15.5話 遠い記憶

「ねー、勘吾かんご

「……」

「勘吾ってば!」

「うおっ!?」


 刀に打ち粉を打っていたところ、急に耳元で大声を出されて俺は軽い目眩を覚える。

 普段ならばここまで近づかれて気付かない事などあり得ないのだが、この人は気配を消すのが抜群に上手かった。


「もー、さっきから呼んでるのに」

「いや……気づきませんよ普通」


 そう。先程から俺のことを勘吾と親しげに呼んでいるが、この人とはまともに話した事もない。

 そもそも、組の大幹部であるこの人と平隊士の俺とでは話す機会など滅多にない。

 まさか自分が呼ばれているなど思いもしなかった。


「それ、夏に新調した刀?」

「え? あ、はい。前のは帽子が折れてしまったので……」


 夏のあの大捕り物で、俺の愛刀は切っ先帽子が折れてしまった。

 どうしたものかとしばらく途方に暮れていたが、程無くして多額の報奨金が支給され、俺は刀を新調することが出来たのだ。


「正直、まだ違和感はありますが……まあ、これもいい刀ですよ」

「わかるわかる、僕の刀もあの時帽子が折れてさ。ちょっと奮発していい刀にしたんだけど、まだ馴染まないんだよね」


 そう言って、俺より三つ程年下の大幹部はけらけらと笑った。

 ……これが刀を抜くと鬼神の如く人を斬るのだから恐ろしい。


「……ところで、自分に何か御用ですか?」

「あー、そうそう。ついさっき幹部会が終わってね」


 そう言って、俺の肩にポンと手を置くと――


「勘吾、今日から僕の一番組ね」

「……は?」


 とんでもないことをさらっと告げてきた。


「……自分は井上先生の部下だったはずですが」

「うん、だから再編成。もうすぐ長州征伐があるだろうから。源さんも三番の組長になったし」

「……なぜ自分は一番組なのでしょうか」


 ……俺は正直この人――沖田先生が苦手だった。

 俺は浪士組時代からの古参隊士で、彼とは隊内でも付き合いが長い方になるが、極力避けてきた。

 彼は子供のように無邪気で陽気だ。実際よく稽古をさぼっては近所の子供と遊んでいる。

 以前井上先生にたしなめられていた。

 そして、斬り合いの最中さなかですら彼は子供のように笑う。

 そこに、一切の恐怖も躊躇も無いかのように。

 何かが欠落しているような、得体の知れないものを彼から感じていたのだ。


「ん? 強いし。それに――」


 沖田先生は悪戯っぽくにやっと笑った。


「勘吾、僕のこと嫌いみたいだから」

「……貴方は本当におかしい人だ」


 沖田先生は何がおかしいのか、急に大笑いしだした。

 笑いすぎて薄っすらと涙が浮かんでいる。


「……裏で隊士を何人も斬ってる勘吾も、相当おかしいと思うよ?」

「……なんの話かわかりませんね」

「試衛館からの古株は皆知ってる。あまりウチの監察方山崎と島田を甘く見ない方がいい」

「……」


 ……油断した。

 誰にも気付かれていないと思っていたが、まさか幹部に筒抜けだったとは。


「心配しなくても、粛清するつもりなら編成に入れてないよ。……最初は佐伯。僕と平助が逃がした松井と松永。それと池田屋で新田……最後に葛山かつらやま

「……」


 沖田先生は俺が今までに斬った隊士の名をすらすらと読み上げていった。

 皆、間者の疑いがあったり局長への不満を公言していた隊士だ。

 

 ……俺は、俺の居場所を守りたかった。

 些細な喧嘩で人を殺め高松を脱藩した俺は、盗みを働き、時には泥をすすり、畜生が如く意地汚く生き永らえてきた。

 このまま野盗か侠客にでも身を落とすかという時に、壬生浪士組みぶろうしぐみの隊士募集の報を聞いた。

 俺は人生をやり直すまたとない機会と思い、入隊を志願し、そして合格した。


 俺にはもう他に居場所なんてない。

 ここが全てなんだ。

 毎日が命懸けで、この一年だけで何度も死線をくぐって来た。

 そのうえ隊内での権力争いや近藤一派の独裁体制など、他の奴にとっては心休まらない場所かもしれない。

 だが、俺は生きている。

 ここだからこそ、俺は俺でいられる。


 だから俺の居場所を、『新選組』を害するような奴らには居てもらっちゃ困るんだ。


「結果的に組の為にはなってるからねえ。副長歳さんは使えるものは使う人だし」

「要は監視のためですか。自分が一番組になったのは」


 もはや隠し立ては不要と俺は開き直り、率直に尋ねた。


「違うよ? 僕がどうしても欲しいって副長と源さんに頼み込んだんだ」


 沖田先生はこんな話をしている時でも、終始にこにこと笑っている。

 何がおかしいのか知らんが。


「僕も同じだからさ、近藤先生の邪魔をする奴はいなくていい。だから同じような奴が欲しかったんだ」


 沖田先生はそう言って、俺の肩をぽんぽんと叩く。

 ……ああ、そうか。

 俺と彼は確かに似ている。

 思想も何もなく、ただただ自分の居場所を守るためだけに剣を持ち、その手を汚す。

 俺たちはここにいる誰よりも獣じみているんだ。

 まるで狼のように。


 これが、同族嫌悪ってやつか――

 

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 ああ、似ている。

 本当に、よく似ている。

 顔立ちも背格好もまるで違うが、纏っている空気がそっくりだ。


 あの狂った時代で、誰よりも自分に忠実で、ある意味最も時代に流されなかったあの男に。

 前世で俺が、蟻通ありどおし勘吾かんごが大嫌いだったあの男に。


「初めまして、タケフツさん」


 沖田おきた総司そうじに、この少年はそっくりだ。

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