22話 それは本当にささやかな決意と小さな一歩

 俺が子供たちと一緒に屋敷の中に入って間もなく、大勢の村人が屋敷へとやってきた。

 かなりの広さを誇るこの屋敷だが、続々とやってくる村人全てを収容することなんて当然できない。

 シュウオウさんの屋敷の周りにある村の集会所や、体育館並みに広い道場などにバラけてなんとか集まってきた人たちを収めることができた。


 正直かなりぎゅうぎゅう詰めになってるが、俺の周りだけぽっかりと空いていた。

 理由は言わずもがなだ。

 先程まで俺の周りにいた子供たちも、親と思われる村人が引き剥がすように連れて行った。


 この村で今何が起きているのか検討もつかないが、こんな状況でも変わらずに、大人数で刺すような視線を浴びせてくるのはさすがにこたえる。


 しかし同時に若干の腹立たしさも感じていた。

 別に俺に対して敵意を剥き出しにするのは構わない。

 ただ、さっきのカンナさんの言葉が頭から離れないんだ。


『誇りのために命を軽んじるようなことがあってはなりません』


 あの言葉は……うまく言えないけど、なんか突き刺さった。


 こんな状況で、あんたたちがしなきゃいけないのは俺を睨みつけることか。

 何が起きてるのか知らないが、一大事なんだろう?

 タケフツさんや、ロウさんや、シュウオウさんが今も必死に駆け回ってこの村を守ろうとしてるんだろう?

 あんたたちは、その人たちを想う事もせずに俺を責める為だけにここに来たのか?

 あんたたちにとってあの森は、今必死になってあんたたちを守ってる人たちよりも大事か。


 チラッとユキの方を見る。

 周りの村人たちが心配そうに声を掛け、ユキはそれに対応しながら時折申し訳なさそうに俺の方を見た。

 

 こんな小さな子がカンナさんの想いを理解して、俺みたいな余所者がその言葉に心震わされたっていうのに、ずっとあの人と共に生きてきたはずのあんたたちが、なんでそんななんだよ。


 俺はすっと立ち上がる。

 それだけで周りが少しざわつきだす。

 ……うるせえんだよ、本当に。


 俺はさすがに嫌気がさして、この場を離れることにした。

 あんたたちもその方がいいだろ?

 俺はどのみちこの村の人間じゃない。

 危険に巻き込まれても関係ないだろう。


 何より、大亮だいすけが心配だ。

 あいつがこの状況で何も動かないと思えない。

 十中八九この騒動の渦中にいるだろう。

 あいつに何かあるとは思えないが、何もないとは言い切れない。


 昨日あんな目にあって死にかけたってのに、俺は性懲りもなく危険に自ら飛び込もうとしている。

 そりゃ、それなりに怖い。昨日今日で危険に慣れたなんて言うつもりはない。

 けど、大亮あいつはいい奴だ。

 恩人だってのももちろんあるが、俺はあのマイペースで、ちょっとコミカルで、けど誰かの為に命と人生を懸けて動くことのできるあいつが好きなんだ。

 昨晩会ったばかりで何がわかると言われそうだが、知ったこっちゃない。


 俺は、あいつに死んで欲しくない。

 俺なんかのために命を懸けてくれるあいつに、俺ができることなんて、それを願うくらいしかないじゃないか。

 

 横目でユキが何か言いかけているのが見えたが、俺はそのまま屋敷の外へと向かった。


(……俺1人でも、大亮と合流するまで意地汚く逃げることぐらいはできるさ)


 もしかしたら、危険に巻き込まれて余計大亮に迷惑かけるだけかもしれないけど、ここで何もしなかったらきっと俺は本当に何もなくなってしまう。

 なんとなくそんな気がしたんだ。


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黒雷こくらいっ……!」

「ぐっ!……ひゃははは……どうしたぁ? らしくねぇ……いつもの仏頂面はどうしたよ」


 大亮は全身焼け爛れた黒雷を摑み起こしていた。

 その顔には明らかな焦りが見える。

 それが今の状況を如実に物語っていた。

 

 黒雷には及ばないが、たった今『道』から高天ヶ原たかまがはらにやってきた若雷じゃくらいも尋常ならざる力の持ち主だ。

 黒雷との戦いで力を使い果たした大亮では、止める事は不可能に近い。


 更に、30体はいるだろう鬼がヒガン村へと進行していた。

 昨夜大亮は簡単に鬼を討伐したように見えたが、本来鬼というものは一般的な実力の戦士が数人がかりでやっと倒せるような存在だ。


 タケフツやシュウオウらがいればギリギリなんとかなるだろうが、それでも最大の脅威である若雷が残っている。

 さらに、これは恐らく先行隊。

 若雷が今守るようにその前に立っている『道』から次々に援軍が送り込まれるだろう。

 あまりにも、戦力が足りない。


「……ビーチェ、アリエルたちを連れて村に来る鬼共を迎え撃って」

「……よいのか? 妾達が行ったところでその場凌ぎにしかならん。その上、お主の存在が中央の奴ら・・・・・に気付かれかねんぞ」

「……それどころじゃない。シュウオウさんに、今すぐ村人全員で西に逃げるように伝えて」

「……わかった」


 ビーチェはそう言うと、ゆっくりとその姿を消した。

 

「……このまま終わるわけにはいかないんだ……もう一度、家族の皆に会うまでは……!」


 大亮は、自らを奮い立たせるようにそう呟いた。

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