17話 望まない展開ほど向こうから近づいてくる

 ユキと会話をして、もう1時間くらいになるだろうか。

 かなり早いうちにカンナさんから部屋の準備が出来たと伝えられてはいたのだが、ユキは飽きることなく質問を投げかけ、俺はそれに答え続けた。

 ユキはとても素直な子で、俺の話によく笑い、よく驚いてくれる。俺も話していて楽しかった。


 ひとしきり話をして、互いに茶を啜って一息ついたところで、庭から騒がしい足音が聞こえ出した。


「あ、ユキいた!」

「ユキ大丈夫!?」


 それはユキと近い年頃の子供たちだった。

 男女合わせて7、8人はいる。

 どうやらユキの友達のようだ。


「あ、皆! 来てくれたの?」

「当たり前だろ! 大丈夫なのかよ」


 子供たちの中で年長らしき少年が、縁側に身を乗り出してユキに声をかけた。

 

「大丈夫だよ、レン。怪我とかしてないから」

「そっか……よかった」


 レンと呼ばれた少年は心底ほっとしたようだ。

 そしてすぐさま俺を睨みつける。


「お前が……!」

「……え、俺?」


 あからさますぎるほどの敵意を向けられ、子供相手とはいえ少したじろいでしまった。


「え? レン違うよ! カズマさんは――」


 ユキが言い終えるより早くレンが俺に向かって手をかざし、ソフトボール大の火の玉を飛ばして来た。


「うおっ!」


 野球をやっていた頃の経験が活きたのか、動体視力と反射神経を駆使してなんとか回避する。

 ボンッという音と共に、火球は壁へと着弾した。

 が、レンは間髪入れずに二撃目を放って来ている。

 一撃目を避けたばかりの俺は体勢を崩していて避けきれそうもない。


(やべっ……!)


 その時だった。

 俺の胸からまばゆい光が放たれ、火球は直前で霧散した。


「なっ!?」


 間違いなく仕留めたと思ったレンは、何が起きたのかわからないといった様子で呆然としている。

 レンだけではなくユキも、他の子供たちも唖然としている。

 ……他ならない俺が1番驚いてるんだが。


 自分のTシャツの首元を引っ張って胸元を確認すると、まったく見覚えのない首飾り――というより紐のような物が付けられていた。


(え、何これ)


 疑問を抱いてすぐ、心当たりが一つ浮かび上がった。

 大亮だ。

 俺にこんな物を付けられるのは、同じ座敷牢にいたあいつぐらいしかいない。

 そういえば座敷牢から出る時、あいつは俺だけが外に出されるのを予期していたようだった。

 自分が側にいない間、万が一に備えて俺に何か渡していたとしても不思議ではない。


「な、なんだよお前……今の」


 レンは明らかに動揺している。

 その顔には得体の知れないものに対する恐怖が浮かんでいた。


「レン! ちょっと――」

「――誰ですか? 今、おいたをしたのは」


 瞬間、部屋の空気が絶対零度にまで凍りついた。

 レンが声のした方向へギギギ……と壊れたからくり人形のように首を向ける。

 ゆらりと廊下の奥から姿を現したカンナさんは、明らかに怒りが込められた笑顔でレンを見据えた。


「あらあら、レン。ユキのお見舞いに来てくれたのですね。ありがとう」

「お、お邪魔してます……」


 レンはひくひくと顔を引きつらせ、裏返った声でなんとかその一言を絞り出した。


「――我が邸内で、それも当家の客人に対して……何をしているのです?」


 カンナさんの顔からすっと笑顔が消えた。

 先程火球が着弾した壁はプスプスと焼け焦げている。

 怖い! 今日会ったばかりの俺でも怖すぎる。

 昨夜大亮に会った時のように、体が指一本動かせなくなるほど硬直している。


「い、いや、ちが……こ、こいつがユキを――」

「ほう、更に『こいつ』呼ばわりですか……レン、ちょっとこっちにいらっしゃいな」


 カンナさんはその老体でどのように動いたのか、一瞬でレンの背後に回り込み、首根っこを掴んでズルズルと引きずっていった。


「……」

「……えーと」

「す、すみませんレンが……」


 ユキが申し訳なさそうに謝罪してきた。


「ユキが謝ることじゃないよ」

「すみません……レンとこの子たちとは幼馴染で、よく一緒に遊んでるんです」


 そう言ってユキが俺に子供たちを紹介してくれる。

 しかし皆レンと同様、俺に敵意と不信を込めた視線を向けている。

 それはそうだろう。シュウオウさんとカンナさん、ユキは俺を受け入れてくれたが、大多数の村人にとって俺は不審者以外の何者でもない。


 しかし、子供たちの中で一番小さな男の子が、履物を脱いで俺に近づいてきた。


「ちょ、ちょっとシロウ……」


 女の子が声をかけるが、シロウと呼ばれた子は構わず俺に近づいてくる。


「お兄ちゃん、ユキを助けてくれたってほんと?」


 シロウはまるで邪気のない純粋な瞳で俺をじっと見つめて問いかけてきた。

 大亮やユキ、ホノムラ夫妻はああ言ってくれたが、俺はいまだに自分がユキを助けたと思うことはできなかった。

 どう答えるべきかと迷っていると、ユキがシロウに微笑み、声をかけた。


「そうだよシロウ。カズマさんはね、自分も危ないのに私を必死に守ってくれたんだよ」

「そうなんだー。カマありがとー」


 シロウはそう言って、俺に右こぶしを突き出してきた。


「あげるー」


 何か持っているのかと俺が手を差し出すと、シロウはころりと飴玉を掌に落としてくれた。

 どうやら彼なりのお礼らしい。


「……ありがとう。嬉しいよ」

「えへー」


 俺が頭を撫でてやると、シロウは嬉しそうに目を細めて笑った。

 その様子を見て、他の子供たちが少し戸惑っているように見えた。


「皆、カズマさんは優しくていい人だよ。怖い人じゃないの」


 ユキがそう言ってくれると、皆次々と部屋に入ってきて「ユキを助けてくれてありがとうございます!」「これ、あたしもお礼!」「にーちゃんどうやって化け物倒したの!?」と急に俺を囲んで矢継ぎ早に話しかけてきた。


(お、おお……子供っていったん受け入れたら懐くの早いのな……)


 いきなりのウェルカム状態に俺が戸惑っていると、またしても庭から人の姿が見えた。


「おお、呼んでも誰も出ないから留守かと思ったら……何か随分と賑やかだな」

  

 長身に深緑?色の短髪の青年が声をかけてくると、騒いでいた子供たちは一瞬で静かになり、そして瞬く間にその青年へと駆け寄っていった。

 

「タケフツにーちゃん!」

「いつ帰ってたの!?」

「ついさっきだよ。お前ら広場にいないと思ったら、おさの家で遊んでたのか」

「ちがうよ! 秘密基地にいたの! さっきユキのお見舞いに来たの!」


 ――タケフツ?

 今、タケフツって言ったか?

 ってことは……。


「あ……」

「あ……」


 ばっちりお互いに目が合ってしまった。

 ……いかん、この流れは。


「どうも、初めましてタケフツと言います」

「あ……どうも」


 ……やっぱりこうなっちまったか。

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