15話 転移者と転生者

 ヒミカの兄であるタケフツが、久しぶりに村に帰ってきたらしい。

 今は皆に出迎えられて、ちょっとした騒ぎになっているようだ。


おさ、早く早く!」

 

 ヒミカは今までの姿からは想像もできないほどの満面の笑みで、子供のようにはしゃいでいた。

 ……眉間にシワ寄せてなきゃ普通に可愛いのにな。 


 こういう場合俺はどうしたらいいんだろう。

 普通に考えたら、せっかくの嬉しい出来事イベントだっていうのに、俺みたいな招かれざる客がいたら冷めるわな。空気読めってなもんだ。

 ヒミカの冷たい視線だけで死ねる自信がある。

 

 ただ、じゃあここで待ってるとしよう。

 当然タケフツとやらは、この村長宅に挨拶に来るだろう。

 そんな時にばったり会ってみなさい。「あ……」「あ……どうも」みたいな、久しぶりに実家帰ったら知らない親戚いた時の空気になること請け合いだ。

 そして俺はあの感じがシイタケの次に大嫌いだ。


 さて、どうしたものか……。


一真かずま殿はこちらでゆっくりとくつろいでいてくだされ。まだ疲れもあるでしょう」

「今、お部屋をご用意致しますね」


 気を遣ってくれたのか、ホノムラ夫妻がここに残ることを勧めてくれた。

 しかも部屋逃げ場所を用意してくれるという。

 正直願ってもない。


「すみません、お言葉に甘えさせていただきます」

「ユキも家で待っていなさい」

「はーい」


 まだ本調子ではないユキと、部屋の準備をしてくれるカンナさんと留守番をすることになった。

 それにしても帰ってきただけで随分な騒ぎだ。

 そのタケフツって人は、いったい何者なんだろうか。


「では、行ってくる。すぐに戻るだろう」

「はい、いってらっしゃい」


 シュウオウさんがヒミカと共に外出していった。

 

「では、お部屋を準備してまいりますので、それまでゆっくりとお寛ぎくださいな」

「あ、はい、すみません」


 カンナさんも部屋から退出すると、あとには俺とユキだけが残った。

 ちらりとユキを見ると、きらきらした目で俺のことを見つめていた。


「ど、どうかした?」

「あの! よかったらお話しませんか?」


 ユキは元気いっぱいな様子で俺に問いかけてきた。


「う、うん。いいけど……何話そうか?」

「カズマさんはどこから来たんですか?」

「え? うーんと……ここからは結構遠いところ……かな?」


 その後、カンナさんがお茶と羊羹を持ってきてくれた。

 俺はしばらく、ユキとおしゃべりして時間を潰すこととなった――


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「……もしかして帰ってきたんじゃない? タケフツって人」

「ん? どうしてそう思う」


 格子に背を預けて座っていた大亮だいすけが、ロウに語り掛ける。

 まだタケフツ帰郷の報はこの座敷牢に届いておらず、当然ロウはまだ何も知らない。


「んー……まあ、なんとなく」


 大亮はそう言うとくるりと向き直り、格子に手をかけてじーっと扉の向こうを見つめ出した。


 ……。

 …………。

 ………………。


 !!!


「……どうした? 急に黙ってぼーっとして」

「……ちょっとイタズラ」

「?」


(……さて、来てくれるかな?)


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 ヒガン村の入り口からほど近い広場に大きな人だかりができていた。

 タケフツがこの村に着いてまだそれほどの時間は経っていないのだが、帰郷の報は瞬く間に村中に広がり、皆我先にとタケフツの出迎えに向かった。

 タケフツという人物が如何にこの村で愛されているのかがわかる光景だ。


 つい先ほどまで、タケフツは温かく迎えてくれた村人たち一人一人に感謝の言葉を述べ、再会を喜び合っていた。

 そう、つい先ほど・・・・・までは。


「……どうしたの兄さん、急に」


 タケフツは急に自身の左後ろ側へ素早く振り返り、その方向を険しい顔で凝視していた。

 あまりにも突飛な行動に、村人たちも少なからず驚いている。


「……ヒミカ、今座敷牢に誰かいるのか」

「え、あ……うん。昨日森に入り込んで、やしろを壊した奴がいて……今はロウさんが見張ってるはずだよ」

「……そうか。すまない皆、後でまた改めて挨拶に行かせてくれ」


 タケフツはそう言うや否や、早足でその場を後にした。

 

「ちょ、兄さん!? どうしたの!?」


 慌ててヒミカも小走りでついて行った。

 村人たちは皆きょとんとした顔でそれを見送っていた。


「……やれやれ。随分と大人びた童と思うておったが……年相応にイタズラ小僧であったか」


 ただ一人、シュウオウを除いて――


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 外から足音が聞こえる。随分と急いた様子だ。

 座敷牢こちらに向かっているとわかり、ロウが入り口の方に目を向けると――


「おお、タケフツ!」

「ロウさん、お久しぶりです」


 萌葱色の髪を短く刈り揃えた、身長180数センチはあろう長身の青年が、早足でこちらへと歩いてきた。


「いやあ……たった2年で随分とまた逞しくなったな。見違えたぞ」

「2年で見た目はそんなに変わらないでしょう。自分はもう25ですよ」


 タケフツはそう言って苦笑しながらも、ロウとの再会を喜んだ。

 しばらく会話をした後、タケフツは奥にいる大亮を視界に捉えた。


「……」

「はじめましてー」


 大亮は格子の隙間から手を出してひらひらと振った。


「ああタケフツ、こいつは――」

「さっきのはお前か?」


 普段、どんな人間だろうと初対面の相手に対してタケフツは礼を欠くことはない。

 そのタケフツが、たった今会ったばかりの少年に対して警戒と敵意を剥き出しにしていた。

 ロウと、少し遅れてやってきたヒミカが、見たことのないタケフツの姿に動揺している。


「そうだよ。ああしたら来てくれるかなって」


 大亮は先ほど、昨夜シュウオウにやったように、今度はタケフツに向かって殺気と魔力を発していた。

 それも、シュウオウの時よりも遥かに強く。


「ただの子供じゃないな……何者だ?」


 タケフツが大亮をギロリと睨みつける。


「……日本人・・・、だよ」

「!!」


 大亮を睨みつけていたその目が、驚きで跳ね上がった。


「……反応したね。やっぱりそうか」

「……お前、まさか」


 大亮と、タケフツ。

 転移者と、転生者。


 これより後、高天ヶ原の歴史を大きく変えることになる2人の、これが最初の出会いだった。 

 

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