第4話

 内部にも外部にも精通し情報収集能力に長けたエル親子は担当地区を設けず居住区を転々と移動する為、リコは初めての家へと案内されることとなる。


 オリジナルの区域には、政府関係者のみが利用できる軍事施設が各区に点在している。9区から10区には飛行可能な乗り物自体が置かれていない。8区エリアより内側はIDのある者以外は入れず、さらに1区から5区は色分けされておりIDを持たない者が進入すると警報が鳴るようになっている。

 国民は産まれてすぐ右腕に刻印が刻まれ選別される。何も持たない者は死に近い場所を与えられ、持つものは安全を約束される。家族の安全の為、兵士に志願するものも少なくない。それ故、国の軍事力は保たれている。

 ナインになるような者達は安全などに興味がない強者揃いだが、とりわけその中でもリコは生活や周囲に対し無頓着で、エルとは対照的でもある。

 リコとエルは親同士が訓練生時代からの仲なので、リコの幼少期を知る唯一の幼馴染だが、自由奔放なリコに比べ、エルは一見チャラそうな見た目に反し、慎重派の完璧主義で計画を重んじるタイプ。リコにとっては身近な兄のような存在で、その父ラーゴもまた信頼のおける家族のようなものであった。


 エル親子は現在9区にある20階建のマンションの最上階を借りているらしく、駅をでるともう雨は止んでいた。

 IDを持たない9区だが高層ビルに商業施設等文明はしっかりと根付いている。

「相変わらずいいとこ選んでるよなぁ、最上階かよ。」

 エルの住むマンションはセキュリティもしっかりしており外にいるガードマンにリコはハイタッチを求めた。

「やめんか!うちらの稼ぎだったらどこでも住めるだろうが!この宿無し。」

 リコの頭を掴みエレベーターの方へと誘導する。最上階はワンフロアのみで、広々としておりエルの父ラーゴの姿はまだなかった。

「なんだ、ラーゴまだいないじゃん!早く帰ってこないかなぁ。」

 リコは自分の家かのように床にゴロゴロ転がった。

「…まぁ、いつものことだな。風呂今沸かしてるからちょっと待ってろ。」

「一緒に入る?」

「バーカ。」

 ふざけるリコに対し、エルはスマートに返したものの耳が赤くなり、リコは悪戯に笑った。


 小一時間したころ部屋のロックが開く音がする。奥の部屋から真っ先にリコがかけてきた。

「ラーゴー!リコちゃんだぞー!!」

 玄関には2mはあるだろうか、立派な髭を蓄えた大柄な男が両手を広げ待っていた。

 リコが全身で抱きつくと、ゴツゴツとした大きな手でリコを撫で頬っぺたにキスをした。

「ダンの姫様は健在だな!益々テレサに似てきたじゃないか。見間違えたぞ!」

 野太いが優しさのあるトーン。ラーゴの声はリコに心地良く響く。

「疲れてるだろ。今エルが飯作ってるから一緒に食おうぜ!」

 リコは嬉しそうにラーゴの腕を両手でしっかり絡め誘導した。

「リコ聞こえてるぞー!親父、お疲れさん!風呂沸いてるけど、髪の長いお嬢さんがさっきからヨダレ垂らして落ちつかないから先飯な。リコ!お前も女ならテーブル拭くぐらいしろよ。」

 フライパンを手早く振りながら白い布巾をちらつかせ届く位置に投げた。

 3人で食卓を囲んだのはいつぶりだろう、エルが短時間で調理をした料理は彩りも美しく見事なものだった。

「親父おかわりあるからな!リコは腹壊すまでは食ってくれるなよ。」


「いただきまーす!」


 20分後にはあらかた食器が空になり、各々の食欲が見たされたころエルが口を開く。

「親父、コウモリの巣には近づけたのか?状況を教えてくれ。」

 ビールを一気に喉に流し込み、大きなゲップをするとラーゴは、深く息を吐き話し始める。

「まずな、奴らがおかしな動きをしていることは間違いない。理由は簡単だ。BADの領域でRIZARDリザードがウロチョロしとるんだ。今迄も他の領域で見かけることはあったが、問題はその頻度が高いということだ。」

