6話 ヒガン村
ヒミカという女性は、俺の胸倉を掴みながら、怒りを込めて睨んでいる。
「ロウさん、この2人拘束して。村まで連れて行こう」
ロウと呼ばれた目の細い大柄な壮年の男性は、こくりと頷くと俺らへ手をかざしブツブツと何かを唱え始めた。そして——
「!?」
「おぉ」
急に両手両足に、それぞれ10キロ程の重りでもつけられたかのような重量感が襲ってきた。
ただでさえ疲労困憊の体にこの負担は、立っているのも辛い。
「
俺と同じ魔術をかけられたとは思えない程飄々とした様子で、大亮がロウへと語りかけた。
一方のロウは、大亮に自分の魔術を当てられた事に驚いたのか、少しだけ目を見開いた。
「……よくこんな古臭い魔術を知っているな。見たところまだ子供なのに」
「姉さんが同じ魔術を使えたから。でも、姉さん以外に使っている人を見たのは初めてだよ」
そうか、と無愛想にロウが呟くと、そのまま大亮をひょいっと肩に担ぎあげる。
「ぐえー」
なされるがままに担がれた大亮はなんとも緊張感のない声を上げていた。
「おらっ、お前もだ」
「うおおっ!?」
なんとロウは大亮と同様に俺までももう片方の肩に担ぎあげた。
俺は決して太ってはいないが、成人男性一人を片手でこうも簡単に担げるか?
「四枷はねー、かけられた本人はすごい重く感じるけど、実際には軽くなってるんだよ。捕虜の移送なんかに使われた古式魔術だよ」
「か、解説どーも……」
誰かに担がれるなんて小学生かそこら以来の経験だ。
浮遊感がなんとも気持ち悪いというか落ち着かないというか……。
「ユキ……」
目の端に、気絶しているユキを心配そうに抱きかかえているヒミカの姿が映った。
先ほどの凛とした声とは違い、か細く今にも消えいりそうな声で彼女の名を呼んでいる。
「よかった……生きててほんとによかった……!」
そう言ってユキの体をきつく抱きしめるヒミカの姿はとても儚く見えた。
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あれから15分くらいで、俺たちは森の入り口とやらに到着した。
今俺たちの目の前には高さ4,50メートルはあろうかという岩壁がそびえ立っている。
それも視界の続く限り岩壁は続いていて、ここからでは岩壁の果てが見えない。
その岩壁を抉り取るかのように、一部分だけトンネルのように続いている。
なるほど。森の入り口が一つなんておかしな言い方をすると思ったが、これなら納得だ。
……というか俺はホントにどうやってこんなところに来たんだ。
トンネルの中は灯りこそあるが、舗装などされておらず、剥き出しの岩壁が威圧感を感じさせる。
「ぐー」
……よく
トンネルの中は一本道で、それほど時間を感じさせないまま出口が見えてきた。
これから何をされるのか、俺たちはどうなるのか、考えると寒気がしてきた。
「おい」
俺たちにしか聞こえないほどの小さな声で、ロウが話しかけてきた。
「は、はい?」
「もうすぐ村に着くが……あまり抵抗したり、喚いたりはするなよ。お前らにとって悪いことにしかならん」
「え? あ、はい……」
「お前らの言うことが真実かは知らんが……後ろめたいことがないなら、大人しくしていろ。ユキが目覚めたらどのみちわかることだ。それまで悪いようにはせん」
えーっと、今のは忠告……なのだろうか。
「俺、見張りの人気絶させちゃったから後ろめたいことあるんだけどいいの?」
「なんちゅうタイミングで起きてなんちゅうこと言うんだお前は」
こいつ実はわざと場をかき乱してるんじゃなかろうか……。
「リサクは眠らされていただけだ。目立った外傷もない」
「まあ、通してくれるだけで良かったからね」
「お前らが何の目的で森に入ったのかは知らんが、正直俺にはどうでもいい。仲間に危害を加えなかったのならば、俺がお前らに思うところは何もない」
……やばい、この人かっこいい。
どうやらあの森はこの人たちにとって宗教的に重要な場所だったようだが、ロウはそこまで信心深くないのか、俺たちに親切に忠告までしてくれた。
アニキと呼ばせていただきたい。
「着いたぞ、ヒガン村だ」
トンネルを抜け目に飛び込んできたのは、日本の古き良き田園風景と、周りの自然によく調和した昔風の木造家屋が立ち並んでいる、心が洗われるような景色だった。
「ロウさん、そいつら牢に入れておいて。アタシはユキをババ様に診てもらう」
「わかった」
そう言ってヒミカは数人を引き連れて村の奥へと進んでいった。
「お前ら、あとは俺がやっておくからもう帰って休め」
「けどロウさん! そいつらリサクとユキを……!」
「森にまで入って、牢に入れるだけなんて甘すぎるだろ! やっぱり今ここで……」
ヒミカがいなくなった途端、男どもがぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。
どうやらヒミカは、あの若さでこの村のヒエラルキー上位にいるらしい。
「俺は休め、と言ったぞ」
「う……」
元々低い声をさらに低くし、ロウが威圧するように
やはりロウも村でかなりの有力者のようだ。
「何から何まですまんねおじさん」
「事がはっきりするまで、お前らに危害を加えさせるわけにはいかないからな」
大亮が左手をひらひらとさせて礼を言うが、ロウは当然のことと言わんばかりに顔色一つ変えず進んでいく。
やがて一件の建物に着いた。他の住居とは異なり、至る所に
中に入ると、6畳のスペースが木製の格子で仕切られた簡易的な座敷牢になっていた。
俺たちは牢の中へと入れられる。
「ユキの目が覚めて、証言を聞くまではここで過ごしてもらう。見張りはつけるし外には出られんが、寝泊まりには困らんはずだ」
確かに、薄っぺらいが布団はあるし、奥にはトイレらしき扉も見える。正直想像してたよりかなり待遇がよくて驚いている。
「俺はここの近くの家に住んでいる。何かあれば、牢番を通して呼べ」
「はーい」
大亮はすたすたと歩き、置いてある布団をてきぱきと2組敷きだした。
……こいつホントに俺と同じ魔術かけられてるんだよな?
正直俺はもう歩くのも重労働だ。
「ま、とりあえず横になるなり座るなりしようよ。話したいこともあるし」
そう言って大亮は素早く布団に潜り込んだ。
「はー、幸せ」
……この状況を幸せと言えるこいつはかなりの大物だと心から思った。
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