第6話

 昨夜飲み過ぎたせいであろうか、それとも身の危険を気にせずに深い眠りについたことがあまりにも久しぶりだったからだろうか、妙に頭が重たい。寝癖のついた髪を触りながら洗面所に行くとエルが用意したと思われる歯ブラシやらタオルが並んでいた。リコは当たり前のようにそれらを使い、身支度を整える。

 リビングの方へ行くと甘い香りが部屋を包み込んでた。


「おはよ。」


 キッチンの方に目をやると、エルがオーブンに手をやり小ぶりの器をいくつか取り出しているところだった。

「やっと起きたか!感心するほどナイスなタイミングだな。カレーでリンゴ使ったからサツマイモとリンゴで即席ケーキにしたんだ。お前リンゴ好きだろ?」

 リコはエルに飛びついて喜んだ。

「っぶね。火傷するだろ!ふふっ熱いうちに一個食ってみ。気絶するほど美味いから!」

 そういうと自信ありげな表情でケーキをリコに勧めた。

 リコは口で冷ましながら大きく一口頬張ると手足をバタバタして興奮を表した。

「これすげぇ美味い!エルやばいね。女子力高すぎ。」

「まぁ、顔だけの男じゃないのよ俺は。冷蔵庫開けて飲みものだしたら席ついとけ。飯にするぞ。」そう言うとエルは手早く洗い物を片付け始めた。


 テーブルの上に置かれた細みのガラスの花瓶には真っ白なかすみ草と深い青のバラが飾られており、昨日までは無かったものだ。

「エルはほんとマメだよな。そういやラーゴのおっちゃんはどうした?」

 部屋の中にラーゴの気配はない。

「あぁ、親父ならレディのとこだよ。朝っぱらから呼び出されたって慌てて支度したら飛んで出て行ったよ。親父の声でかいのに、お前全然起きないのな。」

「へぇ、レディ近くにいるのかな。あのばぁさんに呼び出しなんてついてないね。」

「まぁ、飯食えよ。どうせ俺らは待ち惚けだ。今日は仕事のことは忘れて後でゲームでもやろうぜ。」

 窓から入る日差しが穏やかな時を包んでいる。


 一方ラーゴは、レディを目の前に珈琲を飲んでいた。部屋の中は閑散としていて二人が座る椅子とテーブル以外、植物一つ置かれていない。部屋の扉の向こうにはラーゴと任務を共にした二人が立っている。

 置かれた灰皿にはレディが吸った煙草がたまっていた。

「ラーゴ、あんた煙草やめたのかい。」

 低音の落ち着いたトーンの声の主レディの風貌は、真っ赤なジャケットを見に纏い年齢よりも遥かに若く見える。印象的な瞳に威厳と妖艶な魅力があり威圧感に満ちていた。

「急な呼び出しで慌ててしまいましてな。煙は好みますが、レディのはキツくてどうか勧めんで下さい。」

「まぁ、そういうなよ。今日は近くまで来たからちょっと昔話がしたくてな。ダンが死んで2年、私も寂しいんだ。」

 レディは短くなった煙草を灰皿に押し付け煙を吐き出す。しばらく昔の話をしたのちラーゴが切り出す。

「…それで用件は?今回の敵襲は子供の戯れ事のようなもの。レディの出る幕じゃないですな。ダンのことは同期としても胸が痛いですが、今ではダンらしい最後だったと思いますよ。テレサを亡くした夜からあいつは十分に生きた。」

 目を細めながらレディは再び煙草に火をつける。

「あんたら3人は私の教え子だ。私も大事な者を随分亡くした。お前には長生きして欲しいしと思っているし、その子供達も例外ではない。」

「というと、今回の用件は子供らですか?」

「あぁ、噂は耳に入ってるがまだまだケツの青いガキ共だ。捻ろうと思えば外の2人でもやれる。お前達の子供だからな、まだ伸び代を秘めてるだろう。私もこの歳だ。政府には私から話を通すから私に少しの間預けてくれないか。もちろん今回のミッションが終わってからだがな。」

 ダンは少し躊躇いながら聞き返す。

「レディらしくもないですな。政府を離れた後、貴女からの接触は無いに等しかった。確かにあの子らはまだ未熟だが実力は私等の若い時よりも遥かに上だ。何故この時期に…今ナインの役目を離れてまで必要ですか?」

 ラーゴの言葉にレディの目つきが変わる。

「お前も人の親なんだねぇ。機械いじりばかりしてたガキが大人になったもんだ。なに、殺そうってわけじゃない。リコはテレサに良く似ているらしいじゃないか。私の可愛いテレサの最後は酷く惨めなものだと聞いているが、あの子の才覚はお前らより上だった。何故死んだ?そして私は何故こんな歳まで生きている?答えは簡単。あの子は優しすぎたんだよ。事情は知らないが非情さを持つことは武器を纏うのと一緒だ。お前の子もまた優しい坊やなんだろ?これは上官からの命令だと思い従いな!」

 ラーゴはレディの迫力に押されそれ以上は何も言えず、気もそぞろに部屋を後にする。

 帰り道、ラーゴはダンとテレサのことが頭から離れなかった。ラーゴの脳裏にはテレサを亡くしたダンの苦悩する姿が忘れ難い記憶として残っているからだった。

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