11話 他人の大切なものを傷つける覚悟はあるか

「来たかな」


 唐突に、隣で眠っていたはずの大亮だいすけが目を閉じたままつぶやいた。

 ……ちょっとびっくりしたからやめてほしい。


「来たって何が?」

「お迎え」


 言われて扉の方を見ると、複数の人間の足音が聞こえてきた。

 牢番と何やら話しているようだ。


一真かずま、昨晩言い忘れたんだけど一つだけ秘密にして欲しい」

「ん?」

「俺の眼のこと」


 大亮の眼。

 確認するまでもなく、鬼と戦っていた時の紅い眼のことだろう。

 まるで宝石を埋め込んだように美しく、紅く光る眼。

 

「あれは、誰にも言わないでほしい」

「別にいいけど……なんでまた」

「言えない。ホントは一真にも見せるつもりはなかったけど、緊急事態だった」


 大亮の顔は、今までになく険しい。

 初めて明確に質問を拒絶され少し戸惑ったが、俺は無言でうなずいた。

 話したところで俺に利なんて無いし、何より大亮に迷惑はかけたくない。


「ありがとう」


 大亮がそう言うのとほぼ同時に、入口の扉が開かれた。

 数人の男――中にはロウもいた――を引き連れ、小柄な老人が中へと入ってくる。

 老人は格子越しに俺の前に立ち、そして――


「……礼を言う」


 深々と頭を下げた。


「え? いや……」


 状況がまったく飲み込めない。昨日からこんなのばっかりだ。


「先ほどユキが目を覚ました。化け物に襲われたところを、身を挺して助けてくれたと」

「あ、いや……助けたのは俺じゃ――」

「俺が助けたのは、一真でしょ」


 俺の言葉を大亮が遮る。


「俺は一真の危機には間に合ったけど、あのの危機には間に合わなかった。あの娘が今も生きてるのは、一真が助けたからだよ」

「いや、それは……」

「一真がいたからあの娘は生きてる」


 ……やめてくれ。

 もうこれ以上、俺に期待させるのは。

 俺はあの娘を一度見捨てて逃げようとした。助けた理由だって未だ自分で理解していない。

 俺なんて、大亮お前に比べたら――


「儂はここの長をしておる、シュウオウという」

「これはこれはご丁寧にどーもー」


 村長・シュウオウの名乗りに対し、大亮はうやうやしく正座して頭を下げた。

 ……恭しいのは姿勢だけで、言葉や表情からは微塵も堅苦しい緊張感を感じないが。

 本当に物怖じしないなコイツ。

 

 シュウオウはじっと大亮を見据えていた。

 何か気に障ったのだろうか?


「そちらの御仁を牢から出して差し上げろ」

「はっ」


 牢番は格子に鍵を差し込み、扉を開ける。

 そして、俺だけが牢から出された。大亮は出る気もなさそうに見ているだけだ。


「え? おい大亮?」

「先行っててー」


 そう言って大亮は手をひらひらと振った。


「外に出ていろ」


 俺にそう言い放ったのはロウだった。

 心なしか、あの温厚な彼が怒っているように見える。

 よく見ると部屋にいる全員が、怒りを込めて大亮を見ている。


「大す――」

「心配しなくていーよ。外で待ってて、すぐ行くから」


 大亮は、笑った。

 またあの天使のような優しい笑みで。


 俺は少し迷ったが、言う通りに外へ出ることにした。

 ここに残ったところで俺なんかに何もできやしない。

 出る前に、ロウが昨夜かけた魔術を解除してくれた。


「あ……」


 太陽の光が、えらく久しぶりに感じられた。

 日光を浴びながら見るヒガン村の風景は、夜に見た時よりも一層幻想的に感じる。

 芸術的な装飾品があるわけでも、絢爛とした建築物があるわけでもない。

 あるがままの自然と、それを尊重するかのように生活する人々の姿は、今まで見たどの景色より鮮やかで美しく見えた。


「……何ぼーっとしてるのよ」


 ちょっと涙ぐんでるところで不意に声を掛けられ、俺は慌てて目元を拭い、声のした方を見た。

 そこに立っていたのは、瑠璃色のショートヘアが特徴的な女性――ヒミカだった。


「……」


ヒミカは無言で俺を睨んでいる。


「な、なに?」

「……ユキを助けてくれてありがとう」


 ……今にもぶん殴ってきそうな顔で礼を言われるとは思わなかった。

 礼を言った後も、ヒミカは俺を睨みつけたままだ。


「……あんたは関係ないのね?」

「え……っと、なにが?」


 彼女が何を指して言っているのかがわからない。

 そしてヒミカは俺に近づいて、ぐいっと顔を近づけてきた。

 っていうか近すぎる!


