13話 あなたにとってあなたは無価値でも――
「ちょっと、ちゃんとついてきなさいよ」
「わかったよ……」
ヒミカは先ほどまで俺に詰め寄り、あれやこれやと色々尋問してきたが、本当に何も知らないとわかると「ついてきて」とだけ素っ気なく告げて、すたすたと歩き出した。
「おっかねえ……」
「なんか言った?」
「なんも」
どうもトゲトゲしいなこの
いや、周りをよく見ると、村人全員がまるで犯罪者でも見るような目で俺を見ていた。
閉鎖的な村なのか、それとも神聖な森とやらに踏み入ったことが気に食わないのか。
……まあ、今更他人にどう思われようと知ったことじゃないが。
「あんた、あの子供とは森の中で会ったって言ってたわよね」
「……ああ、あいつが何のために森に入ったのかも、何をしてたのかも俺は知らない」
「じゃあ、あんたは何であの森に入ったのよ」
「え? ……あー」
これ、正直に言っていいのか?
……まあ、わからないことを自分の判断でやると大抵は碌なことにならんし、黙っておくか。
「自分でもわからないんだ。気づいたら森の中で眠ってた」
「はあ? 何よそれ。信じると思ってるの?」
俺は返答の代わりに苦笑いをヒミカに返した。
あながち嘘というわけでもないんだが。
「言っとくけど、
まあ、当然だろう。
いきなり得体の知れない男が、村の人間でも滅多に足を踏み入れないような神聖な森に勝手に侵入していたんだ。
誰だって怒るし警戒する。
「着いたわよ」
そう言ってヒミカは、他の建物よりもひと際立派で風格のある屋敷の前で立ち止まった。
まるで時代劇なんかで見る武家屋敷のようだ。
「入るわよ」
「ここもしかして君の家?」
「んなわけないでしょ」
馬鹿じゃないのと言わんばかりに侮蔑の眼差しを向けた後、ヒミカは文字通り自分の庭かのようにずんずんと中へ進んでいった。
「しかし……すげえな」
もはや庭園とでも言うべき広大な庭には、様々な古木や雪見灯篭が並び、大きな池には何匹もの錦鯉が悠々と泳いでいた。
立派で壮観だが、決して下品な自己顕示は感じられず、一種の風格を感じさせる。
「おっと……あんまり眺めすぎるとまた何か言われるな」
俺は慌ててヒミカの後を追い、屋敷の中へと入った。
「ババ様ー。連れてきたよー」
ヒミカは履物を脱いで奥の方へと進んでいく。俺もスニーカーを脱いで後へと続く。
屋敷の中は年季こそ感じさせるが、決してみすぼらしさや不潔さはなく、むしろ飾り気の無い質素な様子が心を落ち着かせてくれた。
「ババ様入るよ」
ヒミカはある一室の前で止まり、ひと声かけた後に襖を開けて中へと入った。
部屋の中にいたのは、佇まいに気品を感じさせる和服の老婦人と、その隣に正座したヒミカ。そして布団から体を起こしたユキだった。
「あ……」
「どうぞ、お入りください」
老婦人は俺にそう声をかけると、にっこりと微笑む。
「あ、はい……」
俺は促されるままに部屋へと入り、老婦人とヒミカに向かい合うように座った。
すると老婦人が、ふわりと風に乗る紙のように柔らかく頭を下げて礼をした。
「この度は、
「あ、いや、お……私は、何も」
「ババ様、こんな奴に頭下げることなんてないよ! こいつは勝手に森に――」
「ヒミカ、無礼にも程がありますよ」
老婦人は声を荒げることなく凛然とした物腰のままヒミカを一喝した。
あの勝気なヒミカが、その一言に怯えるような素振りを見せる。
「確かにあの森の、
「う……」
ヒミカはまるで悪戯がバレた子供のようにばつの悪そうな顔をしている。
その様子を見た老婦人は厳しい表情を緩ませ、一転して子に諭す親のような優しい表情になった。
「よいですかヒミカ。人が生きていく上で、誇りは確かに大切なものです。誇りなき生は死にも等しい。しかし、誇りのために命を軽んじるようなことがあってはなりません。親しい者の命であるのならば、なおさら」
「……はい」
ヒミカが少し泣きそうな顔になりながらも理解したことを確認すると、老婦人は改めて俺の方へと真っすぐに向き直った。
「申し遅れました。私、ヒガン村村長ホノムラ=シュウオウの妻、カンナと申します」
「あ、えっと、
俺はカンナさんに倣い、自己紹介をして深く一礼した。
「この度わざわざご足労頂きましたのは、僭越ながら村の代表代理として心より御礼を申し上げたかったことと……実はもう一つございまして……」
そう言ってカンナさんはちらりとユキを見る。
ユキは待ってましたとばかりに力強く頷き、首が振り切れるんじゃないだろうかという勢いでこちらを見た。
「あのっ! 危ないところを助けてくれて、ありがとうございましたっ!」
そういってユキは勢いよく頭を下げた。
元気いっぱいなところを見ると、どうやら体に問題はなさそうだ。
「いや……俺はあの時……」
そうだ、俺に礼を言われる資格なんてない。
あの時俺は、ユキを見捨てて逃げ出そうとしていた。
我が身可愛さに、こんな幼い子を身代わりにして助かろうとしたんだ。
俺に、礼を言ってもらうような価値なんて――
「私、今まで一度も森に入ったことなくて……こっそり忍び込んで冒険しようと思ってたんです。今まで何回も機会を伺ってたんですけど、昨日は何でか見張りの人がいなくてそれで――」
ユキの言葉が、申し訳ないけどあまり頭に入ってこない。
あの時のことを思い出せば思い出すほど、自分の浅ましさに嫌気がさしてしまう。
「――ゃって、もうダメって思ったら、カズマさんが助けてくれたんです」
――そうだ。
あの時、なんで俺はこの子を助けに行ったんだろう。
今考えても、理由がはっきりとわからない。
あの時俺の中に、ユキを見捨てる以外の選択肢などなかったというのに。
なんで、体が勝手に動いたんだろう。
「だから……本当にありがとうございます!」
「……あんた何泣いてんの?」
「……え?」
自分でも気づかず、俺は泣いていた。
自分の意志とは裏腹に、目からは涙がとめどなく溢れてくる。
何度拭っても、拭っても――
「あれ?……あれ?」
なんで止まらないんだろう。
なんで泣いているんだろう。
なんで。
なんで。
『ありがとうございます!』
その言葉が、ずっと頭の中で響いてるんだろう――
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