 多種は他の領域を侵すことはまずしない。今迄事例がなかっただけかもしれないが、オリジナルの数を減らしすぎないよう協定が結ばれているとともに、彼らは独自の国家を築き上げ、その上でルールを設けている。

 その理由の一つとして多種族同士での交配が叶わないことにもある。なぜなら姿形はオリジナルと近くとも生殖器の形は異なりまた遺伝子構造も全く違う為、物理的に同種族以外との交わりは出来ないのだ。それがより強固な独自国家となった要因の一つでもある。

 種族の交わりが叶わないのならその先に繁栄はありえない。よって彼らは無用に領域の行き来はしないのだ。

「だが、それだけじゃ動くわけには行かないな。おっちゃんは今回何処まで踏み込んだんだ。」リコの問いかけにラーゴが答える。


「13区の先、敵陣地区。」


「はぁぁ!?」


 エルのひと際大きな声が響く。

 ラーゴは両手を顔の前で振りなだめる仕草で答えた。

「わかってる。13区より先に行くことは禁じられている。今回は特別、レディの意志だ。」

 憤慨するエルに対しリコは冷静だった。

「つまりレディは天使の悲劇の再演を気にしたんだろ?あのばぁさんのこと、じゃなきゃそんなリスキーなことに部下は出さないよな。で、結果は?」

 ラーゴは大きくため息をつく。

「ダンがいるようだな。リコは血が強いらしい。レディは今回男女2人の手練れを俺につけた。非常に冷静で見事な仕事ぶりだったよ彼らは。いずれ会う機会もあるだろうから彼らのことはまた話す。結論はこうだ。2年前、KATZEはお前の父、ダンの自爆テロにより大きく勢力を削がれただろ。2年経過したにも関わらず大きな動きは今だにない。ダンの判断は完全に私怨だが、BADの連中は明らかに動揺していた。RIZARDをけしかけ中央への侵略を目論んでいるようだ。」

「それがなんで今のタイミングなんだ?リコの親父さんの件から随分経つだろ。」

「答えはさっきリコが言った天使の悲劇だ。あの事件を直接知るものは奴らの世代ではまずいないが、起こした武勇伝は語り継がれている。KATZEは以前ダンの事件で名を残しているからな、若い連中は自分らで武勇伝を作りたいんだよ。今回一部のRIZARDが話にのったことで現実味を帯びただけのこと。若い連中が俺らの進入にも気づかずベラベラ喋っていたよ。」

「胸糞悪い連中だな。今回俺らはどこで奴らを狩ればいいわけ?」ダンの話が出ると決まってリコは苛立つ。それをよく理解するエルが、飲みものを足しながら聞く。

「レディは至って冷静な兵士。今回BUGZは通常の夜間業務しか動かさないはず、ナインを4人も当てるんだから政府のお偉方の息はもちろんかかっているだろうし、何よりBADは血の気は多いがKATZE程狡猾な動きはしないしな。天使の手の件で痛い目を見たRIZARDが無理してまでレディの怒りはかわないはずだ。」

 ラーゴが大きな手をバチンと合わせ続ける。

「御名答!今回のは緻密な計画とは言えないお粗末な動きでな。当初の予定からレディと行動する話は無い。若い連中が天使の悲劇を繰り返そうなんて躍起になってる姿にBUGZの連中も笑っておった。レディの手を煩わすほどでもないとな。ただ、政府の見解としては小さな目も叩いておきたいのよ。おそらくリコとロイドが前線で狩をするだけで静かになるだろう。ロイドはRIZARDの担当で目立つ奴だしな。俺とエルも狩はするが、奴らの出方を見定める役になるだろう。難しい仕事じゃないしな詳しい作戦は明日にしようや。」

 ラーゴの言葉に一旦仕事の話は止めにし、各々の近況を呑みながら話すこととなった。

 夜は長く就寝の時が来るまで話は尽きなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る