「……やしろを! 壊したのは! あんたじゃないのね!?」

「な、なんの話か分からないよ」


 社? 何の話だ?

 ……大亮が関係しているのか?

 あいつは、いったい何をしたんだ――?

 

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 座敷牢にいる男たちは、皆大亮に対し殺意すら込めた視線を向けている。

 しかし、当の大亮は意にも介さない様子で、ただシュウオウを見つめていた。


「……昨夜、お主の使い魔が来たときは何事かと思ったが――」

「使い魔じゃない。アリエルは友達だ」

「貴様なんだその態度は――」

「あんたとは話してない」


 声を荒げた男に対し、大亮はそちらを見向きもせずに冷たく言い放った。

 その目はずっとシュウオウの目だけを捉えている。

 

 この場にいる誰もが、大亮に対し並々ならぬ怒りを抱いている。

 しかしこの場にいる誰もが、15歳の少年に対して気圧され、強く出れずにいる。

 シュウオウと、ロウを除いては。


「……お主の友人から、社を破壊したと聞かされた時は、さすがに心の臓が止まるかと思うたわい」

「そりゃ、悪いことを」

「……希望は、儂との対談だったの」

「そう。ただし、あんた1人と」

「それはできん」


 ロウがシュウオウと大亮の間に割って入るように前に出た。


「子供とはいえ、お前は村の神聖な社を破壊した危険人物だ。長と2人だけにするなど許せるわけがないだろうが」

「まあ、そう言うと思ったけどね……」


 瞬間、その場の空気が一気に冷え込み、重くなったような錯覚に陥った。

 全身が総毛立ち、瞬く間に冷や汗が噴き出す。


「無理矢理1対1の状況にしてやってもいいんだけど?」


 格子と建物にかけられた結界魔術が、キシキシと音を立て破壊されようとしていた。

 本来この座敷牢に捕えられた者は、一切の魔術が使えなくなる。

 しかし、術者と対象者の間に大きな力の隔たりがあれば、当然効力は弱まってしまう。

 事実、昨夜大亮は座敷牢の中で、一真への説明に小さな魔術を使用した。

 大亮にとって、この座敷牢は何の変哲もない建物と変わりなかった。


「……儂とロウの2人、というわけにはいかんかのう。こちらの顔も少しは立ててもらいたい」

「んー……口の堅さは?」

「保証しよう」

「なら、いーよ」

「お、長……」


 ロウ以外の男たちがシュウオウの提案に不服そうであったが、ロウに促されると、昨夜同様渋々と座敷牢を出ていった。


「……わざわざ、夜中に友人とやらを寄越して自分の犯行を自白するとは……酔狂な童よ」

「どのみちバレるし、黙ってた方が心証悪いでしょう」


 昨夜一真が眠った後、大亮はアリエルをシュウオウの元へ向かわせ、ある伝言を頼んでいた。

 内容は――


『社を破壊した。犯行は、大亮少年の単独によるもの。詳細について尋ねたいのならば条件がある。ユキが目覚めたら話は村長1人で聞き、一真青年はずっと化け物に襲われていたユキを守っていたため、事件とは関係がないと皆に説明すること』 


「本当によくわからん童よ……全く考えも狙いも読めん」

「だからそれを教えてあげるよ。こんな守る必要性のない約束に応えてくれたわけだし」


 そういうと大亮は、両手両足に魔力を込め、四枷しかせを強制的に解除した。


「……この高天ヶ原たかまがはらを、本来のあるべき姿に戻したい」


 大亮の言葉に、シュウオウは初めて動揺を見せた――

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