、青く澄んだ空を見る。
「……今日はいい天気ね~。きっと良いことがあるわ~」
まるで彼女は、この程度は取るに足らない事と言わんばかりに平静であった。
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……正直ここまで綺麗に顔面に入ると思ってなかったが、あんなに吹っ飛んでくれるとも思わなかった。
昨夜鬼に渾身の飛び蹴りを放ってもほとんどダメージを与えられなかったし、今回も多少怯んでくれたらと思ったんだが……。
……っていうか拳いってぇ……! 手加減一切なしで人ぶん殴ったのなんか初めてだ。
こんなに痛いもんか……。
「一真何してんの!! 早く逃げて! 今すぐに!」
「……こっちのセリフだバカガキ。ズタボロになって言うセリフじゃねえだろ」
やっぱりこいつは、他の奴を差し置いて自分1人で戦ってやがった。
こんなにボロボロになっても1人で。
ふざけやがって。
これだから主人公気質の奴らは嫌になる。
そういうのは、俺がホントはやりたかったんだ。
ヒーローになりたかったんだ。
けど、いつしか凡人だと思い知って、自分の無力さに押しつぶされて。
小賢しい損得勘定まで覚えて。
だから、お前みたいに誰かの為に体張って命懸けられる奴が、こんなとこで死んじゃならねぇんだよ。
今気づいた。
俺はお前になりたかったんだ。
お前は、俺のなりたかった俺なんだ。
だから、こんなところで終わらせない。
俺は勝手に、俺の夢をお前に託したんだ。
絶対に死なせない。
俺は死んでも、俺の夢までは死なせない。
「こ……のガキ! よくも私の顔に……!!!」
蜘蛛女は鼻が折れ、血で真っ赤になった顔で俺を睨みつけていた。
「殺す! 殺してやる! ただ殺すだけじゃ飽き足らないわ! その体生きたまま切り刻んで食わせてから殺してやる!」
「一真! いいから逃げろよ! なんでそこまで……!」
……そうだよな。
俺とお前は、昨夜会ったばかりだったな。
なんかそんな気しねぇけど、俺とお前の繋がりなんて実はそんなもんだ。
けどさ、たった1つだけ俺はお前に大きな借りがあるんだ。
「……お前、俺のこと助けてくれたろ?」
「はあ!? あの程度のことで……!」
「あの程度じゃねえよ!」
お前は確かにあっけなく鬼を倒して、俺とユキを助けた。
お前にとっちゃ本当に“あの程度”って思うんだろう。
けどな、そんな簡単じゃねえんだよ守るのって。
守ってくれるのって。
お前みたいに、すげえ力がある奴にはわからないかもしれないけどな。
俺ら凡人はそう簡単じゃねえんだ。誰かを助けたり、守ったりなんて。
どうしても損得とか考えて二の足踏んじまう。
だから、凡人の俺は知ってるんだ。
「守るとか助けるとか……そんな言うほど簡単じゃねえんだよ。
その言葉に大亮は、目を見開いて固まってる。
けど、しばらくして――
「くっ……ははっ、あははははははは!あっははははははははは!」
急に大笑いしだした。
それもあんなに顔を崩して、歳相応の少年のように。
「あー……あー、おっかしい。こんな笑ったのいつ以来だろ」
大亮はゆっくりと立ち上がる。
その顔は笑っていた。
以前見た悪魔のような笑顔でも、天使のような笑顔でもなく、少年らしい笑顔で。
「俺、一真が言うほど立派な人間じゃないよ。中津国人を保護してるのだって、俺の目的のためだ。心から助けたいって気持ちがないとは言わないけど、あんま意識したことないや」
大亮は俺の隣に立ち、ゆっくりとあの独特の脱力した構えを取った。
「けど……今のはいいね。そうだよな、誰かの命を救おうとするなら、こっちも命ぐらい懸けないとできるわけなかったよ」
大亮の眼が、紅く光ろうとしている。
しかしやはり限界なのか、光は小さく、しかも遅い。
「ちょっと目が覚めた気分だ。……後先なんか考えないで、命懸けてみるよ」
「そっちで勝手に盛り上がってるんじゃないわよクソガキども! こうなったらもう2人とも――」
「2人? あんた計算苦手なわけ?」
蜘蛛女の言葉は、凛と通るその声に阻まれた。
「ほっほ、どうにか間に合いましたかのぅ」
「ちょっと! あんたまで何でこんな所に来てるのよ! 余計な仕事増やすな馬鹿!」
現れたのは、シュウオウさんとヒミカだった。
「シュウオウさん、ヒミカ!」
「あああああ次から次へとうざったい……4人まとめて――」
「5人だ」
その声が終わるのと、蜘蛛女の背の刃が1本切断されたのは、ほぼ同時だった。
「ああああああああああ!!!」
蜘蛛女は痛みに悶え苦しみ地面をみっともなく転がっている。
「5対1。さすがに詰んだな」
そこにはヒガン村最強の剣士、タケフツさんが立っていた。
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