5話 多分ハンドル握ると性格変わるタイプ

「あー、しんどー。終わった終わった」


 少年は刀を納め、大きく伸びをしながらそう言った。

 ……化け物2体も討伐した後のリアクションとしてはどうかと思うが。

 猪一頭仕留めたマタギの方がもっと充実感たっぷりの反応するだろうに。


「硬いし、無駄に回避能力高いし、体力半端ないし、メンドくさいんだよね。そのくせこいつら、しばらくしたら霧散するから売れる素材もないし割に合わないんだ」


 心の声聞こえてんのか!?

 俺が驚いて少年を凝視していると、徐々に両目の紅い光が薄れ、やがて普通の黒い瞳になった。


「な――!?」

「あ、そうだ。まだ名前知らなかったよね」


 いや、今そっちじゃないだろ! と心の中でツッコんだが、確かにずっと抱いてた疑問の1つだ。

 少年は一体何者で、ここはどこで、今の鬼やトンデモ現象は何で、今は何時で、俺は何でこんなところにいるんだ。


瀬戸せと大亮だいすけ。よろしく」


 瀬戸と名乗ったその少年は礼儀正しくぺこり、とお辞儀をした。


「ご、ご丁寧に、どうも?」


 な、なんかえらいマイペースな子だな……。

 最初対峙した時の禍々しいオーラ、先ほど見せた天使のように柔らかで暖かい雰囲気を纏っていた少年と同一人物とは思えない。

 さっき笑顔を見せて以降は、ほぼ無表情だ。

 元々口元が隠れていて表情が読みづらいが、感情の起伏自体があまりないように見える。

 その無表情な顔が、じーっと俺を捉えて離さなかった。


「(じー……)」

「な、なに?」

「なんて呼べばいーの?」

「あ」


 しまった。完全にペースを握られまくって、自分の名乗りを忘れていた。


秋沢あきさわ一真かずまだよ。助けてくれてありがとう」

「いーよいーよ」


 瀬戸がポケットに入れていた左手をシュタッと上げて応えてくれた。

 なんだろう。動きがいちいちコミカルでちょっとかわいいな。

 一応言っとくが俺はノンケだ。


「足のケガ大丈夫?」


 瀬戸は覗き込むように俺の右のふくらはぎを見た。

 先ほど白い花を貰ってから、言われた通り傷口に花弁の部分を押し当てていたのだ。


「ああ、痛みはもうそんなに……うえ!?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 裂けたジーンズの隙間から見えていた、あれほどすっぱり開いた傷が綺麗に塞がっていたのだ。


「な、え? なんで?」

「おー、さすがエイルから貰った花。すごい効き目だね」


 さっきから驚いてばかりで少し心臓が痛くなってきた。色んな意味でここは心臓に悪い。


「色々話もあるし、そっちも聞きたいことあるだろうから、落ち着いて話せる場所――にぃ!?」


 瀬戸が急に素っ頓狂な声を上げた。

 何故か耳を抑えている。


「……アリエル、ボリューム下げる努力してね。……うん、あっち終わったの? そう。……え、ホント?」


 急に1人でブツブツ言い始めた。やだこわい。

 ちょっと不思議な子だと思ったけど、電波系だったのか。


「一真さん、ご報告」

「なんでしょう」

「敬語やめーや。電波じゃないから」


 やはり彼は妖怪サトリらしい。


「近くの村の人たちがね、大勢こっちに向かってるみたい。多分その娘を探しに来た」


 ……え?

 おお! ついに助けが来るのか。

 この娘も無事に家に帰れそうだし、よかった。

 こっちも色々ありすぎて、安心したらドッと疲れた。少し休みたい。


「んで、すごい武装してらっしゃる」


 ……ん?


「ここ、一応立ち入り禁止の神聖な森らしいから、すごい怒ってらっしゃる」


 ……んん?


「その娘は気絶してるし、怪しい男が2人もいるし……」


 ……ええと。


「やばくね?」

「おおおおおおおおい!!」


 ちょっと待て! 助けが来たと思ったら、一難去ってまた一難のパターンか!


「いや、素直にその娘がそこの鬼に襲われてたから助けたとか、俺らは迷っただけだとか説明すればいいだろ!?」

「冷静に話聞いてくれたらいいんだけどねー。それに……」


 瀬戸がちょいちょいと鬼の死骸を指さしている。

 よく見ると2体の死骸が徐々に透けてきているような気が……。


「多分、村の人が来る頃には跡形もないね」


 俺はがっくりと膝をつき、うなだれてしまった。

 人間心が折れると本当にorzポーズなんかするんだな……。


「……瀬戸くん。君の力で切り抜けたりできないでしょうか」

「その呼び方しっくりこないから大亮でいーよ」


 ごめん。大亮、今そこじゃない。


「悪意のない人間相手に暴れる理由がないし、余計話がこじれるね。仮にここを切り抜けても、村は必ず通らなきゃいけないし、次の村まではだいぶ距離があるからその場しのぎにしかならないと思う」


 ……今度こそ万事休すか。どうしたらいいんだよ……。


「殺されることはないと思うし、その娘が目を覚ますまでは拘束される程度で済むと思うんだけどね」

「え、いや今やばいって……」

「こんだけへとへとなのに、温かい布団で寝られないなんて一大事じゃん」

「てめこの」


 絶対かなわないのはわかっているが、一瞬殺意が沸いた。


「おい! あそこに誰かいるぞ!」

「あ、来た来た」


 まじかよ! 思ったより早い。まだ心の準備が……!

 大亮はああ言ったが、うまいこと説明しないと最悪な事態になりかねないのも事実だ。

 そしてあっという間に俺たちは10人ほどの男に囲まれた。


「なんだお前ら! ここは村長と神官以外立ち入り禁止だぞ!」

「見張りのリサクをやったのはあいつらか……!」

「おい! あそこ!」


 若い男が指差した先に、気絶して横たわっている少女の姿があった。


「ユキ!」

「お前ら! ユキになにしやがった!」


 男たちが途端に殺気立つ。

 その手に持ったナタや刀の切っ先が俺たちに向けられる。


「ち、違う! 彼女は化け物に襲われてたんだ! 俺たちは通りかかって……」

「通りかかった? 嘘をつけ!」

「この森に入る入り口は一つだけだ! 見張りも気絶させられていた! お前らの仕業だろう!」


 ただ子供1人探しに来たにしては随分物騒な連中だと思ったら、どうやらひと騒動あったらしい。

 彼らはえらく興奮しており、とても話を聞いてくれそうにない。


「あ、ごめんそれ俺だ」

「大亮!?」


 まさかのカミングアウトだった。事実だとしても何故このタイミングで正直にゲロった!


「こいつ……!」

「聞いたか! 勘弁ならねえ……ぶっ殺してやる!」

「待って」


 男たちの怒声をかき消すかのように、凛とした女性の声が響いた。

 男たちから少し遅れて、瑠璃色の髪をしたショートカットの女性が現れる。


「ヒミカ……」

「まずは、ユキを村に連れて帰らないと。……それに」


 ヒミカと呼ばれた、俺と同い年くらいに見える女性はぐんぐんと近づいて来て、そして——


「こいつらには、色々聞かなきゃいけないことがあるでしょ」


 俺の胸倉をつかんで、冷たい声でそう言った。

 

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