12話 誓いと願い

 ヒガン村村長シュウオウは、かつて南大陸でも屈指の武人だった。

 10代の頃は冒険者として名を馳せ、21歳で軍に入隊し、将としても多くの武功を挙げた。


 引退後は妻の故郷であるヒガン村へと移り住み、後進の育成と村の発展に努め、村人から信頼を得て義父から村長の座を継いだ。


 当然ながらシュウオウに往年の力は無い。

 しかし、数多くの修羅場をくぐり抜けて得た経験から成る洞察力と危機察知能力は衰えていなかった。


『社を破壊した。犯行は、少年の単独によるもの。詳細について尋ねたいのならば、ユキが目覚めたら話は村長1人で聞き、青年は事件とは関係がないと皆に説明すること。その後村長にだけ経緯を説明する』


 昨夜、シュウオウの元へやってきた風精アリエルが告げてきたのは、概ねそのような内容だった。


 おそらく100人の人間がいたら、ほぼ全員がこう思うだろう。「何様だこいつは」と

 他者が神聖視しているほど大切にしているものを破壊しておきながら、一方的に条件を提示してくる。

 こんなものは本来、交渉ではない。あまりにも一方的なのだから。

 こんなものは本来、脅迫にもならない。すでに守るべきものは壊された後なのだから。


 しかしシュウオウは、そして大亮だいすけは知っていた。

 脅迫というものは大きく分けて2種類あることを。

 1つは、言葉による脅迫。行動を起こす前に、条件を呑まなければ大切なものを奪うぞと脅すパターン。

 そしてもう1つは、行動による脅迫。テロリストなどがよく使う手段で、自らの本気と脅威を示した後で本題を提示するパターン。


 重ねて言うが、先ほどの伝言自体は本来何の脅迫にも交渉材料にもならない。

 要求を呑んだところでヒガン村側に利はないし、むしろ逆に一真かずまの存在は大亮にとってアキレス腱だ。いくらでもヒガン村が優位に立てる。

 

 しかし、大亮は一真が寝静まった後、シュウオウへだけ向けて禍々しい魔力と殺気を飛ばし続けていた。

 魔力が封印されるはずの座敷牢から、自らを挑発するかのように魔力と殺気を発し続ける存在に、シュウオウは畏怖した。


 先ほどの伝言はむしろ大亮からの譲歩・・

 一真の無事を保証し自分と対談するならば、これ以上の危害は加えないという、余りにも理不尽で高圧的な譲歩。

 しかし、歴戦の雄として生き抜いたシュウオウが畏怖するほど、目の前の少年の力は底知れなかった。

 

 だからこそ、シュウオウは一真を解放し大亮と対談することを選択した。

 その後、必要とあらば殺し合う覚悟で――


 しかし、望み通りに一真が解放され、ロウがいるとはいえ対談の場を設けてもらった大亮は、拍子抜けするほどあっさりと殺気を収めた。


 そして大亮の次の言葉に、シュウオウは目を見開いてわずかばかりの動揺を見せた。


「この高天ヶ原たかまがはらを、本来のあるべき姿に戻したい」


 しばしの沈黙が流れた。

 そしてシュウオウが尋ねる。


「――どこまで、知っておる?」


 大亮は静かに答える。


「外と内。禁忌と別離。そして社――神体しんたいが存在する本当の理由」


 ロウには、この2人が何の話をしているのかほとんど理解できなかった。 

 しかし大亮とシュウオウは、まるで目だけで語り合っているかのように、じっと互いの目を見据えていた。


「時間が、もうあまりない。昨日は神域しんいきの中にまで鬼が……けがれが顕現していた」

「穢だと……!?」

「もうほころびは、高天ヶ原と葦原中津国あしわらのなかつくにに発生してる。これ以上は、互いの世界の秩序も何もかもが崩壊しかねない」


 穢という言葉を聞いて、シュウオウは今までロウが見たこともないほどに動揺していた。

 しかし大亮は構わずに続ける。


「この世界はあるべき姿に戻らなきゃだめだ。中津国だけじゃなく、高天ヶ原にすらこうして歪みが生じてきてる」

「お主は、一体……」


 大亮はちらりとロウをみて、一瞬躊躇したような素振りを見せたが、意を決して口を開いた。


「元に戻ることによって、様々な問題は起きると思う。この村なんて大陸の端で、危険もあるかもしれない。けど、俺が責任を持って守ってみせる。この村だけじゃなく、高天ヶ原に住む人たち皆を」


 ――次の言葉で、シュウオウはこの少年をゆるすことを決めた。


「――真田さなだ光輝こうきの名に誓って」


 

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