7話 この世界の名は

 大亮だいすけは靴と靴下を脱ぎ、大の字になってくつろいでいた。

 まるでここが我が家であるかのようにリラックスしている。

 ……ここ、座敷牢なんだけどな。


「はー……あったかーい」


 大亮は目を細めて、布団のありがたみを噛み締めていた。

 あまり感情が顔に出ないヤツだが、今はもう幸せいっぱいといった表情だ。


「よくこんなせんべい布団でそこまで幸せになれるな……」

「俺、野宿とか割と日常茶飯事だからねー……1週間も野宿続けたら、背中が一生曲がらなくなる夢見て飛び起きたりするよ」

「壮絶な生活してらっしゃいますね……」


 俺は重い体をなんとか布団まで移動させ、座り込んだ。


「あれ、横にならないの?」

「横になったら絶対そのまま寝る。今のうちに話さないとダメだ」


 ただでさえ暴飲・寝不足と体を酷使しているのに、夜の森の中を全力で駆け回り、挙句の果てには死にかけたんだ。

 今も飛びそうになる意識をなんとかつなぎとめている。


「知ってること、全部。話してくれよ」

「いーよ。こっちもそのつもりだったし」


 そう言うと大亮は、自分だけ寝たままでは無礼と言わんばかりに体を起こし、俺と向き合うように足を組んで座った。 


「色々聞きたいことはあるだろうけど、まず重要度の高そうなことから答えようか? ここがどこで、一真かずまさんがどうしてここにいるのか」

「一真でいいぞ」


 助けてもらった俺が呼び捨てで呼んでいるのに、恩人にさん付けで呼ばせるのは俺の中でなにか違った。


「じゃ、遠慮なく。で、とりあえずここが一真の知ってる日本じゃないのは、なんとなく理解してるでしょ?」


 俺はこくりと頷いた。

 目が覚めた途端見覚えのない深い森の中にいて、鬼や魔術なんてものをこの目で見て、まだここが国内の、それもウチの近所だなんて思ってたら頭が悪いどころかもはや狂ってる。


「もう薄々気づいてるみたいだからはっきり言うけど、ここは一真が今まで暮らしてた日本や地球とは別世界……流行りっぽく言うなら『異世界』ってやつだね」


 ……やっぱりか。

 自分でも驚くほど冷静だったのは、もはや心が麻痺しつつあるのか疲労からか。

 22歳にもなって「もしかして俺異世界に迷い込んだのかなー」なんて思いながら森を歩いてた時は、自分の幼稚さに呆れてしまったが……。

 あれだけのものを自分の目で、体で体験して、ここはそういう所なのだとあっさり受け入れられるくらいには自分も大人になったのだろうか。


 ……いや、ぶっちゃけただのオタク思考だよな。バンドとバイト以外はずーっと漫画かアニメ見てるかゲームしてたもん。


「まあ、正直実感はないけど……そうじゃないと説明できないことばっかりだったしな」

「飲み込みが早くて助かるよ。思考停止する人がほとんどだし、中にはパニックで暴れる人もいるからね」

「……ん? ちょっと待った。俺以外にも同じような奴がいるのか?」

「結構いっぱいいるよ、最近は特に。だから俺が保護しに回ってるんだもん」

 

 ……異世界に迷い込んだとわかって、ちょっと自分が選ばれた人間っぽいなとか舞い上がったのが恥ずかしい。

 思ってた以上に異世界にお邪魔する日本人は多いんだそうだ。

 いい加減学習しろよ俺。降って湧いた全能感なんて、瞬く間に失望感に変わる。そんなこと何度も味わっただろうが。


 それにしても――


 『見ぃつけた』


「あれってそういう意味だったのか」

「そうだよ。詳細は秘密だけど、俺こっち・・・に日本の人が迷い込んできたらわかるんだよね。今回たまたま近くにいたから、迎えに行ったんだ」

「始末しに来たようにしか見えねえよ……」


 失礼だなーと大亮はボヤいているが、あの場に10人いたら12人は大亮あれを危険だと判断するわ。通りすがりの2人もヤバイって言うわ。


「日本にはね、各地に何ヶ所かこっちの世界につながる『』があるんだ。本来は閉ざされてるんだけど……まあ、色々あってね。今、結構な数が開いちゃってる。神社とか山とか霊験あらたかな所が多いね」


 神社? ……あ。

 俺のアパートから歩いて15~20分くらいのところに小さな神社があったけど、もしかしてあれか?

 そういえば、ベロベロに酔っぱらってて定かではないがあの辺りを歩いていた気がする。

 そして気づいたら光に包まれてて……。


「多分その時だと思うよ」

「……さっきから思ってたけどお前、心読めんの?」

「自覚ないの? 一真、考えてること結構顔に出るよ? しかもすっごいわかりやすく」


 マジか! 元カノも友達もバンド仲間も、たまーに俺を見て怪訝な顔をしてると思ってたが、あれってもしかしてそういうことだったのか?

 やばい。なんかすごい恥ずかしい……。


「まあ、大抵は一真たちみたいに『道』に近づいて迷ったりする人がほとんどなんだけど……。たまに、こっちの王族とかに召喚されて“転移”してきたり、日本あっちで亡くなって、魂が『道』を通ってきてこっちで“転生”したりする人もいるね」


 ああ、やっぱりいるのか。『主人公』みたいな奴は。

 こっちの世界でも、神様に愛されて選ばれるような奴は。

 そうだよな。見知らぬ異世界に来ただけですぐ特別になれるなら、ちょっと海外旅行でもする奴らは皆特別になれる。

 『主人公』になれるのは、相応の知識や才能、意思そして運を持ってる奴だけなんだ。


 ああ、そんな簡単に変われるわけねぇよなあ……


「で、この世界の名前だけど……」


 大亮は一呼吸置いて、俺に問いかけた。


「――高天ヶ原たかまがはらって、聞いたことない?」

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