21話 謀略

「ひ……ひひひひ」

「……何が可笑しい」


 大亮だいすけが止めを刺しに近づくと、黒雷こくらいは不気味に笑い出した。


「やっぱり……テメェは最高だぁ……! いっつもいっつも、ここぞってところで俺の予想を超えてくれやがる……」


 全身を焼かれ、人間ならばとうに死んでいるだろう傷を負わされて、それでも黒雷は実に愉快そうに笑う。

 黒雷は生粋の戦闘狂だ。

 初めて大亮と対峙した時、彼はまだ幼い大亮など歯牙にも掛けなかった。

 しかし、当時まだ12歳だった大亮に遅れをとって以降、その実力と伸び代に惹かれた黒雷は大亮を執拗に狙い続けた。

 自分と本気で戦える相手を求め続けていた黒雷にとって、それはもはや恋にも近い感情だった。

 

 しかし、彼は戦闘狂だが決して自己中心的ではない。

 彼は、与えられた任務・・を疎かにするような愚か者ではなかった。


 秋沢あきさわ 一真かずまを高天ヶ原に迷い込ませたのも、黒雷の仕業だった。

 彼は、大亮が現在南大陸を拠点にして活動していることを掴んでいた。

 そして、大亮の次の目的地がヒガン村と、その奥の森にあるやしろであることも。


 黒雷はヒガン村付近に先行し、大亮が社を破壊する前に『道』を開き、無作為に選んだ葦原中津国あしわらのなかつくにの人間を高天ヶ原たかまがはらへと送り込んだ。

 大亮は黒雷の狙い通り、社の破壊と封印よりも一真の保護を優先した。もっとも、ビーチェらの存在を知らなかったおかげで、破壊までは実行されてしまったのだが。

 

 さらに黒雷は、大亮を消耗させる目的で鬼を引き連れて来ていた。

 大亮は昨夜、計3体の鬼を相手に『紅眼あかめ』の状態となり、そして今、黒雷を相手に死闘を繰り広げた。

 ただでさえ体力に不安がある大亮だが、あの紅眼はより体力を消耗する。

 紅眼の連続使用により、大亮はもうガス欠と言っていい状態に陥っていた。


 故に——


「!?」

「……俺様の仕事はここまでだ……ひひひひひ」


 黒雷と同レベルの脅威に対し、もはや対抗できる者はいないということになる——


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「ちょっと……何よこれ……!」


 あまりの事態に、ヒミカが思わず声を上げる。

 タケフツやロウを始めとした村の若い者たちで、戦えない者を広場とシュウオウの家に避難させて間も無く、森の社からまたしても脅威的な魔力の波動を感じ取ったのだ。

 しかも、それに群がるように複数の気味の悪い気配を感じる。


「……新手か」


 タケフツは取り乱すことなく冷静に現状を把握する。

 そう、新手だ。


 黒雷が開き、大亮が封印し損ねた社——『道』から新手が送り込まれて来たのだ。

 社の正体は、御神体ごしんたいと呼ばれる高天ヶ原と別の世界とを繋ぐ『道』を作り出す魔道具だ。

 無論、一般に普及されている魔道具とは違い、神族によって作られ、神族以外は操作することはおろかまともに触れることも出来ない。


 しかし大亮は人族でありながらも、ある理由により御神体を破壊することができる。

 破壊することで神族の加護を消失させ、封印することで今後一切『道』が開かれる事は無くなる。

 大亮はその為に高天ヶ原中を回って、御神体を破壊・封印する旅をしていたのだ。


 しかし今回は様々なイレギュラーが重なり、御神体の破壊までは実行できたが肝心の封印がまだできていなかった。

 新たに『道』から、黒雷に匹敵する化け物が、鬼の大群を引き連れて高天ヶ原にやって来た。

 

「に、兄さん……」

「……周りに群がっている奴らは、お前たちが連携を組めばなんとか倒せる。あとは、俺と長の2人掛かりで主犯と思われるあいつを倒せれば……!」


 タケフツも内心ではかなり厳しい状況だと理解していた。

 あの魔力の波動は先ほどの禍々しい魔力に匹敵するほどの大きな力を感じさせる。

 あれに対抗するには、あまりに戦力が足りない。

 

 状況は限りなく最悪であった。


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 森の中を鬼の大群が進んでいく。

 昨夜、大亮が倒した鬼と同様の鬼がおよそ30体。

 そしてその遥か後ろ、小柄だが大きな魔力を持った若い……というより幼く見える女性が、一真が通ってきた『道』の前に立っていた。


「……黒雷くろいかずちのヤツやられたのね。本当に懲りないんだから」


 黒雷こくらいの事を黒雷くろいかずちと呼んだその少女は、年齢にそぐわない落ち着きと色気を含んだ声で呟いた。


「まあ、最低限の仕事は果たしてくれたみたいだし……あの坊やを無力化しただけ上出来よね」


そう行って少女——若雷わかいかずちこと若雷じゃくらいは妖しく嗤う。


「さあ、いよいよ高天ヶ原を火の海にしてやるわよ」

 

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