16話 和解(仮)

「ねぇ、何か食べ物くれない?」


 今にもはち切れんばかりに膨れ上がった緊張感の中、大亮だいすけが発した言葉はあまりにもタケフツらの予想からかけ離れていた。


「……は?」

「朝ごはん、まだ食べてないんだ」


 もうすぐ朝の8時になるが、大亮は昨日の夕方から何も食べていない。育ち盛りには中々苦行だったらしい。

 それでなくとも大亮は見た目によらずよく食べる。


 実はシュウオウとロウの指示で食事は出るようになっていたのだが、タケフツが帰ったという知らせを受け、担当の者が調理場から出て行ってしまったのだ。


「基本的人権を強く訴えます」

「あ、ああ……すまん。すぐに用意させよう」


 そう言ってロウが座敷牢から出て行った。

 シュウオウから大亮の監視を命じられてはいるが、今ここにタケフツがいるならば問題は無いと判断したようだ。


「……何も食べてないのか」

「うん。昨日の夕方早めにご飯食べてから何も」


 そう言った2人は、また黙ってお互いの顔をじっと見合った。

 その視線に大亮は好奇心を、タケフツは警戒心を乗せて。

 ――が。


 くぅー。


 先程の大亮の発言で緩みつつあった空気が、今度こそ完全に破壊された。

 大亮の腹の音によって。


「……」

「ぎぶみーちょこれいと」

「……ぶっ!」


 急激な空気の変化に耐えきれなくなったのか、タケフツは吹き出し、顔を伏せて必死に笑いを堪えていた。

 どうやらツボに入ったらしく、小刻みに肩が震えている。


「に、兄さん?」


 先ほどまでの緊張感に気圧され、ずっと黙っていたヒミカが思わず声をかける。

 初対面の子供に敵意を剥き出しにするのも、急にこのように笑い出すのも見たことが無かった彼女は、かなり戸惑っている様子だ。


 タケフツには、前世と今世を合わせると50年以上の記憶と経験があり、その内の大半は闘いによって積み重ねてきたものであった。まさに百戦錬磨と言っていい。

 その彼に最大限の警戒心を抱かせた少年は、あまりにも無防備で無邪気で、思わず毒気を抜かれてしまった。

 対峙してから何度もタケフツは気をぶつけていたのだが、大亮は最初に殺気と魔力を飛ばして以降全くこちらに敵意を向けず、タケフツの気をさらりと流し続けた。

 大亮に対する警戒心を完全に解いたわけではないが、必要以上に気を張っていたのが馬鹿らしくなった。

 

「……干し肉で良ければ食うか?」

「!」


 大亮は目を爛々と輝かせて格子に張り付き、コクコクと頷く。

 タケフツが取り出した干し肉を受け取ると、すごい勢いでぐまぐまと食べ出した。

 その様子を見て、ようやくタケフツはヒミカの知っている優しい笑顔で微笑む。

 

「……あんた、ちゃんと感謝しなさいよね全く」


 内心なんでこんな奴にという想いもあったが、自分の知っているタケフツならばそうするだろう。

 やっと自分の大好きな兄に戻ったと安堵したヒミカはどこか嬉しそうだった。


「ご馳走様ですありがとうございます」


 干し肉を食べ終えた大亮は、年齢不相応に綺麗な土下座で感謝の意を表した。


「いや、たかが干し肉でそこまで感謝されても……」

「意外と律義ねあんた……」


 兄妹が大亮に苦笑していると、大亮は顔を上げて2人を見据えた。


「改めてごめんなさい、タケフツさんを驚かせて。それとやしろを勝手に壊して」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

「……あんた、なんであんな事したのよ」


 あの広大な森の最深部にある社は彼らにとって神聖なものであった。

 いつ頃からあるのかは詳しく伝わっていないが、村の者たちには、あの社は神族によって建てられ、その加護をもってヒガン村は守られていると言い伝えられてきた。

 だからこそ代々ヒガン村の者たちは神族に敬意を払い、自分たちに加護を与えてくれる社を守り続けた。

 社が侵入者に破壊されるなど、ヒガン村の歴史で初めてのことだった。


「理由は、今は言えない。時期が来たら、シュウオウさんから説明があると思う」

おさから?」


 ヒミカが怪訝そうな顔をする。

 ヒガン村の長であるシュウオウが、社が破壊される理由わけを知っているということが、彼女には理解できなかった。


「……まあ、長から話があるならそれを待つさ。どのみち今回の件、俺は当事者じゃないしな」

「そうしてもらえると。正直俺、説明とか得意じゃないし」


 ヒガン村から森に無断で侵入し、挙句無許可で社を破壊することになったのは、実は大亮にとっても予想外の出来事であった。

 当初の予定では堂々と正面から訪れ、村長シュウオウと面会して事情を説明し、同意の上で事を行うつもりだったのだ。

 しかし、もうすぐヒガン村に着くというところで『道』から誰かが高天ヶ原たかまがはらに来た気配を察知し、そちらの保護が優先となってしまった。

 魔物・魔獣が溢れている高天ヶ原に、何の力も持たない中津国なかつくに人が迷い込むことは命に関わる有事だ。

 しかも、本来ならいるはずのない鬼――けがれが顕現した。

 予想外に予想外が重なり、かなり荒っぽい手順になってしまったのだ。

 大亮としても、今回の件をうまく説明するのは難しい。


「どんな理由があっても、貴方たちの大切なものを奪ったのは事実だから。だから改めて、本当にごめんなさい」


 そう言って大亮はもう一度深く頭を下げる。


「……理由をはっきり聞くまで、あんたを許すつもりはない。けど、あんたに申し訳ないって気持ちがあるのはわかったから、それについては、もういいよ」


 ヒミカの言葉に、あまり表情の変わらない大亮がすこしホッとしたように見えた。


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「カズマさんどうしました?」

「……なんか俺、今自分の存在意義が問われてる気がする……」

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