28話 決着は突然に、そしてあっけなく

 大亮、タケフツさん、シュウオウさん、ヒミカ、そして俺。

 先程まで劣勢だった状況が一気にひっくり返った。


 タケフツさんは現れたと思ったら、既に蜘蛛女の背中の鎌を1本斬り落としてる。

 ……早業過ぎて見えなかった。

 この人、一撃の速さは大亮より上なんじゃないか。


「調子に……乗るなニンゲンがぁぁぁ!」


 ブチキレた蜘蛛女の目の周りがぷちぷちと裂け、真っ黒に光る小さな球体がいくつも浮き出てきた。

 ……ますます蜘蛛のようだ。


「なんなのあれ……気持ちワル」


 ヒミカが蜘蛛女を見て心底気味悪そうに呟いた。

 無理もない。

 正直あれはキモい。

 1個1個の眼球らしき球体がそれぞれギョロギョロと動いてるんだ。

 生理的嫌悪感を抱かずにはいられない。


 蜘蛛女が動き出す前に、タケフツさんとヒミカが前後から挟むように討って出た。

 タケフツさんは刀、ヒミカは少し短めの小太刀を逆手に持って突っ込んでいく。

 蜘蛛女は背中の鎌でそれぞれ対応しようとするが——


「!?」


 気付くと残った鎌3本のうち、2本の関節部分が凍っており、まともに動かせない状態になっている。

 ヒミカの右手から蒼い光が出ているところを見ると、彼女の魔術だろうか。


「小癪な真似を!」


 物理的な迎撃が不可能と見るや、蜘蛛女は前後に魔術で障壁のようなものを発動させた。

 タケフツさんとヒミカの攻撃はすんでのところで止められる。


「ちっ!」

「ウザっ!」


 兄妹は距離を取って、なおかつ常に対角線の位置となるような場所を保ち続けている。

 2年も離れていたらしいが、なんて息の合った連携だ。

 どちらかを注視すれば、どちらかを見逃すような絶妙な位置取りで相手を撹乱している。

 実際蜘蛛女はギョロギョロとせわしなく眼球を動かしている。


 しかもそこに――


「よそ見はいかんぞお嬢ちゃん」


 完全なる死角からシュウオウさんが斬りかかり、背中に大きな傷をつけた。


「ぐぅっ!!」

「むぅ……衰えたのう。あと10年若ければもう一歩踏み込んで両断してやったものを……」


 蜘蛛女は背中が大きく裂け、おびただしい量の血が流れ始めた。

 化け物の致死量がどれほどのものかは知らないが、それでも相当な深手のはずだ。


 ……強いなこの人たち。

 一歩間違えたら俺らはこの人たちを敵に回していたのか……。


「殺す殺す殺す殺す殺すころすコロスコロス……」


 蜘蛛女がなにやらぶつぶつ言いだした。

 なんとなく嫌な予感がすると次の瞬間。


 ヒュッ!


 蜘蛛の糸のようなものが俺たち全員に向けて放たれた。あまりの速さで見えたのは一瞬だったが、バチバチと激しく放電している。


 しかし——


土遁どとん


 大亮が何かを呟くと、これまた一瞬で俺たちの前の土が急激に隆起し、その糸を防いだ。


「まともに戦うならともかく、守りに専念する分にはまだ使えるな……」

「……私をイラつかせるのは天才的ねあんたらぁぁぁ! こうなった――!」


 蜘蛛女が喋り終わる前に、タケフツさんとシュウオウさんが同時に斬りかかった。


「喋る前に動け」

「ぐっ!」


 蜘蛛女はなんとか2人の攻撃を凌いでいるが、防戦一方だ。

 

