26話 最弱のヒーロー

「死んじゃったかしら?」

「……生きてるね残念ながら」


 大亮と若雷じゃくらいとの戦いは既に始まっており、そして決着が近付いていた。


 やはり『紅眼』が使えない上に、昨夜からの連戦で体力・魔力がほぼ切れた状態の大亮では、若雷には歯が立たなかった。

 若雷の戦い方は、姉から聞いていた通りトリッキーで読みづらく、今の大亮との相性は最悪だった。

 後の先を取るカウンタースタイルを得意とする大亮にとって、相手の次の行動が読めないというのは致命的だ。


 また、自分が姉から若雷のことを聞いていたように、向こうも黒雷こくらいから大亮のことを聞いていた。

 カウンタースタイルと攻めて来た時のスピードに振り回されないよう、若雷は中、遠距離魔術を駆使し、大亮を近づかせなかった。

 若雷は力もスピードも、術の威力も黒雷に劣るが、技の種類と発動速度が段違いであった。

 防戦一方だった大亮は徐々に押し込まれ、体勢を崩したところで上級雷電系魔術の直撃を受けた。

 なけなしの魔力で、咄嗟に障壁を張ったおかげで命はあるが、ダメージと痺れで体が動かない。


「ああ、殺すつもりはないから安心して? 黒雷くろいかずちが怒るし、それに……」


 若雷は横たわる大亮にゆっくりと近付き、耳元で囁いた。


「……あなたを使えば、他の連中家族を黙らせておけるでしょう?」

「……1ついいかな?」

「1つと言わずなんでも聞いていいのよ? お姉さん子供は結構好きだもの」

「兄さんたちはどうした?」


 元々高天ヶ原こちらに進入していた黒雷はともかく、『道』が開いたからといってすぐ若雷達が進軍してくるなど、あの家族たちが見過ごす訳がない。

 大亮は彼らに何かがあったことを察していた。


「ああ、あいつらなら今はほとんど行方不明よ。所在がはっきりしてるのは……確か永遠とわくらいね」


(まあ、永遠にいは流石に生きてると思ってたけど……他の皆が行方不明? 1年前あれから一体何があった?……希望のぞみは? 章吾しょうごおじさんは?)


 彼らの反対を押し切って高天ヶ原に1人で残り、家族と離れた大亮には、彼らに何が起こったのか知る由もない。

 しかし、大亮の知る家族は何があっても乗り越えてしまうヒーローのような存在だった。

 その彼らがほとんど行方不明となっている事実は少なからず大亮を動揺させた。


「私も残念よ。美護みもりとの決着がつけられないんだもの」

「……みもねえは興味ないって言いそうだけどね」

「言いそうね。あの子ったらつれないから」

 

 そう言って若雷は牡丹色の髪をかき上げながらため息をついた。

 見た目は明らかに大亮より年下だが、その仕草・言動に醸し出される妖艶な魅力は明らかに子供のものではない。


「ねえ、お言葉に甘えてもう1つ質問いい?」

「あらいいわよ? 何が知りたいのかしら」

「そんなに俺に近付いて大丈夫?」


 刹那、若雷の足元の地面が針のように隆起し、襲いかかった。


「!?」


 若雷は慌てて一足飛びで後ろに避けたが、ふくらはぎにいくつか傷を負ってしまった。


「くっ……! 魔力切れの状態でやってくれるじゃない……黒雷くろいかずちが念話で報告してきた奥の手かしら?」

「いや、別物」


 大亮はゆっくりと起き上がる。

 疲労や魔力切れまでは回復していないが、戦闘で負った傷はこの短時間でほとんど回復していた。

 大亮の横たわっていた地面には、高天ヶ原たかまがはらでは見たことがない白い花が一輪置かれていた。


「生憎、彼女たちの魔力はその時の俺の魔力量に比例するんでね。今呼び出してもほとんど意味がない」


 そう言った大亮の手には符が握られていた。

 それは“仙術”。

 地脈からエネルギーを経絡けいらくに取り入れ魔力として使う魔術とは異なり、地脈に流れるエネルギーをそのまま使用する高天ヶ原にはない・・・・・・・秘術だ。


「さあ、続きやろうか」

「……私の肌に傷つけたわね……」


 若雷の魔力量が明らかに跳ね上がった。

 どうやら本気になったようだ。


「……殺すなとは言われてるけど、別にだるまにするくらいならいいわよねぇぇ!!」

「……優しくしてねー」


 大亮が魔導袋から符を数枚取り出すと同時に、若雷の背中から蜘蛛の脚のような鋭利な刃が生えてきた。


(さて……どうやって逃げるかなー。でもまだ早いか。あと30分は凌ぎたいんだけど……)


 考えている間に若雷が襲いかかる。

 先ほどまでは大亮のカウンターを気にしてか全く接近戦を挑んで来なかったが、もはや大亮にそのような力は残っていないと判断し、一気に勝負をかけてきた。


 大亮も符を媒体に仙術を使用することで、なんとか身体能力を上げ、それに食らいついていく。

 しかし、所詮付け焼き刃。

 本来の身体能力や魔力には遠く、先ほど同様時間稼ぎが関の山であった。


「しつこい男は嫌われるわよ坊や!」

「ぐっ!」


 若雷の渾身の一撃を両刀で防いだ大亮は、そのまま勢いよく吹き飛ばされ、木へと激突した。


「かっ……はっ!」


 肺の中の空気が一気に無くなるような息苦しい感覚。

 大亮はまともに立っていられず、ずるずると座り込んでしまった。


「もういい加減いいわよねえ、終わらせても。これ以上付き合ってられないわ」


 若雷の背中から生えた鎌のような刃が、大亮に向けられる。


「あなたいたずらっ子みたいだから、足を切っておくわね」

「……できたら右足がいいなあ」

「さて、どうしようかしらね」


 若雷が大亮に向かって刃を振り下ろす。

 ドスッという音と共に刃が突き刺さった。


 ……大亮が寄りかかっていた木の、根に。


「……誰よあんた」


 大亮は、突如現れた男に抱きかかえられ、転がるようにその場を脱していた。

 他でもない大亮が一番驚いている。

 青年は急いで立ち上がり、大亮を守るようにその前に立った。


 背中から4本の刃を生やした明らかに人外の者を前にし、恐怖を感じながらも若雷を睨みつけて——


「……通りすがりの一般人Aだよこの野郎」


 秋沢あきさわ一真かずまはそう言った。

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