「やりづらそうだなー、あの2人と戦うの。次の動きが読めないもん」

「そうなのか?」

「2人とも無駄がないから予備動作がほとんどないもの。特にタケフツさんは力強さまであるから避けるのも受けるのもキツいね」


 ふと大亮の目を見る。

 紅く光かけていた目は、少しブラウンがかった黒目へと戻っていた。


「……まだ終わってないけど、一真」

「ん?」

「助けてくれてありがとう」


『ありがとうございますっ!』


 あの時の、ユキの言葉を思い出した。

 あの時はどうしても、自分が誰かを助けたんだなんて誇ることができなかった。

 けど――


「……どういたしまして」


 今回は、少しだけ誇らしかった。

 結局また人の力を借りちまってるけど、それでも何かが自分の中で違って見えたような気がしたんだ。


 タケフツさんの激しくも丁寧な剣撃。

 シュウオウさんの流れるように流麗な剣撃。

 そしてヒミカの魔術による援護で、蜘蛛女は徐々に追い詰められていく。


「……そろそろ俺も行かないとマズいかな」

「お、おい。せっかく救援が来たんだ。ゆっくり休まないと……」

「あれでまだ本気じゃないよあいつ」

「!?」


 大亮はそう言うと再び両刀を手に蜘蛛女の方へ歩いて行った。


(みもねえから聞いた、奥の手を出される前に仕留めないと……)


 大亮はまだあの蜘蛛女を最大限に警戒しているようだった。

 タケフツさんと戦っている間に、なんとか一瞬の隙をついてやろうとしている。


 しかし――


 先ほどから蜘蛛女の後ろにあった、光るもやのようなものが急に輝きを増し、中から身の丈3m近くはありそうな筋骨隆々とした大男が現れた。


(でっ……か! 昨日の鬼と同じくらいあるんじゃ……!)


大雷おほいかずち……!」

若雷わかいかずち、撤退だ」

「はあああ!? ようやく高天ヶ原たかまがはらへの『道』が開いたってのに何寝ぼけたこと言ってるのよ! いいからさっさと援軍をよこしなさいよ!!」

「それどころではない。『死神』と『断罪者』が現れて交戦中だ。このままではこちらが壊滅する」

「な……!?」


 大雷と呼ばれた大男の言葉で、蜘蛛女こと若雷は絶句し、そのまま拳を強く握りしめて押し黙ってしまった。


黒雷くろいかずちがまだこちらに残っている以上、機会はいくらでもある。ここは引け」

「くっ……! わかったわよ!」

 

 そう言って若雷は俺をキッと睨みつけた。


「あんた……覚えていなさい。必ずこの手で嬲り殺しにしてあげるわ」


 若雷はそのまま光る靄の中へ、『道』の中へと消えていった。

 ……あれ? 『道』って確か一方通行じゃ……。


「神族がいればどちらからも行き来できるんだよ」

「……解説どーも」


 また顔に出てたか。大亮が説明してくれる。

 ってかあいつらが神族ってやつだったのかよ……。


「……一緒に行きたかったら止めないけど」

「……あの蜘蛛女に殺されて来いってかお前」


 そう言って、俺らは互いの顔を見合わせ、ふっと笑う。

 こいつとこうして冗談言い合うのは確か初めてだけど……悪くないな。


「……それにしても、やっぱり大和やまととコウにい生きてたのか……こりゃ皆もどっかで元気にやってそうだな」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないよ」


 大亮はそういうと、あの大男、大雷を見据えた。


「……久しぶりだな『あか――』」


 大雷が言い終える前に、大亮は小刀のようなものを投げつけていた。

 大雷は指2本でその小刀を掴み取っている。


「お帰りはあちらだよーん」

「……ふっ」


 そう笑って、大雷は『道』の奥へと消えていった。


「……ど、どうなったの?」


 ヒミカが他の皆を交互に見て、問いかける。


「……勝った……のか?」

「ふむ……」


 タケフツさんとシュウオウさんも、まだ警戒を完全には解いてないが、どうしたものか決めあぐねている様子だ。


「まだやること残ってるよ」


 大亮はそう言って、ゆっくり『道』へと近づく。


「お、おい! 近づいたら――」

「もう中から気配しないからへーきへーき」


 俺の心配をよそに、大亮はこちらを振り返りもせずに手をひらひらと振って見せた。

 やがて『道』の前に立つと、首元の紐を引っ張り、服の中から勾玉の首飾りを引っ張り出した。

 その首飾りを『道』に向かって掲げると、勾玉が神々しい光を放ちだす。


「仕上げは大亮さ~ん♪」

「……神々しさから何から台無しだお前」


 勾玉の光が、まるで生き物のように『道』へと伸び、もやと混ざり合っていく。

 そして徐々に光が弱くなっていき……。


「……終了っと」


 『道』が塞がれたようだった。


「もう、ここから『道』が開くことも、あいつらが現れることもないよ」


 大亮はそう言ってくるりとこちらを向き――


「俺たちの、勝ちだ」


 そう宣言した。

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